第734話 勇者の剣
「ゴホッ、ゴホッ」
胸の痛みで気がついた。大きく咳き込み、そのせいで余計に胸が痛む。
「気がついたか」
目を開くと、横になったオレを見下ろすスライフとモペアが見えた。
ここは森の中か……。
周りには大量に魔物の死骸もある。どうやらスライフ達が対処してくれたらしい。
「状況は? 何が起こった?」
「アーハガルタの倒壊に巻き込まれ、お前は死にかけた。そして、ノームとドライアドが我が輩達を引き上げた」
「心配だからついてきたらこれだよ。まったく。いきなり死にかけるな」
モペアが涙目で怒り、それから側で寝っ転がっているノームを見た。
ノームは「てやんでぇ」と小さく鳴いた。
「それから、お前の壊れた半身を修復し、死の回避に努めた。我が輩にはこれ以上は無理だ」
「あたしにも無理だよ。もう大変だったんだから」
「よって、お前が、対処、しろ」
ポケットを探ったらガラスの破片だけがあった。
すぐに影からエリクサーを取り出し飲み干す。
傷はあっと言うまに回復し、オレは起き上がる事ができた。
『ドォォン』
大きな爆発音がして地面が激しく揺れる。
音がした方を見た瞬間、ヤバいと思った。魔神とス・スが槍で貫かれていた。そして、ゴーレムが両手を広げ、倒れようとしていた。このまま、この場所にいるとゴーレムの右腕に押しつぶされてしまう。
「うわわ、後は任せた」
モペアはノームを引っ掴むとピョンと森の中に消えた。
「スライフ! 逃げるぞ!」
それを見て、とっさにスライフへ叫ぶ。
「我が輩の背に乗れ!」
オレは頷いて、スライフの背に飛び乗る。そして急上昇するスライフの背から後を振り返る。
危機一髪だった。
振り返ったオレが見たのは、超巨大ゴーレムが両手を広げ、魔神とス・スをその体で押し倒す瞬間だった。
そして轟音を立てて、超巨大ゴーレムは粉々になった。
砂煙があがり、まるで大地が海面のように波打った。あたりを取り巻く砂煙は量を増し、視界が悪くなる。それを察知してか、スライフはさらに上昇した。
「操縦者がいない。廃棄行為を利用し攻撃をしたようだ」
超巨大ゴーレムの残骸を見てスライフが言った。
予想以上にスライフの飛行速度は速い。あっという間に空高く登り、オレにも状況が細かく確認できるようになった。
超巨大ゴーレムの残骸は山のようになって、魔神とス・スに覆い被さっていた。
2体を貫く巨大な槍は地面に斜めに突き刺さって倒れることはないようだ。
ス・スが一番下、次に魔神、重なった状態で槍が刺さっていて、さらにその上から砂を大量にぶっかけたような状況だ。
着飾った骸骨の上に、同サイズの黒っぽい蜘蛛がのしかかり、もがいているように見えた。
だけど、今戦っているのは、小さな蜘蛛と人形では無い。
巨大な2体の存在だ。
戦いの衝撃は凄まじい。蜘蛛の体に似た魔神が足を振るだけで、衝撃波が起きて、地面を切り裂く。下敷きになったス・スも両手を振り乱し、魔神を殴りつけていた。
現状は魔神が優勢のようだ。ス・スの片腕が千切れ、遠くへ飛ぶ。飛んだ手は地面に落ち、数度バウンドして森の中に砂埃を巻き上げた。
「どっちも頑張れ!」
この状況に、オレは意地悪くほくそ笑み応援をするだけだ。
心の底から共倒れまで頑張って欲しいと思っている。
「上手く進んでいるようで良かった」
喜んでいるのはスライフも同じようだ。
「そういえば、気になっているんだが」
「なんだ?」
状況が良くなって、余裕が出来たからか、アーハガルタの状況を考える余裕ができていた。
あの時の、まるでビデオの巻き戻しに入り込んだような状況、あれが気になった。
「アーハガルタ……あの時、底に戻らなければ、ひどい状況にならなかったんだが、なんで意志に反して底に戻ったんだろう」
「あれは残り香だ」
オレの疑問に、スライフが即答する。
あの現象についてスライフは答えを知っているのか。
「残り香って?」
「眼下にて戦っている天帝ス・スと自称する存在は、時間遡行魔法を使ったのだ」
時間遡行……過去に戻る? タイムスリップして未来から来たってことか。
いや、あいつは過去にも存在していたんだよな。ずっと封印されていた。以前より封印されていたのは間違い無い。
「それで時間遡行……つまりス・スが未来から来たって事とオレ達が底に戻った事に、何か関係があるのか?」
とはいえ、そのあたりは考えても分からないから一旦置いておくことにする。
「未来からとは断定できない。過去から、さらに過去という可能性も高い。あらゆる動きは急に静止しない。止まるために、逆向きの力を要する。それだけに留まらず、周囲にも同じ現象を強要することがある」
止まるために逆向きの力を要するってのは、わかる。理科か何かで習ったな、摩擦とか、あんなヤツだろう。もう一つが分からない。
「周囲にも同じ影響ってのは?」
「手の平を顔の近くで上下に動かせ」
オレの質問に、スライフが妙な回答をよこす。疑問に思いながらも手を動かす。ちょうど手の平で自分を扇ぐような格好だ。
「試したよ」
「風が動いた事を確認できたはずだ」
そういうことか。手を上下に動かすと、周りの空気が動く。確かに同じというか、近い現象が起きるな。
「つまり手を動かしたら風が動いたように、時間を移動したら周りの空気とかも一緒に戻るってこと?」
「その理解で正しい。そしてス・スは過去へと到達した直後に封印状態となった。その時に、遡行の効果もまた一部封印された。封印解除に伴い時間遡行の効果……消費されなかった部分が解放され、我が輩達は巻き込まれた。つまり……残り香だ」
なるほど。なんとなく理解はできた。
タイムスリップしたか……。
こんな事なら何としてもミランダを呼び寄せて……そういや、召喚すれば良かった。
手紙が届かないし、場所が分からないしで諦めていたな。
魔法の究極で召喚ならできたかもしれない。でも、魔法の究極でも居場所は掴めなかったからダメだったかな。
「ぬ?」
スライフが声をあげた。
魔神とス・スの戦いに変化があったのだ。地面にはり付け状態になっていた2体。その2体がジタバタともがくうちに槍が地面から抜けたらしい。槍の柄がグワングワンと大きくゆれて、地面に倒れた。そして、その拍子にス・スが槍からすっぽ抜けた。
自由になったス・スは、すぐさま魔神から距離を取ろうとする。
だが魔神はそれを許さない。大きな下側の胴体に槍を突き刺し、足も一本失った状態でもなお、ス・スへと向かっていく。
片腕になったス・スは魔神の連続した攻撃をうけきれずにいるようだ。ローブのあちこちが破れ、その破れたところから、肋骨などの骨が見えた。
「オォォォ!」
その状況で魔神が吠えた。蛇腹状の長い首の先にある頭から光線を放った。衝撃波が発生し、それにより離れていたオレが危うくスライフから落ちかけるほどだった。
ス・スの下半身が吹き飛び、さらに先の方の地面をえぐる。
勝負有りだ。
多大なダメージを負った魔神が勝利しかけていた。理想的な状況に近づきつつあった。
後はボロボロの魔神を勇者と一緒に倒せば良い。
ノアは無事に究極を超える究極を行使できただろうか。
それが気になる点だが、もし出来ていなくても、世界は平和になるのだ。
幸いにまだ月は空にある。
『パチン』
ス・スが片手を真上にあげて骨の指を鳴らした。
直後、ボロボロだったス・スが綺麗な状態に戻った。それだけではない。骸骨だった体が、まるで大理石の彫像にも似た、真っ白い人の姿になった。ローブを着た大理石の彫像という印象を受ける姿だ。妙に神々しくて怖い。
『ジ、ジジジ……』
電子音に似たノイズが響く。
すぐにス・スはボロボロの骨だけの姿に戻った。
「幻惑魔法だ。対象を味方と誤認させる。効果は無事破壊できた」
スライフが言った。
先ほどの姿は幻覚だったのか。一体何事かと思った。
間違えて味方と思い込んだらと考えると……ゾッとする。
「神の側に立つ者よ!」
ス・スから声が聞こえた。
骸骨の口が開き、そこから声が聞こえる。声は続く。
「魔神の作り出す闇……今こそ晴らす時、今こそ、決着の時!」
あいつ何を言っているんだ?
そう思った時、オレから見て魔神の向こう側に煌めきがあった。目をこらすと飛空船の先頭が輝いていることがわかった。
続けて魔神を取り囲むように、光の玉がいくつも出現した。
『シュン、シュン、シュン』
短い間隔で風切り音が何度も響いた。そして、いくつも出現した光の玉を繋ぐように白く輝く円が出現した。
「勇者?」
頭をよぎった。
もしかして、勇者の軍が何かやっているのか。
魔神を取り囲む円はゆっくりと潰れていく。円から楕円に……さらに細い楕円に。
『ジャキィ……ン』
まるでハサミで紙を切ったときの音だった。
細い楕円は一気に潰れて光り輝く線となった。その時、円の中にいた魔神は真っ二つになっていた。
「勇者が、魔神を倒しやがった」
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