第739話 最強の存在

 光の線に飛び込み、オレ達は帰還した。

 外へ出ると、景色が一変していた。

 曇り空で天気は悪いが、夜の闇は消えて昼になっていた。

 そして、異世界に連れ込まれた時とは違う場所にいた。

 ス・スは前方の遙か先を進んでいた。


「不味い」


 視界に入るものを見てオレは愚痴る。

 遙か先に大きな橋が見えた。壊れていたが一目でわかった。ずいぶんと昔にゴーレムで工事を手伝った橋だ。

 オレ達はギリアに……屋敷に近づいていた。


「なるほど。我が輩達を葬ると同時に、移動を画策したか」


 焦るオレに対し、スライフが感心した様子で言った。


「どういうことだ?」

「異世界を縮小した。異世界とこの世界、対応する2点の関係を維持したままだ」


 何を言っているのか、さっぱり分からない。

 だけど、ス・スが何かをした結果ギリアに近づいていて、このままではノアの元にたどり着く事はわかる。それは避けなくてはならない。

 ス・スは自由になっていた。あれだけ絡み付いていた鎖から自由になっていた。

 勇者の軍もいた。オレ達よりス・スに近い位置だ。そんな勇者の軍はス・スに向かって進んでいた。

 味方であれば嬉しいが、油断は出来ない。


「ス・スに接近を」


 ともあれ現状はス・スに近づくしかない。まずは、ある程度近づいて新生タイマーネタを試してみたい。


「願いを……」


 あとは願いの力。声はまだ聞こえている。

 スライフは速度をあげて突き進む。目立った障害はない。


『ドォン。ジャララララ……』


 突如、ス・スの周りで異変が起こった。

 地面から再びかぎ爪付きの鎖が飛び出てス・スに絡みついたのだ。

 近づくオレ達を応援するように、鎖は数を増し、次第にス・スを拘束していく。

 だけれど、ス・スにはオレ達の接近がバレてしまった。

 奴はこちらを向いて、しゃれこうべの目に灯る赤い光をより強くした。

 その視線は不気味だったが、笑みが浮かぶ。

 こちらを気にしてくれて大助かりだ。

 ノアの方へ進まれるより、ずっといい。

 その時の事だ。


『キィィィ……ン』


 甲高い音が聞こえはじめた。

 どこかで聞いた事がある音だけれど思い出せない。

 音の発生源は分かった。前方やや右下。何かが赤い煙をまき散らしながら突っ込んできていた。

 まるで戦闘機のように見えた。

 スライフが4本の腕を振るう。すると空中に灰色をした手の彫刻が出現し、向かってくる何かに突撃していった。


『ガン……ガガガ』


 ところが歯が立たない。手の彫刻は向かってくる何かにぶつかって砕けた。


「第7魔王」


 スライフが言った。


「あれも魔王か」

「今回の魔神復活にて生まれた魔王だ。名前はバッシャダシャ」


 会話はそこまでだった。甲高い音を立て向かってきていた魔王がフッと消えた。話をする余裕は無い。

 瞬間移動ではない、鋭角に曲がって視界から逃れる、速度が脅威であり、気が抜けない。


「どこだ」

「我が輩も見失った。高速で動き機動力があり索敵阻害の権能を持っている」


 程なくオレは、奴を見つけた。左だ。

 フエンバレアテを構えるが間に合わない。

 スライフがグッと体をねじりつつ方向をかえ、奴に向かって拳を振り上げた。


『バァン』


 破裂音がして、スライフの腕が一本吹き飛んだ。

 そして奴がまき散らす赤い煙があたりに立ちこめる。


「熱っ」


 思わず声が出る。


「息を止めろ!」


 熱さを感じたと同時、スライフが声をあげた。

 聞いた直後に言葉の意味を実感する。胸に激痛が走った。

 すぐにスライフが大きく上昇し煙から退避し、オレはエリクサーを口にした。


「酸の霧だ。第7魔王は酸の霧をまき散らしながら進むらしい。しかも高温で、我が輩達は温度にも対応が必要だ」


 落ち着いたオレをチラリと見て、スライフが解説した。


「腕は大丈夫なのか」

「即時に修復が可能だ」


 スライフが腕をあげる。吹き飛んだはずの腕は治っていた。

 もっとも油断はできない。甲高い音は鳴り続けている。聞いた事があると思っていたが、あれは飛行機の飛ぶ音だ。空港なんかで聞く音。


『キィィィ……』


 そして音が次第に大きくなる。奴が近づいてくる証拠だ。

 今度は真正面から来るつもりらしい。

 いつものパターンで赤い霧をまき散らし奴は向かってくる。

 魔王のヤギに似た顔が笑みを浮かべていた。


「ぬ」


 スライフが小さく唸る。

 奴が方向を変えた。しかも鋭角に何度も。カクカクと何度も方向を変えながら近づいてくる。

 右斜め上!

 オレの方がスライフより先に気がついた。それは、ほとんど偶然だった。

 反射的にフエンバレアテを動かし防御しようとする。


『バンッ』


 信じられないことにフエンバレアテが真正面から破られた。

 それだけに留まらない。


『バン、バン……バンッ』


 オレが奴との間に動かした9枚の鉄板。それが次々と貫かれていく。

 灰色の分厚い鉄板という風貌の魔壁フエンバレアテが容易く貫かれていく。

 それは7枚目まで続きようやく止まった。

 だけど勢いは止まらなかった。

 勢いを殺せなかった鉄板はオレに向かって飛んできて、避けきれずぶち当たってしまった。


『メキッ』


 体を捻り右腕をあげてガードしようとしたが焼け石に水だった。

 魔法によって作った鎧を破壊したうえ、骨まであっさりいった。

 オレは鉄板ごと吹き飛ばされ、中空に放り出された。

 グルグルと回る視界の端に、遠く離れていくスライフの姿がチラッと見えた。

 そしてオレは何かにぶち当たった。自分の骨がメキメキと軋む音を体感し、激しい痛みが襲った。ややあって、オレは何か分厚い布に当たったことに気がついた。

 それから、ゴロゴロとしばらく転がって落下した。さらに何かに何度かあたって、地面に叩きつけられた。


「かはっ」


 肺の空気が反射的に飛び出て、胸が痛い。

 どこだ? ここ? 板間?

 火花が瞬いているように視界がチカチカする。


「=#F#D$#F*!」

「@&! QD$#F*●@&E#○DF&Q」


 声が聞こえ、何かがオレを押さえつけた。

 ぼやけて見える視界には何人もの人影が見えた。わけがわからない。どこだ、ここ。


「ガハッ、ゴホゴホ」


 咳き込み血を吐き出す。

 全身が痛い。これは確実に大怪我している。息苦しく、霧のかかったような視界が不快だ。


『キィィィ……ン』


 音が聞こえた。

 そうだった。オレは魔王と戦っていたんだった。

 痛みで忘れかけていた現状を思い出し、無理矢理に体を動かす。

 押さえつける人を「どけ」と言いながら振りほどき、辺りを見る。それと同時にポケットの影からエリクサーを取り出した。


『ドォン』


 爆発音がして足場が揺れ、エリクサーを落としてしまう。

 この場所は襲われていた。襲っているのは第7魔王だった。揺れの原因は、奴の体当たりだった。

 奴は床を突き破り頭上を飛んでいた。それからカーブを描き下降して左手側にある柵の向こう側に消えた。

 這うように柵まで進む。

 飛空船?

 柵にもたれかかるようにして外を見ると、第7魔王は遠くを飛ぶ空飛ぶ帆船と戦っていた。

 ここは飛行船の集まり……その一隻らしい。

 船団と魔王は戦いにすらなっていなかった。飛び回る第7魔王は、紙細工のように船を貫く。なすすべもなく飛行船は落下していった。そしてこちらに向かってくる。

 不味い。


「願いを……」


 焦るオレに声が聞こえた。


「奴をぶっ殺せる力を!」


 オレは反射的に声へ応えた。

 いつの間にか、オレは槍を握っていた。

 バチバチと放電音の鳴る白く輝く槍、小さめの投擲槍だ。


「くたばれ!」


 向かってくる奴に槍を投げる。魔王は赤い煙をまき散らしながら何度も方向を変えた。だが、オレの投げた槍は、そのフェイントを見抜いていたかのように飛ぶ。


『ドゴォォォン』


 そして爆発音がした。巨大な爆発が眼前で起こり奴は消えた。


「ふぅ」


 ホッと息を吐き、影からエリクサーを取り出し飲み干す。

 ようやく一息つくことができた。視界がはれて飛空船の甲板にいたことに気がついた。

 3本ある帆柱のうち中央の一本がへし折れていて、手前の帆柱からも、帆が外れて落ちている。所々が壊れているが立派な船だ。


「魔王だ!」


 辺りの様子を窺っていると、背後で大声が聞こえた。しかも複数の人の声。

 振り返るとスライフがいた。ゴツイ外見から誤解されたようだ。


「大丈夫か?」


 スライフはオレを見つけて言った。


「あぁ、なんとか。追えるか?」

「問題無い。だが、奴は?」

「始末した」

「さすがだ。乗れ」


 オレは再びスライフの背に飛び乗り、ス・スの追跡を再開した。

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