第710話 閑話 冒険者達(とある冒険者視点)

 普段は武器として使う長尺の杖を支えとして歩いていた。

 人々がごった返す王都の路地を仲間たちと進む。痺れた片足が少しだけ厄介だが、気は楽だった。


「大丈夫? ラッカイオ」


 後ろから仲間に声をかけられるが、彼女の方を振り向くことなく手を振って大丈夫だと示す。


「憩いの場所へは、宿から、それほど離れてない。あと少しの辛抱だ」

「馬車を使わぬ努力は実る。宿賃を節約できたから、少し多めに飲めそうである」


 私の前を行く別の仲間2人が振り向いて言った。

 久しぶりの酒がとても楽しみらしい。疲れた顔をしていた2人だったが、足取りは軽かった。

 鎧姿の戦士アンフォールはつぎはぎだらけの金属鎧をガチャンガチャンと鳴り響かせ小走りで進んでいく。

 私も負けじと歩こうとしたが躓いてしまった。

 先日の冒険で受けた麻痺毒がまだ体に残っているのだ。杖が無くては立つのも辛い。

 しばらく進むと、目的地である山びこ亭が見えてきた。

 駆け出しの頃から愛用している酒場。今の仲間たちと知り合ったのはこの酒場になる。

 その頃の記憶も随分とあやふやになってきた。

 なんだかんだと言って私は運がいい。

 これだけ長い間、同じメンツでずっと行動できたのだから。冒険者はよく死ぬ。長生きするのは一握りだ。そして、同じメンツで行動できるのは、さらに一握り。冒険者で成り上がる者より、少ないと、よく言われる。

 山びこ亭の前で、仲間たちが足を止めた。


「せっかくである。名誉の負傷をしたラッカイオが先陣を切れば良いのである」


 アンフォールがそんなことを言ってゲラゲラと笑った。


「そうかい」


 やや遅れて到着した私は、待っていた2人に笑いかけると店の扉に手をついた。


『バキバキバキ』


 扉が壊れてしまうのではないかという音を立てて、酒場の扉が開く。

 そういえば、今年の夏には店じまいするって言っていたな。

 ボロい扉を直さないのかと一瞬思ったが、旅に出る前に酒場の親父が言っていたことを思い出して、小さく首を振った。


「おぉ、ラッカイオ、久しぶりだな。ん、名誉の負傷か?」


 店の親父が、余り物の料理をつまみながらめざとく私を見つけて声をあげた。


「違うなぁ。名誉と黄金の負傷だ。知らない文字で書いてある本をみっけたんだぜ」


 ハーフリングで手先が器用なリックモが私の横をすり抜けて店に入り、店の親父に答える。

 それから続いて私が店に入り、仲間たちが続く。

 黄色の髪色と同じ色に揃えた大弓を抱えたキロトアに、小さな杖と大きなリュックを背負った治癒術士のペッテ。

 親父は私たちを一瞥すると顎をしゃくってテーブルの一つを示した。

 空いていれば必ず座る私たちの特等席。今日は空いていた。

 まるで私達の帰りを待っていたかのようだ。

 ドンドンドンと、音を立ててテーブルにジョッキが置かれた。いつものように、こぼれた酒がテーブルをぬらす。もう少し丁寧に扱って欲しいと、いつもと同じ感想を抱いた。


「イエーィ」


 私が不自由な足にまごついて席に着くのに苦労をしていると、仲間の一人がジョッキを手に取り声をあげた。

 それに続いて他の仲間達もジョッキを上に上げ声をあげる。


「飲むか」


 ようやく席について私は小さく呟き、ジョッキを口に運ぶ。

 仲間達は、私を見ることなく酒のおかわりを店の親父に頼んでいた。

 私を放置してのやりとりも、微笑ましい。仲間たちのこういう対応が心地がいいのだ。

 それに今回の冒険は十分な儲けになるのは確実なのだ。


 古い本。


 私たちが冒険の末見つけたのは一冊の古びた本だった。

 数年前であれば、ほとんどお金にはならなかった古い本。

 ところが、去年のこと、聖女ノアサリーナが神殿を通じて手配した一件から、古い本は一気に私達に黄金を運んでくれる品物となった。


 聖女が示す大迷宮。


 きっかけは聖女ノアサリーナが古い本を買い取ると宣言してからだ。

 特に重要な品物は、聖女の名のもとに各地のギルドへ張り出された手配書に記された迷宮にあるらしい。

 話半分で皆受け止めていたが、確実に古い本に対しお金が払われること。それに加え、聖女が示した大迷宮は存在し、古い本だけではなく黄金が眠っていることも判明してからは話が大きく変わった。

 吟遊詩人たちは、聖女の言葉を受けて神殿がギルドに依頼した日をもって、大冒険時代の始まりだと歌っている。

 その前後で、王都の犯罪者達が一掃されたこともあり、冒険者たちの仕事は大きく変わった。

 かってのような近隣の魔物を駆除したり、賞金首を狙うばかりでは無くなったのだ。

 未知の迷宮を探り、腕に覚えがあるものは聖女の示す大迷宮に挑む。

 昔から、古い文献を買い取る人は少なからずいたらしい。図書ギルドはその仲介をしている。

 だが古い本を探すために冒険者ギルドに手配するなんてことはめったになかった。

 それを聖女ノアサリーナと5人の大魔法使い達は大々的にやったのだ。

 ここまで大々的になると皆が血眼になって探した。


 私も、そんな冒険者たちの一人だ。


 酒場の親父に尋ねられ、アンフォールが楽しげに冒険を語っている。

 100年近く前に少しだけ話題になった墓所。

 王都から馬に乗り半月ほど進んだ場所にあるその場所を、私たちは探索した。相当の昔に墓荒らしにあって何もないとは言われていたが、金目でないものは残っていた。

 アンデッドと戦い、野犬に襲われ、難しい状況もあったが古い本を見つけることができた。

 大神殿の側にある歌姫亭に詰めている図書ギルド職員に見てもらったところ、ヨラン王国初期に実在した魔法使いが記した書の写本らしい。

 聖女が探している本とは違うが、それでも金貨50枚は超えると聞いて、大きく盛り上がった。

 アンフォールは鎧の色を揃えたいと言っている。

 キロトアは靴を新しくしたいと言っていた。

 私は……。


「まぁ、後のことだな」


 少しだけ、お金の使い道と当面の目標を考えたが、それは後回しにしてお酒を楽しむ事にした。


「どうしたのだ? 実にしんみりしておるが」


 アンフォールがグビリと酒を飲み干し、私の顔を覗き見る。

 すでに顔が真っ赤だ。あいかわらず酒に弱いがお酒好きだ。


「いや。このお店とも、もうすぐお別れだとおもうと少し……」

「あっ、その話なんだが、止めた」


 私が夏には店を閉めるという酒場の話を口にすると、当の親父がすぐに否定をした。

 しんみりとした私とは反対の楽しげな笑顔で。


「おいおい。もうすぐ閉めるっていうから最近は毎日通っていたってのに」

「なんだよそりゃ」

「だったら、さっさと扉を直せ」

「料理の腕をあげろ」

「俺のしんみりとした気持ちを返せ!」


 その言葉に、小さな酒場のあちこちから言葉が投げられる。

 驚いたのは私だけでは無かったようだ。仲間も同様に親父を非難していた。

 もっとも、非難するような物言いだったが、皆が笑顔だった。


「ちょっと前とは事情が違うだろぉ。ならず者の綺麗な呼び方なんて呼ばれた冒険者が、せっかく名前通りの冒険で生きていこうって時代になったってのに、店閉める馬鹿はいねぇよ」


 店の親父は、非難を受けて、大きな声で反論する。

 楽しそうな語り口と、そして内容に、皆が声をあげて笑った。


「ところでラッカイオ。お前のソレ……時間がかかるらしいな」


 ひとしきり、酒場の客と楽しげな言い合いをしたのち、酒場の親父が私の足を見て言った。

 アンデッドの持っていた麻痺毒にやられた足だ。

 幸い命に別状はないが、治すのに時間がかかるらしい。


「お金を積めば、すぐに治せるのだが……同じ金なら楽しむ為に使いたい」

「だったら、大神殿に行ったらどうだ?」

「いや、治療は……」

「違う違う、アレだ」


 店の親父が一方の壁を指して言った。

 いくつかある手配書の中に、一際立派なものが1つ見えた。


「ふむ。冒険……いや、神殿からの依頼書であるな」

「あぁ。帰ってきたばかりのお前さん達は知らないだろうが、聖女ノアサリーナ様の依頼書だ」

「迷宮?」

「いや違う。なにやら、すごい魔法陣を描いているらしい。んで、大神殿で、手伝いを募集しているのさ」


 そこから始まった酒場の親父による話は、驚きと興奮の内容だった。

 聖女ノアサリーナ様は、なにやら凄い魔法陣を作っているらしい。膨大な数の魔法陣を重ねて新しい魔法を生み出しているのだという。

 今、聖女様の住まう土地であるギリアでは、世界中から人があつまり、夜ですら真昼のように明るい状況で、延々と魔法陣を重ね合わせているのだとか。


「それだけでは足りず、大神殿では魔法陣を転記する人をあつめ、転記した魔法陣を聖女様に送っている……その人手募集の依頼書だ。しかも、これ、魔神に対抗するための魔法って噂だ」


 酒場の親父は、何度も同じ話をしているらしく、よどみの無い話運びで私達に語った。

 他の客も笑顔で頷いている。どうやら有名な話のようだ。


「転記って……そのまま使えないわけ?」

「んー、ダメらしいな。魔法陣ってのは、ものによっては大きさが定まっているのだろう?」


 キロトアの言葉に、自信なさげに答えた酒場の親父は私を見た。


「そうだ。いくつかの魔法陣は大きさが大事なのさ」


 私も魔法使いと呼ばれる者の端くれとして、大きく頷いて答えた。

 それにしても、昼も夜もなく続く大魔法陣の作成か。

 しかも世界中の人が集まっての大事業。


「決まりであるな」


 アンフォールが元気よく言った。


「決まり?」

「そうである。ラッカイオの足が治るまで、聖女ノアサリーナ様の事業に参加しようでは無いか」

「賛成! 冒険の次は、聖女様の手助けをして、世を救う一助となろうってヤツだよね。いいよ、いいよ。まるで物語のよう」

「ままっ、悪くないと思うぜ。なんつったって、大冒険時代をおいら達にプレゼントしてくれた聖女様のお願い事なんだから、手助けしなきゃ冒険者とはいえないぜ」


 仲間達が盛り上がる。

 しかし、確かに悪くない。休息は今日で終わりだ。明日からは聖女ノアサリーナ様の事業を手伝おう。

 私は、ゴクゴクと残った酒を一飲みして、冒険者となった自分を褒めた。

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