第738話 異世界の最後

 オレがスライフの背に立った直後、残った第1魔王が突撃してくる。

 両足でのドロップキックだ。スライフは前回と同様に両手をクロスさせて受け止める。

 そして、右腕を振って魔王が突き出した腕を殴った。

 スライフの腕は4本に増えていた。増えた腕で殴ったのだ。


「ヒィ」


 魔王が甲高い悲鳴をあげて消え、少し離れた場所に出現した。


「瞬間移動はやっかいだな」

「問題ない。対応可能だ。我が輩が合図したらタイマーネタを使え」


 スライフがチラリと横を見ると、下からタイマーネタと、剣が浮き上がってきた。

「タイマーネタか。あと剣?」

「それは、さきほどお前が落としたものだ。両方とも撤退時に、耐衝撃結界を張ったので無傷だ」

「そっか。とっさの事で落としたタイマーネタまで気が回っていなかったよ」


 スッと手元に飛んできた剣を手に取り、息を吐く。

 そうだった。タイマーネタの操作はスライフに任せっきりで、落ちた事にすら気付いていなかった。


「問題ない。照準は我が輩の分担だからな。それから剣は強化してある。先ほどよりマシなはずだ」


 剣を強化? ふと見ると、剣はブゥンと小さな音をたてほんのり青く光っている。


「強化なんてできるんだ。ちなみにタイマーネタは強化できないのか?」


 タイマーネタの強化ができるのであれば、ス・スに対する攻撃がマシになる。


「我が輩が強化するには、タイマーネタは複雑すぎる」


 やっぱりダメか。出来るなら、剣を強化すると同時にやっているはずだもんな。

 でも、とりあえず目の前に立ちはだかる魔王は対処可能だ。


「サッサと倒してス・スを追おう。ずいぶんと離されているからな」


 オレの言葉にスライフが頷く。

 その目は魔王から離していない。そして、ややあってスライフの右手が一方を指さし、タイマーネタの矢じりが動いた。


「ラルトリッシに囁き……」


 キーワードを唱え、腕を動かす。ただし、最後まで動かさない。

 合図があった直後、解き放つ。


「今だ」


 スライフが発言したと同時に手を動かす。


『ドォォン』


 轟音を立ててタイマーネタが発射される。

 そして、魔王が出現する。タイマーネタの光線の真っ只中に奴は転移して吹き飛んだ。


「アホだな」

「転移先を決めた後で変更はできない」


 無事に魔王を倒したオレ達は、ス・スの後を追う。

 グンと速度を上げて追いかけるがス・スも速い。しかも、再び第1魔王が立ちはだかる。今度の奴は、両方の羽と片足が無くて頭もひしゃげていた。


「羽は飛ぶのに必要無いのか。というより、今回の魔王もボロボロだな」

「お前が倒れている時に、世界規模の星降りがあった。それによる怪我だろう」


 星降りか。もしかしたらノアがやったのかもしれない。ノアは凄い事をやるからな。世界規模の星降りといわれても納得できる。


「さっさと倒そう」

「了解した」


 そしてオレ達は、前を飛ぶ魔王に突っ込んでいく。

 奴はすでに死にかけだったようだ。スライフが2本の左手で奴の足を掴み、オレが剣で胴体を切り裂く。強化した剣は、スルリと魔王の腹を切り裂いた。そして、あっさりと倒すことができた。

 ところが新手が待っていた。


「今度は巨大なムカデか」

「第6魔王デュデュディアだ」

「また魔王か。次々と……」

「ス・スが死にかけの個体を無理矢理に使っているようだ」


 離れていくス・スを忌ま忌ましい思いで見る。

 相当に速度が速い。先ほどのように世界を縮小していないのが救いだが、他にも手段を用意していそうだ。逃がすわけに行かない。


「どちらにしろ追うしかない。ス・スを見失うわけにいかない」

「了解した」


 オレ達はス・スに向かって進む。

 第6魔王は動きが鈍かったので、タイマーネタで真っ二つにできた。


「また第6魔王? しかも背中に何か乗っているな」

「あれは第4魔王ボショブルショだ。6本ある奴の手は無限に武器を生み出す力を持つという」


 さらに新手の第6魔王と、その背中を走る第4魔王と戦う羽目になった。

 第4魔王は巨大な半人半馬……つまりはケンタウロス。顔は黒い布でグルグル巻きになっていて、腕が6本。手には槍を持っていた。

 しかも大量の仲間を引き連れている。巨大なコウモリに乗ったゴブリンの集団や、マンティコア。多種多様だ。


「突っ切る」


 だけど逃げるわけにいかない。

 オレはリスク承知で突っ切ることにした。

 突っ込んだ先は、魔物の群れ。すぐに視界が悪くなるほどの魔物に囲まれることなった。


「左下だ」


 スライフが叫ぶ。

 視線をやると飛んでくる槍が見えた。その槍は第4魔王が投げたものだ。魔物の影になって、下をうごめく第6魔王の体と、その上に立つ第4魔王を見失っていたので反応が遅れる。


『ガァン、ガァン、ガァン』


 魔壁フエンバレアテと槍がぶつかり音が響く。音は魔物の鳴き声でうるさい状況でもよく響いた。ギリギリだったが人の顔を模した3本の槍をフエンバレアテで受け止めることができた。


「ラルトリッシに囁き……」

「すぐに、第4魔王をタイマーネタで狙撃する」


 強くなったスライフ、そしてタイマーネタの威力もあって、優勢には進むが、ス・スには接近できない。


「願いを……」


 次第に「願いを……」という声は大きくなってきた。

 丁度いいというか、仕方が無い。他に方法が無い。こいつを使う。


「願いだ! ス・スの動きを止めろ!」


 オレはス・スを指さし叫ぶ。

 逃げられないように動きを止めろと叫ぶ。

 今度はどうだ?

 少しして、ニヤリと笑う。

 叶った!

 ス・スの下に広がる地面、そこに砂煙があがったのを見て確信する。

 地面からかぎ爪のついた鎖が飛び出て、ス・スに突き刺さった。

 次々と湧き上がるかぎ爪付きの鎖でス・スはがんじがらめになる。


「あれは……」

「オレがやった。今のうちだ。コイツらを突っ切るぞ」


 驚くスライフにス・スへの接近を指示する。

 タイマーネタで魔物の群れをなぎ払い、強引に突破する。


「願いを……」


 願いの声もまだ聞こえてきている。

 そして、ようやくス・スに追いつくことができた。

 近づく間も、地面からかぎ爪付きの鎖は次々と発射され突き刺さりス・スの体を絡め取る。

 ス・スも抵抗し、ブチブチとオレの体より太い鎖を引きちぎるが、生み出される鎖の方が多く次第に動きが鈍くなっていった。

 さらにオレは次の手も思いつく。


「願いだ! タイマーネタを強化しろ! ス・スを倒せるぐらいに!」


 先ほどスライフがオレの剣を強化したように、タイマーネタを強化するのだ。

 願いは叶い、タイマーネタは倍の大きさになって、さらに金の細工付きになった。

 直接に死を願う事は無理でも、武器を強化するのは可能らしい。


「願いを……」


 声も途切れず聞こえる。

 良い感じだ。


「ぬ?」


 スライフが声をあげ、警戒する。

 ス・スがゆっくりと頭を動かしオレ達を見たのだ。

 そして、一瞬であたりが真っ暗になる。

 ス・スは易々と絡め取っていた鎖を引きちぎり静かに動きだす。


「追うぞ!」


 オレがそう口にした瞬間、ス・スが消える。


『ガゴォン……ガガガガ』


 続けて岩が砕ける音があたりに響く。


「ス・スは何処に行った?」

「我らと共に異世界に転移し、そしてス・スだけ帰還した」

「異世界?」

「先ほどまでいた世界と重なり合って存在する世界だ。どうやらス・スは、この世界ごと我が輩達を押しつぶすらしい」


 よくよく周りをみると、地面に格子状の青い光が入っていることに気がついた。

 何度か来たことのある場所だ。


「あぁぁ、幸せでございます!」

「王の為に、王の為に」


 いつもと違うのは騒ぎ立てる男女がいることだ。元の世界でよく見たスーツによく似た服装の男女。それらがあちこちに沢山いた。


「追いかけるぞ」

「我が輩では出口を見つけきれない。手はあるか?」


 出口?

 そういえば、いつもは光の線に飛び込んで帰っていた。

 あれを探せば……あっ。

 光の線は見つからなかったが、騒ぎ立てる男女の中に、違う服装の人物を見つける。

 赤いドレスを着た女性……レイネアンナだ。


「彼女の所へいってくれ」


 オレはスライフに伝える。


「レイネアンナさん!」


 そしてレイネアンナの頭上でオレは彼女の名前を呼ぶ。


「だれ?」

「オ……いや、私です。リーダです」


 そう言って、オレはスライフから飛び降りた。

 スライフの体にオレの姿が隠れていたことに気がついたからだ。


「リーダ様!」


 地面を降りたオレを見て、彼女が名前を呼んだ。

 そして、そこにはもう1人、知っている人物がいた。

 レイネアンナと向かい合わせに立ったパンツスーツ姿の女性。

 彼女はレイネアンナと両手を合わせるように手を繋いでいた。


「ロンロ! えっ、お前ら知り合いだったの?」


 レイネアンナと一緒にいたのはロンロだった。

 知り合いならサッサと言えよ。というか、ノアに教えてやれよ。

 驚きやら何やらで思わず声を荒げてしまう。


「違うの。私も、さっき知ったのよ。全部」

「本当なのです」


 やる事なす事うさんくさいロンロはともかく、レイネアンナが言うなら本当なのだろう。


「急げ。時間が無い。急ぎ出口を見つける必要がある」


 頭上にいるスライフがオレに警告する。

 確かにレイネアンナの背後には、白い何かに喰われるように、ボロボロと消えていく格子状の床が見えた。

 オレの視線に気がついて、レイネアンナも振り向いた。


「あちらに出口を作りました。急ぎ、ここからお立ち去りください」


 そしてオレを向いてレイネアンナが言った。

 言いながら彼女が一方を指さす。視線を送ると、いつものように光の線が立っていた。


「ありがとうございます。急ぎ脱出しましょう。ノアが待っています」


 問題解決だ。あとは急いで脱出。

 ついでに、レイネアンナも一緒に脱出する。

 不幸中の幸いだ。彼女を探す手間が省けた。

 出たらすぐに地上に降ろして……大丈夫かな。魔王とかいるけれど、でもイ・アと戦ったときも彼女は強かったし、なんとかなるだろう。

 ノアは喜ぶだろう。うん、きっと凄く喜ぶ。


「いえ、わたくしはここに残ります。リーダ様だけお逃げ下さい」


 ところがレイネアンナは、拒否した。


「え? ノアが……」


 意外な返答にコメントが出ない。


「わたくしはノアサリーナに会えないのです」

「そうなの。私達は実体がないの。この場所が壊れれば、そこで終わり。だからリーダだけでもノアの所に」


 そういことか。実体が無いか。

 出られないなら断られてもしょうがない。でも、問題無い。


「願いを……」


 ずっと頭に響く声がある。

 実体化を願えば問題無い。


「それなら大丈夫です。手はあります」

「わたくしは行けないのです」

「どうして?」

「わたくし……いえ、私は、私は、ノアに会えないのです。会ってはならないのです。私は、ノアを見捨てました。その罰を受けねばならないのです」


 レイネアンナが大きく首を振った。そして泣きながら言葉を続ける。


「ですので、私はここに残り罰を受けます。リーダ様だけお逃げ下さい。いや、ロンロ様も連れて、お逃げ下さい」

「は?」

「ノアはリーダ様がいれば……」

「お前の意志なんて知ったことか!」


 オレの言葉を最後まで聞くことなく叫んでいた。オレはムカついてしょうが無かった。

 ノアがどれだけ母親に会いたいのか、オレは知っている。

 それでもノアは願わなかった。きっとオレ達に遠慮していたのだ。心のどこかで叶わないと諦めていたのだ。

 母親が生きていて……あと少しで再会できるっていうのに、原因が分かっていて解決できるのに、それを無しに出来ない。

 レイネアンナは目を見開いてオレを見ていた。

 オレはそんなレイネアンナにまくし立てる。


「ノアは母親に会いたがっているんだ! ずっと、ずっと会いたがっていたんだ!」


 いつの間にかオレはレイネアンナの肩に両手を置いて大声をあげていた。

 驚いた表情のレイネアンナが目に涙を浮かべていた。その表情を見たオレはハッとして両手を離した。


「願いだ! レイネアンナとロンロを! 実体化して、ノアの元へ!」


 そして願いを口にした。

 レイネアンナとロンロを包むような淡い光が煌めく。


「もう時間が無い」

「分かっている」


 オレは頷き、スライフの背に飛び乗り2人を見下ろす。

 その瞬間にもスライフは光の線へと向かい進み始めていた。


「いいか! 絶対にノアの所に行けよ。居なかったら、草の根わけても探し出して、ひっつかんで、ノアの所へひきずってでも連れていくからな。ロンロ、お前もレイネアンナを逃がすな! 絶対だ!」


 スライフの背に立ったオレは振り返りレイネアンナを指さしまくし立てていた。

 遠く離れていく2人にどこまで聞こえているのかわからないが、何故か2人とも微笑んでいた。

 そして、オレとスライフは光の線に飛び込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る