最終章 リーダと偽りの神々

第731話 閑話 真なる黒騎士

※ 前話の『――完――』は嘘です。嘘完結です。ごめんなさい。 


◇◇◇


 魔神復活の日、王城パルテトーラを足早に進む者がいた。

 カルサード大公を先頭とした一団。

 黒騎士団長ルプホーン。そして配下の者と黒騎士達。

 彼らは昨日の事故の後、人の少ない王城を静かに進む。


「問題が解決した後は、城を清めねばならぬか」

「はい。魔神教の祝詞により、酷く荒れていますゆえ、早急な対応が必要かと」


 カルサードに対し、短くかり揃えた黒髪の男……ルプホーンが答えた。


「王宮を離れたら……この状況だ。このような事を起こすほど狂っているとは思わなかった」

「えぇ。すでに我らの忠義を失いました」


 険しい顔に笑みを含めて、彼らは王城を進む。その目的地は、王城の一室、王の書斎だった。

 カルサードの配下は、王の許可無く入ることができない区画を先んじて進み、扉を開けた。

 そこは書斎前の私室だった。巨大な部屋には、誰も居ない。

 ただ部屋の中央にテーブルがポツンとある殺風景な部屋だった。


「誰もいないか」

「昨日の一件で、守りの騎士が走り逃げたと報告がありました。戻っていないだけでしょう」

「私室の警備も……これか。考えていた以上に、皆の忠誠はないということか」


 カルサードは溜め息をつき、寝室へと繋がる扉を見て顎を少しだけあげた。

 配下のうちの一人が、小走りに寝室への扉に近づく。

 丁度その時、部屋に2人の男が入ってきた。


「これは一体……どういうことですか? カルサード大公」


 男の一人が声をあげる。それはサルバホーフ公爵だった。


「たった2人か、いささか不用心なものだ」


 チラリとサルバホーフを見て、カルサードが言った。つまらなさそうに。


「して、私の問いには答えていただけないと?」

「昨日の件だ。王はすでに正気を失い、国の王として認められぬ」

「それで?」

「王には、王のまま玉座を降りていただく」

「簒奪すると?」

「違う。ただ……事故が起きただけだ」


 サルバホーフの顔が険しくなり、彼は剣の柄に手を置いた。

 彼に同行した者も、同じように剣に手をやり、後を見た。

 2人が入ってきた扉には、黒騎士が2人立っていた。


「ルプホーン……どういうことだ?」


 サルバホーフがカルサードの側にいた黒騎士を睨む。


「はて? 黒騎士は、王の剣です。王の命に従うまで。それが新王という点だけでしょうか……違うのは」


 黒い鎧に身を包んだルプホーンがニヤリと笑い答えた。

 そこにはサルバホーフに対する敬意はなかった。


『カタン』


 緊張感が高まったとき、書斎へ続く両開きの扉が音をたてて開いた。

 そして1人の男……片目にモノクルを付けたヨラン王を先頭に、数人の男女が姿を現す。


「おや。これはスティッセルト……いや、サルバホーフ公爵閣下。お久しぶりですなぁ」


 そのうちの1人、黒い鎧に身を包んだマルグリットがのんびりとした声をあげた。


「どういうことだ」


 サルバホーフが何かを言おうとするのを遮り、ルプホーンがマルグリットを見て言葉を発する。


「呼ばれたので?」


 マルグリットは、怒気を含むルプホーンの問いに答えることなく、前に進みながらヨラン王に尋ねた。


「いや。呼んではいない。もっとも、スティッセルト以外は予定通りだ」


 ヨラン王は、表情を変えずに答えた。

 ひどく冷静に、淡々と。

 そこにいたのはカルサードやサルバホーフが知っているヨラン王ではなかった。

 整えられた灰の長髪から見える瞳には、強い光が宿っていた。

 王者として眼力、そして威厳。強い存在感を持った一人の王だった。


「予定通り? どういうことだ、ユーサー」


 カルサードがヨラン王に向かって言った。

 先ほどまでのサルバホーフとカルサードにあった緊張感は消え、代わりにヨラン王へ多くの者達の視線が注がれる。


「あぁ……予定通り。予定通りだ、叔父上。叔父上が我が子を欺し、黒の滴をパルテトーラに降らせて、そこから先はずっと予定通りだ」

「何を言っている?」

「違うか……。黒の滴から後……俺は確かに狂っていた。愛する者達を失い、一時は、このパルテトーラと王都にいる全ての者を引き換えに……モルススの者を亡き者にしようとした」


 ヨラン王はゆっくりとカルサードに近づきながら右手をパタパタと振った。

 すると彼の手に真っ白い本が出現した。そして言葉を続ける。


「全ての元凶たる預言書。これを使い、運命を弄ぶモルススの者に一矢報いようとした」


 カルサードの前まで行くと、ヨラン王は彼の肩をポンと叩き、そのまま通り過ぎていく。

 誰もが動かない中、さらにヨラン王は部屋の中央に向かいながら語り続ける。


「魔神教の祝詞を唱えると、人の放つ魔力は性質を変える。その特性の1つに、魔導具が暴走したときの破壊力が増すというものがある。俺はそれを利用しようとした。王城パルテトーラを一個の魔導具と見做し、これを暴走させて王城ごとモルススの黒幕を亡き者にしようとした」

「やはり、ユーサー……其方は狂っている。王の器ではない」

「ある意味、叔父上の言うとおりかもしれぬ。物語じみた預言書。予言はおそらく人の手によるものだと、俺は考察した。世の物語を集め、ひもとき、出し抜こうとしても預言書を出し抜けなかった。その点においては俺は解法を見失い狂っていた。しかし、それ以外は予定通りだ……もちろん叔父上も程よく踊ってくれた」

「私が……踊る?」

「ギャハハ!」


 カルサードが怪訝な声をあげたのを聞いたヨラン王は残忍に笑った。

 楽しげに笑い、部屋にあった小さなテーブルに腰掛け、言葉を発する。


「俺と同様、黒の滴は……計画者である叔父上さえ狂わせていたのだ。叔父上、貴方は……黒の滴がもたらした状況を見て恐怖したのだ。過分に、呪いを恐れた。故に、故に、故に、叔父上は実に良く踊ることになった」

「恐怖など無い」

「では、何故、俺がノアサリーナにカーバンクルを下賜したときに認めた? 極秘裏に研究していた施設をいくつも捨てた?」


 ヨラン王が楽しげに行う問いに、カルサードは答えなかった。

 ただ無言で、ヨラン王を見るだけだった。

 無言の状況を冷ややかに眺めヨラン王は再び言葉を発する。


「俺は政から離れ、自由に動けた……それが故に、絶望から目を背けられなかった。狂気は俺を蝕み、国の全てと引き換えにモルススを……あぁ、これは既に語ったか」


 そこまで語り、ヨラン王はテーブルから飛び降りた。

 誰もが動かない中、ヨラン王は部屋の中央に進み、静かに上にあるシャンデリアを見た。

 そして片腕をあげ、人差し指を立ててクルクルと回し、言葉を発する。


「頃合いだ。スティッセルトと同行者を除き、殺せ」


 ヨラン王の言葉で、カルサードはマルグリット達を見た。

 しかし最初に答えたのは別の場所にいる女だった。


「カルサード様もですか?」


 女はカルサード達が入ってきた扉の外に立っていた。

 赤銅色の長髪に、黒く薄手で体のラインを強調する衣を着た女は、表情も無くたたずんでいた。

 入り口側にいた黒騎士は、女の声を聞き慌てた様子で振り返った。


「ニフィルテア……どういう事だ?」


 その女を見て、カルサードが怪訝に問う。

 彼女は何も言わず部屋に入った。


『ト、ト、ト、ト』


 小さな音がして彼女の周りに細身の剣が4本出現し、床に刺さった。

 2人の黒騎士が剣を抜き女に斬りかかろうとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 女が4本の剣のうち両手に一本ずつ剣を抜き、黒騎士の間をクルリとターンし、フワリとすり抜けた。それで終わりだった。

 手に持った剣をゆっくり下に向けたと同時、2人の黒騎士はバラバラになって崩れ落ちた。


「なっ」

「いや。カルサードは残せ」


 絶句する黒騎士団長ルプホーンとは逆に、ヨラン王は当然のように答えた。


「カルサード殿下を守れ!」


 ヨラン王の言葉を聞いて、ルプホーンは取り乱し叫ぶ。

 結果は一方的だった。ヨラン王国最高の精鋭といわれる黒騎士がことごとく死んでいった。

 ある者は背後から首筋を切られ、ある者は全身を鎖で縛られグシャリと絞め殺された。

 気がつけば、カルサードの味方はルプホーンだけになった。

 ずっと腕を組んで様子を見ていたマルグリットがルプホーンを見て口を開く。


「ふむぅ。お主だけになったのぉ、ルプホーン」

「マルグリット……様は、かっての仲間が死んでも平気なのですかっ?」

「何を言っておる。王に剣を向ける者を許すわけがなかろうに。いや、それより何よりだ、其方はワシを崖から突き落としたではないか」


 のんびりとした口調で語りながら、マルグリットはルプホーンに近づいて行く。


『ガァン』


 マルグリットが無造作に手をあげた。

 それは凄まじい勢いで振られたルプホーンの剣撃を受ける為だった。音がするまで剣撃に気がつく者はあまりいなかった。マルグリットの鎧には傷が無いが、彼の肘あたりから血が滴り落ちていた。

 ルプホーンの実力は本物だった。連続して繰り出される剣撃、鎧を透過し相手を傷つける攻撃、それらが彼の力を示していた。

 しかし彼の反撃はそこまでだった。ルプホーンは血を吐き倒れた。


「のぉ、ジェイト。せっかく、かって寝食を共にした者達による宿命の戦い……横やりを入れないで欲しかったのだがの」


 グラリと倒れたルプホーンの背後に立つ黒髪の女にマルグリットが言った。

 それはカルサードがニフィルテアと呼んだ女だった。


「そういうのは要りません。それに、そろそろ時間のようです」


 そう言って女は窓越しに外を見た。

 ヨラン王は静かに頷くとカルサードに近づいて行く。

 対するカルサードは表情を変えず、そして動かなかった。

 カルサードの側にヨラン王が立った。直後、カルサードは血を吐いた。


「転移は出来ぬよ。叔父上……使おうとした魔導具は、ジェイトが……いやニフィルテアと呼んだ方がいいか。まぁ、すり替えたものだ」


 カルサードは胸を剣で貫かれていた。

 ヨラン王が手に持った剣によって。


「なぜ……」

「予定通り、叔父上は死ぬだけだ。だが安心していい。叔父上の子らには罪は及ばぬ、なぜならば魔神との戦いで叔父上は華々しく散ったという事になるのだから」


 そこまで言ってヨラン王は剣を抜いた。ドシャリと音を立てカルサードは倒れたが、ヨラン王は見向きもせず、部屋の外へと向かって歩いて行く。


「ユーサー!」


 部屋から出て行こうとするヨラン王に、サルバホーフが声をかけた。


「間も無く魔神が復活する。説明は後にするよ、スティッセルト」


 ヨラン王はサルバホーフに答えると、部屋からでて廊下の窓越しに外を見た。

 まるで示し合わせたように空が暗くなった。


「本当に……復活するのか」

「王の月、4日目だ。聖女ノアサリーナの宣言通り、魔神は復活する」


 ヨラン王はニヤリと笑い、夜となった空を見つめる。


「妙だ」


 横に立ったサルバホーフが呟いた。そして表情を険しくし、言葉を続ける。


「第1……第5……そして6だと?」

「ギャハハハ。何も起こらないわけがないと思ってはいたが、魔王だらけの行進とは予想外だ。脇目もふらず、俺の方へと向かってくるか……おおかた王剣の所有者を襲うつもりだろう」

「王剣が狙いというのか?」

「混乱をもたらすならば、王の首を取るのが効率良い。それに……ギャハハハ、まさか!」


 ヨラン王は狂ったように笑い、剣をよこなぎに振った。


『ガシャン』


 大きな音を立て、廊下の窓ガラスが一斉に割れて遠く下の地面に落ちた。

 窓ガラスの無い窓から身を乗り出しヨラン王が外を見やった。

 片目に付けたモノクルがギラリと輝き、大きく頷いたヨラン王が口を開く。


「そうか。そうだったのか! 奴らこんな事を考えていたのか!」

「弟の目を通じ、何が見えますか?」


 叫ぶヨラン王に、ジェイトが問う。


「リーダだ! モルススの王……魔神に匹敵する存在と、魔神をぶつける気だ!」

「ユーサー。あの者達は、まさか、そのために、魔法陣を?」

「あぁ、間違い無い。いや、違う。それだけでは無い。さらに先があるはずだ!」


 先ほどまでとは違い、ヨラン王がまくし立てるように楽しげな声をあげる。


「時間が惜しい! まずはアレを片付ける! 出来るな」


 バッと振り向いたヨラン王が、マルグリット達に問う。

 その言葉を受けたマルグリット達が跪く。


「我らの剣は王の剣。我らの言葉は王の言葉、我らの目は王の目、我らの耳は王の耳。そして我ら黒騎士の全ては王の為に、ただ王の為に。命を賭して魔王であっても御して見せましょう」


 彼らが跪き口にした言葉に対しヨラン王は頷いた。


「では、期待しよう。お前達、真なる黒騎士の活躍を」


 そうヨラン王は満足そうに答えた。

 そして外を見た。

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