第709話 しえんはん
晴れの日、屋敷からでるとサムソンが駆け寄ってきた。
「リーダ。500万枚を突破したぞ」
早朝から祭壇をメンテしていたサムソンが、興奮した様子でオレに報告する。
計画を始めてから一月が経とうとしていた。日々、積層魔法陣はスピードをあげて組み上がっていく。まだまだ完成にはほど遠いが、心配はしていない。それほどに、日々の転記量が伸びているのだ。
毎日のように新しい人がやってきて、人手が増えていることが一番の理由だ。
オレ達があちこちに声をかけたこともあるが、キンダッタが母国の王様に送った手紙によるところが大きい。
キンダッタの国の王様は、南方でオレ達の計画を、演説という形で広く伝えた。さらにはそれは、吟遊詩人の歌となり、世界中へと広まっている。
そんなわけで、南方を中心に、いたるところから人が集まってくる。
すでに一万人を超える協力者の人達は、冒険者であったり、商人であったり、立場はそれぞれ。
日々増えていく人は、その多くが屋敷から町へ向かう山道の途中に、テントや小屋を建てて住んでいる。他にもギリアの町に住んでいて、まるで通勤電車で出勤するサラリーマンのように、毎日大きな馬車に乗って通ってくれる人もいる。
積層魔法陣を転記する仕組み、それから重ね合わせるための工夫も毎日のように良くなっている。
魔方陣は難易度ごとにランクをつけて、熟練者には高難易度の魔方陣を書き写してもらうという形で効率化した。
加えて書き写した魔法陣を、祭壇に設けた積層魔法陣に重ねるための仕組みも日々進化している。
手作業だった重ね合わせの作業は、3日もしないうちにトッキーが工夫した仕組みに置き換わった。
オレが子供の頃にあった年賀状の印刷キットのように、紙をセットしてからレバーを引くと、バタンと魔法陣を貼り付けた板が祭壇を打ち付け、転記する仕組みになったのだ。
昔に、サムソンから聞いた話をトッキーが自分なりに工夫して模型を作り、それを職人たちが巨大なものとして実現させた。
さらにはそれを、ギリアの町に住み着いていたドワーフを中心とした職人集団が、さらに進化させ、もっと良い仕組みにする。
それに負けじと、他の地域から来た職人集団が、もっと良い仕組みを提案して、さらに進化させる。
さらに、それを見た他の職人が……というようなサイクルが出来上がった。今の仕組みは、輪転機のようなもので、大きなドラムに魔法陣を貼り付け回転させることで転記する。そんな印刷するような仕組みに置き換わった。
魔法で動くそれは、蒸気機関のように湯気を立てて、ガシャポンガシャポンとレトロな機械音を響かせて動き続ける。魔法で音を消しているから近づかないと聞こえない。だけれど、オレはわざわざそれを聞きたくて、祭壇側で作業することが多い。
オレの途方もない企みを応援してくれているようで、その機械音が好きなのだ。
「リーダ。カロメーをたくさん作ったよ」
祭壇のそばで、サムソンと打ち合わせをしていると、小さな馬車の御者をしたノアが近づいてきた。
オレの側で、馬車は止まる。馬車を引いていたロバがやりきった感で「ゴブフォー」と鼻を鳴らした。
馬車の荷台にはいくつか籠が乗っていて、籠には山盛りのカロメーが詰まっていた。
見慣れた光景だ。
「ありがとう、ノア」
笑顔でお礼を言って、カロメーの入った籠を馬車から降ろす。
「またね」
そう言ってノアが馬車を動かし屋敷に戻っていく。最近、ノアはあの小さな馬車でいろいろと細かい運搬をかってでてくれる。
今回はカロメー。昔、帝国で行進した時のように、みんなにカロメーを振る舞っているのだ。
「おっとと、カロメーですかい」
しばらくするとカゴに入ったカロメーを見つけたドワーフの一人が駆け寄ってきた。
クイムダルが使っている馬車、つまりパンを焼きながら走れる馬車の設計者であるドワーフの職人レゴンドだ。大きな鼻に、濃い茶色の立派な髭をした寸胴のおじさんで、自己紹介時に、つぶらな瞳がチャームポイントだとか言っていた。彼はカロメーが大好きだ。今も、籠の中を待ち遠しそうに眺めている。
「えぇ。今日も皆さんに配ろうかと」
「ほんじゃま、そこにいた支援班の人にお願いしてきやすよ」
レゴンドは、ニカリと笑って言うと、少し離れた場所にいる集団の方へと駆けて行った。
支援班。
集まってくれた人に、どのような仕事をしてもらうのかといった中で生まれたものだ。
考えてみればもっともな話なのだが、魔法陣を書き写すだけで作業が進むことはない。
紙やインクをはじめとする道具類の手配。積層魔法陣を組み上げるための道具の作成。他にも付随する作業はたくさんあった。
ということでいくつかの班分けをすることになったのだ。
魔法陣を書き写す転記班。積層魔法陣を組み上げるために必要な機械や魔導具を作る技術班。そして、それらをバックアップするための支援班。
今はこういった形で大きく分けて三つの班構成になっている。
初見の複雑な魔法陣を、書き写すことは思った以上に難しい作業らしい。
なので、魔法陣を描き写すことは難しいが、何か手伝いたいという人に対しては、支援班や技術班への協力をお願いしている。おかげで転記班は、魔法陣の転記作業のみに集中することができて、随分と効率が上がった。
「リーダ。麓に、聖女様に献上したいものがあるって人達が……」
カロメーを受け取りにきた支援班の人達と話をしていると、茶釜に乗ったミズキが声をかけてきた。
「了解。ノア……サリーナ様と受け取りに伺います」
支援班の人達の前で、呼び捨てにできないなと、恭しく答え、屋敷にもどる。
ここ最近は、協力者に加えて、物資の提供も増えてきた。
増えた協力者の食料を、ギリアの町で買うことが難しい状況なので助かっている。
まさか買う量が多すぎて、町の食材を買い占めるレベルで買わないといけなくなるとは想像だにしていなかった。なので、食料などを運んでくれる人達には感謝しかない。
量が膨大なため、オレが出向くのは決定事項だ。影収納は、大量の物資を保管する点において無敵なのだ。我ながら良い魔法を作ったと思う。
それから一足先に屋敷へと戻ったミズキとノアに合流して、山を下る。
「テントの人達……どうにかしないとな」
「それなら、仮住まいになる小屋に建て替えていくって」
山を下る途中で目にしたテントを見て呟いたところ、それはすでに対策済みだったと知る。
ミズキが言うには、レーハフ達が、仮住まい用の小屋を建ててくれるらしい。
「皆、とっても優しいね」
「そうだね……本当に」
ノアの言葉に、心から同意する。
そして、協力してくれる人達の言葉を思い出す。
――私達は好きでやっているのです。こんな大事業に関われるだけで嬉しいのに、お金は受け取れません。
最初に食料などを持ってきた人に、お金を払おうとしたときに言われた言葉だ。
それから先、レーハフをはじめ、皆が皆、同じような事を言っていた。
これは世界の人達の為では無い。オレ達……いやオレが自分のエゴではじめたことで、全て自分達だけの為の話だ。
それでも、皆が笑って協力してくれている。
「絶対に成功させなきゃね。それから……皆に恩返ししたいよね」
山の麓にいる10台は軽く超える馬車の集団が見えた頃、ミズキがオレを見ていった。
まるで考えている事を見透かしているかのように、彼女の言葉が聞こえた。
「まったくだ。絶対に、成功させて、恩返しもしなきゃな」
ミズキに、オレはことさらはっきりとした声で答えた。
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