第708話 閑話 執務室にて

 それは、リーダとノアが、人を集め魔法陣を作る計画を立てた日。

 領主の城を訪れた日の事だった。

 窓から、綺麗な山肌と静かな湖が見える執務室で、領主であるラングゲレイグへフェッカトールが静かに頭を下げた。

 それは、リーダ達が立ち去ってしばらくしての事だった。


「すまない。強引に話をまとめてしまった」

「いいえ、かまいません。私は兄上が情報を引き出すのかと思っておりましたので、黙っていただけです」


 頭を下げたフェッカトールに対し、ラングゲレイグが笑みで返す。


「そうか」

「ですが、理由を聞かなかったのはどうしてなのです?」


 ラングゲレイグはそばのテーブルからツボを手に取り、中に入った水をコップに注ぎつつ質問を投げた。


「私はかって、王都に命じられるまま、理由を知ろうともせず、ノアサリーナを追い詰めた。ずっと考えていたのだ。もし彼女が助けを求めてきたのならば、何も聞かず可能な限り助けようと」

「左様でしたか。それにしても魔法陣とは。それも膨大な数の積層魔法陣」

「私の知る限り、現存する最大の積層魔法陣は、カーバンクル生成の際の600枚だ。それを超えるようなものは聞いたことがない。そもそも積層魔法陣は、使い勝手が悪い」

「あの様子では、1000や2000では足りぬでしょう」

「おそらく相当な人数を集めることを想定しているはずだ。今や彼女の近くには、帝国や魔法王国の者もいる。他国の物を招き入れるとなれば、それはギリアだけの問題では済まなくなる」

「そうとなれば、やることが増えますな兄上」

「だろうな。今であれば、まだ其方は聞いていないと、切り捨てることができるぞ」

「はっ。そんな気はありません。もとより私は彼女達にかけているのです。家はおろか、私自身の未来を」

「そうか……何かあったか?」


 何かを語ろうとしていたフェッカトールが笑みを消した。

 それは、ラングゲレイグが一変したことに気がついたからだった。


「私の……領主権限が回収されております」

「何時からだ?」

「わかりません。先ほどまでは確かにこの身へ宿っていたのに……」


 ラングゲレイグの告白に、フェッカトールも先ほどまでとはうってかわって緊張した面持ちになった。

 領主権限の回収。それは本来、王都で儀式と共に行われるものだった。例外は、領主が反逆した場合、ただそれだけのはずだった。


 ――領主権限が回収されているということは、何らかの理由で反逆が疑われたということになる。


 フェッカトールは考える。

 そして彼の脳裏には、先ほどのリーダとの会話が思い起こされた。


「そんなはずはない」


 すぐにフェッカトールは、自分に言い聞かせるように呟いた。

 追い討ちをかけるように、門番からの報告が入る。


「黒騎士がこちらに?」


 駆け込んできた役人からラングゲレイグは報告を聞く。その報告の途中に、四人の黒騎士が執務室へとなだれ込む。


「ギリア領主ラングゲレイグ、そしてフィオロインの2名を残し他の者は下がれ」


 黒騎士の1人が部屋に入るなり部屋の者に命令する。

 先ほど執務室に駆け込み黒騎士の訪問を伝えた役人は、慌てた様子で前のめりになって部屋から出て行った。


「私の正体がばれている……」


 フェッカトールことフィオロインは確信した。彼の鼓動が早くなる。一部の者を除いて彼は自分の正体を隠していた。だが、今この部屋に入ってきた黒騎士は彼の正体を把握していた。

 ラングゲレイグもまた緊張した面持ちをさらに厳しくした。


「テーブルを」

「はっ」


 黒騎士の一人が、別の黒騎士に命令する。直後、執務室にあったテーブルと椅子が部屋から消える。

 洗練された魔法の行使に、フィオロインは息をのんだ。


「ラングゲレイグそしてフィオロイン。そこに跪き、王の言葉を受けよ」


 黒騎士の一人が、先ほどまでテーブルのあった場所を指さし言葉を発した。

 ラングゲレイグ達は従うほかなかった。

 二人が跪いたのを見て、黒騎士の一人が口を開く。


「ギリア領主ラングゲレイグ。前ギリア領主フィオロインに命ず。ノアサリーナ、及びリーダの計画に協力し、その隠蔽に努めよ。隠蔽ができぬ場合は、矮小化に努めよ。王の言葉は以上」

「はっ。王の臣下として、言葉に従うと誓います」


 ――王は、ノアサリーナ達の計画を知っている?


 ラングゲレイグとフィオロインは同じ感想を持った。

 自分たちが先程きいたばかりの事について、王都にいる王は把握している。何か繋がりがあるのかと、二人は考えた。

 ところが、状況は二人に考える隙を与えない。

 黒騎士のもたらした王の言葉が終わり、顔をあげようとしたラングゲレイグの視界に、剣が見えた。

 かって王都にある第3騎士団副団長であった彼が反応できないほど自然に、彼の肩に剣の腹が置かれていた。真っ白い剣は、キラキラと白い煙にも似た光を立ち上らせていた。


「真の王剣……」


 横目でその剣をみたラングゲレイグが小さくつぶやく。

 彼を見下ろし、真っ白い剣を手にした黒騎士が口を開く。


「かってお前に与えた力は回収した。代わりに別の力を与える。古い昔、ギリアと呼ばれた地における王剣の全てであり、望めば黒騎士でさえ排除できるものだ。その力をもって、使命を果たせ」

「死力を尽くし、王命を果たします」


 白い剣を持った黒騎士に、ラングゲレイグが震える声で答える。

 一方の黒騎士は、彼の言葉に反応することなく剣を消し去り、部屋から出て行った。


「その力は、王の命があるまで秘匿せよ。決して、悟られぬように全力をつくせ。守れなかった場合は、我らのいずれかが其方達を消しにくるだろう」


 最後に黒騎士の一人がそう言い残し去っていく。

 執務室に残された2人は無言だったが、しばらくして、フィオロインが尻餅をつくようにへたり込み天井を見上げた。


「ハハッ、ハハハ」


 そしてフィオロインは笑った。


「兄上?」

「わけがわからない。強大な何かに絡め取られた気分だ。しかし悪く無い。退路は断たれたが力は手に入れた。あとは覚悟だけだ」

「覚悟ならすでにできていますよ、兄上。我ら兄弟が力を合わせれば、恐るものはありません。我らは我らの戦いをしましょう」


 笑うフィオロインにつられラングゲレイグも笑う。

 それは、ある意味やけくそ気味の乾いた笑みだった。

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