第733話 閑話 カガミとブラウニー軍団(カガミ視点)

 飛行島は計画通りに、遺跡の村テンホイルへとたどりついた。

 素朴で人気の無い村が私を出迎える。


「ヒンヒトルテ様」

「すまない。見届ける必要性を感じ、私は残った。準備を手伝おう」


 熊の獣人ヒンヒトルテが、私を待っていた。

 彼の言葉に頷き、私は準備したものを運ぶ。飛行島に詰め込んだ沢山の籠を運んでもらうことにした。中身は縮小化の魔法をかけた酒樽や果物。

 ブラウニーを呼び出す触媒だ。


「ここまででいいのか?」


 遺跡にある魔法のボートに、籠を置いてヒンヒトルテが言った。


「はい。ここから先は私一人で。ここは危険です。ヒンヒトルテ様もお逃げください」

「私ならば大丈夫だ。これでも軍人だ。大抵の事は一人で切り抜けられる。そして、私は見届けなくてはならない。共和国が残したゴーレムの行く末を」


 最後にヒンヒトルテは、私に透過魔法をかけたトーク鳥を渡して去って行った。

 何かあれば、飛ばして欲しいと言った。

 ボートに揺られながら、計画を反芻する。魔神とス・スを戦わせる。だけれど、上手くいかない場合……私は超巨大ゴーレムを使う事にした。

 プロレスでいうレフェリーだ。2体が戦わなければけしかける。台本の覚えが悪いレスラーを操る役目だ。

 そして、最悪、残った方をゴーレムで倒す。


『ガゴン』


 考えていると、ボートが揺れた。

 ゴーレムにたどりついたのだ。

 魔法で籠を浮かせて、ゴーレムの体内を進む。私の足音だけが静かな体内に響いた。

 緑の光が照らす心臓部を通り、そして司令室へとたどりついた。

 外はまだ朝だった。

 いつも通りの朝だった。本当に今日の昼に魔神が復活するのかと不安になる。

 いきなり夜になると言っていた。ただ、信じるしかない。

 計画通りに、事を進める。

 縮小化の魔法を解いて、辺り一面に酒と果物を準備する。

 ついでに、ゴーレムの操縦法をまとめた紙を沢山添えた。

 魔法陣を描いた布を大きく広げ、ノアちゃんから借りたパイプを取り出す。お爺さんが咥えるようなパイプをコトリと魔法陣の上に置いたら、深呼吸して詠唱する。


「ハイホー!」


 何度も聞いた陽気な声をあげて、髭を蓄えた小人……ブラウニーが煙と共に現れる。

 最初に出現したブラウニーのジラランドルは、パイプを手にとった。

 パイプを手にした彼を見ると、子供の頃に読んだ白雪姫の絵本を思い出す。


「いよいよ、決戦かのぉ」

「はい。お酒も果物も、沢山用意しました。今日はお願いします」


 私がジラランドルと話す間もブラウニーは煙の中から次々現れた。

 ここまで沢山呼び出した事は無い。

 超巨大ゴーレムを、私は大量のブラウニーと共に動かすことにした。ゴーレムの至る所にあるエアロバイクをブラウニー達に動かしてもらう。

 彼らの精密かつ統制の取れた動きであれば可能だ。

 ブラウニー達は持参したコップに酒を注ぎ、果物を持っていく。


「おらぁ。ワシらは右足いくけん。頭に続け」

「ワシんとこのシマは左足じゃ」


 勇ましい声をあげて、ブラウニー達は次々と持ち場へと進む。


『キリキリキリ』


 金属が軋む音をたてる。

 1人のブラウニーが司令室にあるハンドルを回し、伝令管を伸ばしたのだ。


「準備完了ですワイ」


 飛び跳ねるように伝令管の側まで進んでから、ジラランドルが宣言した。

 ドーム状の司令室にはジラランドルを含め7人のブラウニーが残った。

 準備が終わる頃には、日は随分と高くなった。部屋の一方を覆うガラス窓ごしから見える景色には、森が広がり、空には大量の武装した飛空船があった。

 天気は晴れ。平和だった時であれば、庭で茶釜と遊んでいただろう。

 それから程なくスッと辺りが暗くなった。


「おぉ」


 ジラランドルが驚きの声をあげる。

 司令室の窓から見える景色は夜のものに一変した。

 空に君臨する巨大魔法陣……天の蓋は赤く輝き、太陽の代わりに、ダイヤモンドリングが見えた。日蝕が起きたらしい。


「魔神じゃ! 決戦開始じゃぁ!」


 ジラランドルが森の先を見つめ声をあげた。

 彼の見る方向を私も凝視する。魔力を集中し、視力を限界まで高める。

 空からキラキラ輝く糸を引き、巨大な蜘蛛が見えた。

 普通の蜘蛛とは違って、蛇腹状の首を伸ばした蜘蛛。頭からは人間の舌に似たベロを伸ばし、その先に誰かが座っていた。

 さらにその後、魔神の足下から煙が吹き出した。まるで火山の噴火の様に、地面からの光で煙は赤くライトアップされた。煙はすぐに収まり、魔神と同サイズのローブ姿をした骸骨が出現した。金に輝き煌めく宝石で飾られた王冠を被った巨大な骸骨。リーダは問題なくス・スを復活させたらしい。

 ス・スが出現した直後、魔神が動き出す。ブンブンと長い首をしならせて魔神の頭が動きス・スの方を向いた。それから、頭から伸びた舌の先に座った人が立ち上がった。


「ス・スー!」


 その人物は、目を覆っていた布を剥ぎ取り、あたり一帯に響く大声をあげた。


『ズズズズズ……』


 声に反応するかのように、地面が大きくゆれた。

 だけど、それは地震などでは無かった。

 ゆっくりと視界が広がっていくのを見て、私達のゴーレムが立ち上がったのだと気がついた。


「勝手に動かしちゃだめじゃろが!」


 ジラランドルがラッパのように広がった伝令管の先に怒鳴った。


「大丈夫だと思います。思いません? 立ち上がったのなら、ここから決戦開始です」


 私は魔神達から視線を外さず言った。

 魔神も、ス・スも私達を見ていなかった。

 先攻は魔神だ。

 魔神は足の一本を大きく振り回し、ス・スに突き刺した。

 衝撃波で、森の木々が動いた。

 しばらくは魔神の攻撃が続いた。目から光線を飛ばし、足先を青や赤に輝かせ、ス・スに攻撃をしていた。

 ス・スは防戦一方だった。

 2体の存在が戦う衝撃からか、それとも別の理由かはわからないが、勇者の軍はバラバラに動いていた。

 その状況の中、めまぐるしく空模様が変化する。まるで打ち上げ花火のように、あちこちで青い光が空へと打ち上がり、大量の流れ星が見えた。近くにもいくつか落ちたようだ。

 この世界の流れ星は、隕石では無い。空にある極光魔法陣が落ちることによって起こる現象だ。沢山の魔法が世界から失われた……悪い影響がなければいいが、気になる。


「どうしますかい?」


 不安げにジラランドルが聞いてきた。

 空の異常に、彼も何か思うところがあるのかもしれない。


「静かに近づいて」


 私はゆっくり近づくことにした。何をするにしても、少し離れすぎている。

 もどかしくも確実にゴーレムはゆっくりと前に進む。

 私達が近づく間に、魔神とス・スの戦いに変化が起きた。

 ス・スは両手をそろえて突き出すようにして魔神の胴体を押した。それと連動するように、地面から大量のツルが伸び、魔神を縛った。

 そして、ス・スは距離を取った。


「逃げるな! 卑怯者! リングに戻れ!」


 私は直後、叫んでいた。思いもかけず、父のような事を言った。

 ス・スはそのまま逃げようとしていた。視界に魔神、その向こうに逃げようとするス・スが映った。


「追いかけてください!」


 ジラランドルを見て大声をあげる。それを受けたジラランドルは「前へ、全力じゃぁ!」と伝令管に向かって叫んだ。

 鈍重だと思っていたゴーレムは凄い速さで魔神へと距離を詰めた。だが、ス・スはもっと速く逃げていた。このままでは、私達と魔神が戦い、ス・スが逃げてしまう。

 リーダは何をしているの?

 少しだけ心の中で悪態をついた。リーダも、魔神とス・スを戦わせるため、幻術の魔導具などを用意していたはずだ。なのに、リーダが動いた形跡がない。

 だけど、頭を振り、すぐに考えを切り替えた。

 なんとかしなくてはならない。人のせいには出来ない。


「何かが飛んできとる!」


 テーブルに乗って窓から外を見ていたブラウニーが言った。

 つられて見ると、遙か遠くから地表に沿って平行に飛ぶ槍が見えた。


『ヒィィ……ン』


 先端に細長く鋭い刃を備えた槍は甲高い音を立ててス・スに飛んでいく。

 近づくにつれて、それは巨大な槍だと分かった。空に届きそうなほどの巨大な槍。


「ありゃアレじゃ。神槍、クルルカンの大槍じゃ!」


 ス・スに当たるかと思っていた槍だったが、外れてしまう。ス・スが避けたのだ。

 槍はそのまま飛び去るかと思っていたが、直後、槍の先端が地面に向かって傾いた。

 そして、槍の側に巨人が出現した。魔神やス・スと同サイズの巨人。


「ヒューレイストさん?」


 それは知っている人物だった。巨人族のヒューレイスト。昔、迷宮都市フェズルードで一緒に冒険した人だ。

 いつも上半身裸で過ごしていた彼は、当時そのままの格好で突如出現した。


『ズズン!』


 大きな音を響かせて、ヒューレイストはス・スの側に立った。

 それから彼は槍を手に取って、大きくぶん回し、ス・スの後頭部を強打した。


『ボゴォン』


 大きな打撃音が響く。殴られたス・スは大きくよろめき魔神の方へと吹っ飛ばされる。


「カガミ殿ォ!」


 ヒューレイストさんは大きく叫び、手に持った槍をこちらへと投げた。

 そして彼の姿は消えた。


「受け取って!」

「了解じゃワイ」


 すぐにジラランドルは伝令管に向かって声をあげる。

 ゴーレムが手を伸ばし槍を掴んだ。

 前のめりに勢いのついたゴーレムは偶然にも大きく魔神に踏み込む。

 対する魔神は、8本ある足の一本を大きく動かした。振り回された足は低い軌道を取った。まるで庭の雑草を刈り取るように森の木々を刈り取り、ゴーレムの足を狙う。

 足払い。

 ところが次の瞬間に意外な事が起きた。ゴーレムが身軽に飛び上がったのだ。

 魔神の足払いをゴーレムはピョンと跳び越え、それと同時に片手でブンブンと槍を回転させた。

 そして着地と同時、両手で槍を持つと、魔神の胴を貫いた。それだけでなく、貫通した槍の先端はス・スを捕らえていた。

 唖然としてジラランドルを見ると、彼もまた唖然としていた。

 それはゴーレムの動きというより、もっと別の……まるで武術の達人が行うような動きだった。


「リングアウトは無しだ」


 私はとっさに呟いた。思わず呟いた言葉に笑ってしまう。

 それはプロレス好きな父の言葉だったからだ。

 再婚を機にやってきた新しい父は隠れてプロレスを見ていた。親の暴力に敏感な私を気遣ってのことだ。最初に居間でテレビを見たときに、泣いた私を気遣ってのことだ。

 自分の部屋で、毛布を被って小さなテレビを見ながら呟く父が好きだった。


 ――リングアウトは無しだ。


 毛布を被った父がそういった時は、とても嬉しそうだった。

 部屋の扉を少しだけ開けて、こっそり父の姿を見ていた。我ながら勝手だと思うけれど、隠れてテレビを見る父が好きだった。

 両者リングアウトは、勝負をしなかったのと同義らしい。

 今なら、父の気持ちがわかる。

 勝負をしてもらわないと困る。


「止めおった!」


 ジラランドルが叫んだ。

 思わず笑う私とは裏腹に、現実は不味い方向へ進んだ。

 魔神を貫き、さらにス・スをも貫くと思われた槍は、貫く事無く止まった。

 ス・スが骨だらけの指で、両手で、槍を掴んで止めたのだ。


「あと一歩、踏み込んで」


 とっさに私は指示をだす。

 だけどゴーレムは反応せず、ぐらりと後によろめいた。

 ハッとして司令室の一方を見る。

 ゴーレムの魔力は切れていた。クルルカンの大槍は、所有者に達人の技を使わせる。そうクローヴィス君が言っていた。

 達人の動き、その代償に膨大な魔力を使ったのだ。


「魔力を補給しないと!」


 私は悲鳴にも似た声をあげて、さきほどまで緑に光っていた柱へと駆け寄る。


「なんとかするんじゃ!」

「前に倒れろ!」


 ブラウニー達が伝令管に群がって次々と叫んだ。

 そう、後少しなのだ。後少し。


「お願い! 私の全てをあげるから! 少しだけ力を!」


 柱に縋って私は叫んでいた。

 本当に後少しで、うまくいくのだ。

 少しだけ腕を振るえば、少しだけ前のめりになれば、前に。


「お願いだから!」


 もう一度、叫んだ。

 涙声になっていた。


『ボコリ……』


 緑色の泡が柱に見えた。

 ほんの少しだけ、魔力を補給することができた。


『ズゥン……』


 足下が揺れる。

 振り向き、外の景色を見る。ゴーレムが一歩踏み込み、魔神に向かって倒れかけているのがわかった。

 傾く地面に足を取られた私は、よろめいて窓ガラス前のテーブルに手をついた。

 視界には、凄い勢いで近づく魔神、そして胸に槍を刺したス・スが見えた。


『ゴン』


 私はテーブルに頭をぶつけた。

 滑らせた手をみる。

 体を支えているはずの手が殆ど見えなくなっていた。

 透けて手の先にあるテーブルが見えた。

 6ヶ月を前にして、私は帰還するらしい。


「カガミ様! 前に倒れちょる。両手を広げとるケン、魔神もス・スも巻き込むぞ!」

「そうじゃワイ。ワシらはやった!」


 ガラス越しに、魔神が間近にせまる様子が見えた。ゴーレムのお腹の辺りに、槍の端があって、体を支えに槍を押し込んでいる事に気がついた。


「私達はやったと思います。思いません?」

「同意を求める必要は無いワイ。カガミ様が思ったとおりじゃけん。大丈夫じゃ」


 私を見て、ジラランドルが言う。周りにブラウニー達が集まっていた。

 皆が拳を握ってやりきった表情だった。


「もうすぐお別れです。さようなら」


 足も腕もすでに見えない。


「別れはないワイ。ワシらは夢の精霊」

「いずれ、夢の中で……今日の事を話しましょうぞ」

「夢は何時だって、側にあるものじゃワイ」


 消えていく私にブラウニー達が次々に語った。

 彼らの言葉に安心し、自然と笑みが浮かぶ。


「撤収! 撤収!」


 伝声管にジラランドルが叫び、ポワンと消えた。

 景色は次第に真っ暗になる。

 闇のなかでポワンポワンと軽くて心地よい音だけが聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る