第732話 身の上話

 明日に魔神復活を控えた夜。

 ノアの寝顔を少しだけみて、屋敷を出た。


「あと少しで満月か……」


 空の月をチラリと見て飛行島に乗り込む。


「計画どおり、飛行島はセットしておいた。明日の朝にはアーハガルタへ着くぞ」

「ノアノアは任せて、バッチシ守るからさ」

「了解。任せたよ。じゃ、行ってくる」


 皆に見送られて飛行島は浮いた。

 屋敷にあるベッドよりやや大きい程度の小さな飛行島。それはロケットのように空高く打ち上がった後、自動操縦で恐ろしい程のスピードを保ち進んでいく。防音の魔法、そして揺れない工夫。静かで落ち着いた中、ハイエルフの里でもらった毛布にくるまって、横になる。

 ス・スを起こすために、アーハガルタへ向かう。

 夜空と間近に流れる雲をみて、今晩あったこと、そして明日の事を考える。


「0……か」


 寝る前に自分を安心させようと看破を使ったら、逆に安心できない結果がでた。

 オレの命約数は、とうとう0になっていた。

 一昨日まで、1だったので、昨日か今日に減ったのだろう。


「しょうがない。明日は……うまくいくといいな」


 そう呟いて、ゴロンと横になった。

 幸い、すぐに寝ることが出来たようだ。

 次に目が覚めると、辺りはすっかり明るかった。

 オレはグラグラと飛行島が揺れた事で目が覚めていた。

 全てが計画通りというわけでは無いようだ。

 自動操縦でアーハガルタまで行くつもりが、あと少しの場所で降りる羽目になった。

 高速化を施した事で、ノイタイエルの寿命が想定以上に早くきたらしい。

 飛行島はグラグラと揺れながら高度を落とし、森の木々をへし折って着地した。

 森の中は暗かった。まだまだ早朝で、日は高く昇っていないのが理由だ。

 ヒンヤリとして土の匂いがする森の中は少しだけ怪しい雰囲気があった。

 手早く支度してから飛行島を飛び降りる。


「いでよ。スライフ」


 そして、強めに腕をふるって黄昏の者スライフを呼び出す。

 いつも通り、今やオレの何倍も大きくゴツイ悪魔っぽい姿のスライフが現れた。


「準備ができたか……いや、森の中だな」


 スライフはグルリと辺りを見回して言った。


「ちょっと予定通りに行かなくてね。アーハガルタまで運んで欲しいんだけど。昼までには着くよな?」

「問題無い。急がなくても十分間に合う距離だ」


 のんびり進んでも魔神復活前にアーハガルタにはたどり着くらしい。

 そして、スライフに背に乗るようにいわれて背中に飛び乗る。

 背中には足をおく場所に、玄関やタンスの取っ手に似たコの字型の掴む場所まで用意されてあった。


「至れり尽くせりだ」

「我が輩にとって、体を変形するのは容易い。アーハガルタの底まで進むのだ」


 そういや、そうだ。

 もっとも取っ手を掴まなくても、問題は無いらしい。スライフが念力でオレの体を支えてくれるという。あった方が安心程度の気遣いという話だ。


「ところで、何故このような事をする」


 アーハガルタに向かう途中、スライフがオレに聞いてきた。


「なぜ?」

「魔神復活は、何もしなければ数年は後の事だった。お前に命をかける理由は無い」

「もし、そうなったらノアを置いて帰る事になったからな」

「あの娘は他人だ」

「……どうだろう」

「なるほど。他の者とは違い、お前は自らの命よりあの娘に重きを置いている。命をかける気配だ」


 命をかける気配って、何だろう。スライフの表現がいまいちピンと来ない。

 だけど、そうかもしれない。オレにはノアの為に命をかける理由がある。


「そうかもな。オレにとって、この世界はロスタイム……つまりはオマケの時間みたいなもので、ノアはその時間をプレゼントしてくれた命の恩人だからな」


 言いながら、オレは自分の事を思い出す。

 子供の頃の記憶は、強烈な何かがあるまでは蓄積が始まらないと聞いたことがある。

 その説が正しいのかは知らないけれど、オレの場合は合っていると思う。

 小さい頃、両親が事故にあって死んだ。

 初めて袖を通す黒い服を、オレは格好いいと感じていた。だから「この服、かっこいい」と服を着せてくれた祖父に言った。

 オレの記憶はそこから始まっている。

 一人残されたオレは、父方の祖父母に引き取られた。母方の祖父母には会った事が無い。結婚前から仲が良くなかったと聞いている。

 祖父母は優しかった。厳しくも優しかった。

 オレは、怠惰ながらも平和に学生生活を送り、そして就職した。

 そんなオレの就職を祖父母は喜び「早くひ孫の顔が見たい」と冗談を言った。

 平凡だけれど平和な日々だ。

 転機は職場の健康診断だった。ちょっとだけ引っかかった。要検査。その一言が検査結果に添えてあった。

 オレは病気だった。もう戻れない状態だった。

 タイミングと、運が悪かったらしい。

 すぐに自分が病人だと自覚できた。薬はコロコロ変わり数が増えた。

 祖父母には言えなかった。

 仕事も休む事が増えた。退職しなかったし、できなかった。オレには運良く助けてくれる先輩がいたのだ。


「辞めたくなったら教えてくれ。それまではしがみついてていいぞ。俺が話をする」


 頼りになるけれど役立たずな先輩は、こんな時だけ凄く頑張ってくれた。

 オレは病気と付き合いながら人生を送ることになった。

 その間に、祖母が死んだ。

 祖父を残して死ぬわけにはいかない。オレはそう考えて必死に生きた。

 そして祖父が倒れた。

 祖父の入院した病院が、オレの通う病院と違う事に安堵しつつ、お見舞いにいった。


「どうにかしておくれな。わしは死ぬわけにいかないんだよ。わしが死んだら、あの子は独りぼっちになってしまうんだよ。先生」


 お見舞いに行ったとき、オレは祖父の必死な訴えを聞いた。

 祖父は祖父自身が、あと僅かしか生きられない事を知っていた。


「もうすぐ、ひ孫の顔も見られるかもな。だから長生きしてよ」


 その日、オレは嘘をついた。彼女とは随分前に別れたのに、別れていないと嘘をついた。

 祖父を安心させたかった。

 そして、それからしばらくして、祖父が死んだ。オレは独りになった。

 オレの病気は速度を上げて悪化した。


「カウンセリングを受けてみるのもいいかもしれません。もし良ければ、1階のロビーの右に、相談コーナーが有りますよ。あぁ、今度は2週間後……14日は大丈夫ですか?」


 主治医の先生は淡々としていた。その起伏の無い態度が嬉しかった。

 オレは独りが怖くなった。そんなオレの性格を見抜いていて祖父は必死になっていたのかもしれない。

 痛み止めから始まる様々な薬。独りの時、オレはずっと死の恐怖に怯えて過ごした。

 いつだって、死は目の前にあった。

 仕事にオレは逃げていた。ブラック企業で、無茶な仕事時間にホッとしていた。

 ひたすらに、仕事の時以外は、オレは自らの死を見ていた。押しつぶされそうな恐怖と相対していた。仕事はデスマーチ、家に帰れば死への行進……笑えないブラックジョークのような日々を過ごした。

 オレは何時になったら……死ぬのかな。

 咳き込みながらオレはその日、心のどこかで、いつものように考えていたと思う。

 そして、オレはこの地へと喚ばれた。死は、ここに無かった。手術跡も、何も。


「だから、オレにとって、ノアの為に命を張る事に意味があるんだよ」


 どの部分から話を始めたのかはわからない。オレは身の上話を、そう言って終えた。


「理解し、把握できた。お前は、予言された死をずっと見つめていたのか。間近で。だから、死線をくぐり抜けた者でも持ち得ない力……絶対的な恐怖への耐性を持っているのか」


 オレの独白に対して、スライフはしきりに納得していた。

 そうこうしているうちにアーハガルタの底へとたどりついた。


「じゃ、これ」


 オレは前払いに黒い液体ソーマを1瓶ほど差し出す。


「ソーマ……」

「今回はヤバい橋を渡るからな。釣り合わない?」

「いや。十分すぎるほどだ」


 底でしばらく待っていると、差し込んでいた光がぷっつりと途絶えた。

 夜になったのだ。

 丁度、真上に来ていた太陽が黒い円に隠され、燃え盛る炎の輪へと姿を変えた。

 いきなり夜になるというのは日蝕のことらしい。

 予定通りに魔神は復活したわけだ。


「ラルトリッシに囁き……」


 計画どおりに、分厚い氷の下にうっすらと見える祠をタイマーネタでぶち抜く。


『ドォォン』


 もう聞き慣れてしまった爆発音がした。

 水晶の床は、輝き熱を放った。

 ス・スが復活するのだ。

 ミシミシと音をたててアーハガルタ全体が震える。


「ヤバいな」

「間も無く、倒壊するだろう」


 辺りの雰囲気からオレ達は即座に脱出することに決めた。

 タイマーネタを影に押し込み、オレはスライフの背中にのった。

 一気にスライフが急上昇する。

 異変は、急上昇するスライフの背で、オレが思い切り重力を感じていたときに起こった。

 オレ達は一転、急下降していた。

 体が意志に反して奇妙に動く。

 まるで逆回転するビデオのように、オレとスライフは、引きずられるようにアーハガルタの底へと舞い戻った。

 そして、アーハガルタの底は爆発した。

 何度も殴られたような衝撃を感じ、視界は暗転し小さく火花が散って見えた。

 オレの意識は途絶えた。

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