第707話 閑話 帝都の会話

 イフェメト帝国、その帝都にある宮殿、なかでも一際豪華な一室に、数人の人影があった。

 日の光に照らされて、部屋にある煌びやかな調度品が輝き、部屋はとても明るかった。

 明るく広い一室には5人の人。丸いテーブルには1人の男がついていて、残り4人は立っていた。

 立っているのは、第一皇子クシュハヤート、第四皇子ディクヒーン。残りは皇族であり皇帝の相談役2人。

 そして唯一席についているのは皇帝アヴトーン。

 部屋の外に向けた両開きのガラス扉は開け放たれ、その先に広がるバルコニーから冷たい風が流れ込んでいた。


「さて、では念の為に確認するが、報告を1日2度とすることは問題ないのだな」


 皇帝の側に立った体躯の立派な男があごひげに手をやりながら、一番小柄な男に声をかける。


「物体召喚に適した魔紙は、十分な量が用意されています。明日から1日2度の報告が可能でございます」


 声をかけられた女性にも見まごう男……皇子ディクヒーンが恭しく答えた。


「では、報告を1日2度に。それから先は、ファラハに尋ねる。はじめよ」


 ディクヒーンは頷き、胸元から木彫りの人形を取り出す。手の平に収まる小さな人形の胴体を握りしめ彼は力を込めた。


『メキッ』


 小さな音がして、人形の首がへし折れ床に落ちた。

 首が折れたことを確認したディクヒーンは、人形を床に投げ落とした。

 床に落ちた人形は粉となって煙のように部屋を舞う。

 バルコニーから吹き付ける風が、部屋を舞う人形の残滓を消し去った後、人形が落ちた場所に皇女ファラハが跪いていた。


「すでに報告を受けているが、いくつか問うことがある」


 体躯の良い男が、跪いたファラハに声をかける。


「はい。ズィード様」


 ファラハは顔を上げずに、その言葉に応えた。


「まず、前提の確認だ。協力を即答した、その理由は?」

「私には把握しきれない数を積む積層魔法陣でございました。それはタハミネも同様です。その場で詳細を聞いても理解できない可能性を考慮しました。加えて彼女達の様子から、時間の制約も読み取れました。2点から、その場での聴取を諦め、協力を回答しました」

「保留しなかったのは?」

「仮に私が拒否や回答の保留をしたとしても、彼女達は他者への打診を進めると判断しました。その場合は、彼女達との友好関係に傷がつき、情報を得られない状況が予想できました」

「現状は?」

「ノアサリーナ……様の、嘆願により、各地より人があつまっております。やや南方の者が多いでしょうか。ギリアと南方とは距離的に近いことが一因と思われます。それと……おそらく吟遊詩人の詩は正しいかと」

「しかし、最初の報告から日が浅い。道があるのか?」

「南方とギリアを繋ぐ道はございます。かって巨人がつくった橋を、領主が復旧させたようです。ヨランより古い時代の橋と思われます」

「復旧は今回の件をうけてか?」

「いえ、数年前より進めていたようです。今回の件とは別口と考えてよいかと」

「領主は今回の件にどういう立場をとっている?」

「容認……かと。ただし、情報封鎖の痕跡があることから、外見以上に協力的であると、タハミネは申しております」


 ファラハの回答に、体躯の良い男……ズィードは小さく微笑み頷く。

 それから、辺りを一瞥し、言葉を発する。


「では、帝国として本件についてどう対応するべきか? そういえば、クシュハヤートはノアサリーナと友好を宣言していたな」

「えぇ、ズィード様。私は皇子としてノアサリーナとの友好を結んでいます。人を送る予定ではありますが、ヨラン王国です。ゆえに、刺激しない方法を検討中です」

「人か……人以外では難しいか?」

「アサントホーエイに向かって進む一団があると報告を受けています。少人数であれば、良いのですが、人が増えて……行進にでもなれば、問題化するかもしれないと考えております。ですので、彼らより先んじてヨランに人を送り、大義名分を作る必要があります」

「行進か。確かに、停戦中とはいえ、刺激は避けねばならぬな」

「ゆえに、口実を早急に考える必要があります」


 ズィードが、天井を見上げ、あごひげを撫でる。

 クシュハヤートを初めとする皆が、ズィードの言葉を待っていた。

 ただ1人を除いて。


『ガタリ』


 沈黙する室内で、皇帝アヴトーンが席を立った。

 彼は静かにバルコニーに向かって歩きながら口を開く。甲高いが、威厳のある声が部屋に響く。


「クシュハヤート。アサントホーエイの門を閉ざし、人の足を止めよ」

「御意」

「ドゥッサマド。ナセルディオの状況は?」


 皇帝に名を呼ばれた、白髪で長髪の老人ドゥッサマドがハッと顔をあげた。

 そして、彼は皇帝に近づきつつ答える。


「んあっ。陛下、なかなかに苦しい。手がかりはなく、あれは、うつる」

「うつる?」

「解呪を試みた私の秘術までも封じられた。んだが、とりあえずナセルディオ坊に触れていた右手を切り落とせば、封じは解けた。ままっ、興味深くも恐ろしい。あれでは、ナセルディオ坊も、私のように白髪にもなろうし、恐怖で髪も抜けよう」

「では、しばらくナセルディオを放置してもよいな」

「放置、では、ギリアへ向かっても良いので?」


 近づくドゥッサマドに視線を移さないまま、皇帝はバルコニー手前で歩みを止めた。

 それから皇帝は、表情が明るくなったドゥッサマドを、チラリと見て「だが、方法は必要だ」と小さく呟いた。


「ふむ。方法……方法……では、陛下、使者を立ててはいかがか? ヨランの王は癖が強いがわかりやすい。物語の真似事を好む様子、であるならば……どこかの英雄譚になぞらえればよい。人を数多く引き連れるような英雄譚で」


 ドゥッサマドが、大きな身振り手振りを交えて語る。

 しわがれ声で楽しげに語る彼の言葉が部屋に響いた。


「英雄譚……少し英雄譚とは外れますが、サデクトイアの独断をなぞらえるというのはどうでしょうか?」


 部屋に響いたドゥッサマドの声に反応するかのように、ディクヒーンが声をあげた。

 その言葉に、クシュハヤートは頷き口を開く。


「続く凶作により飢えた臣民を救うため、ヨラン王に命と家宝を引き換えに、援助を申し出た皇子の話か」

「そうです。クシュハヤート」

「あの故事では……ヨラン王は皇子の覚悟を称え、通商船といった形で援助をしたのだったか。再現ができれば、臣民の動きも制御可能になる」

「再現に必要な2つを私は持っています。サーアメン家の宝アロウクの杖、そして皇子たるディクヒーン。すなわち私自身です」

「家宝を、差し出すと? ディクヒーンは、私と違い、ノアサリーナと友好を結んでいない、それでいいのか?」


 クシュハヤートの言葉に、小さな笑みを浮かべディクヒーンが頷く。


「問題がある」


 話がまとまりそうな空気の中、ズィードの低い声が響く。彼はクシュハヤートとディクヒーンに難しい顔をしたまま言葉を続ける。


「ヨラン王国の状況を知っているのか? 少なくとも、ヨラン王国の中枢は、ノアサリーナに好意的ではない。このまま規模が大きくなると、妨害が入る可能性がある。ファラハの報告を聞いていたか? ファラハにつけたタハミネが、情報封鎖を示唆したのは、そういうことだ」

「ズィード様……」

「私もまだまだ足りませんでした」


 ズィードの指摘に、クシュハヤートとディクヒーンがハッとした顔をした。

 そこに甲高い声がした。


「ディクヒーンよ」


 甲高い声、それは皇帝の声だった。皇帝は、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。


「アロウクの杖は不要。都よりミストレイオスの錫杖を、ヨラン王国に貸し付ける。一軍とアサントホーエイにて待つ臣民を伴い使者をせよ。後は、一軍と共に、錫杖を勇者の軍へ運び合流せよ。一部臣民とドゥッサマドはギリアへ。ただし、ギリアに行く者は目立たぬように」

「御意」

「クシュハヤート」

「はい、陛下」

「国をまとめよ。戦いに備えるよう、徹底せよ」

「御意」

「ズィード」

「御意……、では話は終わりだ。クシュハヤート、ディクヒーン、ファラハ。務めは終わった。ドゥッサマド、帰っていいぞ」


 ズィードの声に反応するように、ドゥッサマドの姿が小さな紙片に変わる。

 紙片はヒラヒラと落ちながら燃え上がり灰となって床に落ちた。

 続くようにファラハは、透明になるように消えて、それを見届けたディクヒーンが部屋から出て行く。

 最後に、一礼をしてクシュハヤートも退出し、皇帝とズィードだけが部屋に残った。

 しばらく沈黙があった後、ズィードがニンマリとした笑顔で口を開く。


「まぁ、悪くは無いか。25を超える皇子と皇女にあって、残っただけはある。ドゥッサマドの言葉に飛びつき、思慮を欠いたのは、我らの前での甘えもあったのだろう。その点は、後で皇子達の従者に伝えれば良いか。懸念するのは、前線に出たことがないディクヒーンがどこまで振る舞えるかだな」

「残れねば要らぬ」

「だが、魔神復活の時、ディクヒーンは勇者の軍にいるはずだ。ファラハの言葉にあった時間の制約というのは、そういうことだろう。ノアサリーナ達は魔神復活が早まる確信を得たのだろう。だから、なりふり構わない態度に出た……」

「生き残れば良いだけだ」


 皇帝の言葉に、ズィードは苦笑し、部屋から出て行こうとする。


「さて、我らをここまで振り回したのだ。ノアサリーナ達には、それに見合う結果を見せてもらわねばな」


 最後に、ズィードはそう言い残し、部屋から出て行く。

 皇帝はズィードを見ること無く、静かに椅子に座り目を閉じた。


「あとは見るに堪えない……あの役者次第か」


 そして、誰にも聞こえないほど小さな声で皇帝は呟いた。

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