第706話 閑話 獣王の演説

 ワシは久しぶりに嗅ぐ木々と果物の匂いを吸い込んだ。

 それから過去に思いを馳せる。

 ノアサリーナが去ったのを見送った後の事に、思いを馳せる……。


「キンダッタ。お主、何か知っておるのか」


 ワシはあの時、グルリと首を曲げキンダッタを睨み問うた。


「はて。何も知りませんゾ」

「では、なぜ、あのような安請け合いをした?」

「助けを求められたからですゾ」

「それにしても、エスメラーニャ様にはかる事なく事を進めるのは不味いでゴンス」


 ワシだけではなく、従者であるマンチョもまた、キンダッタへと苦言を呈した。

 それほどに彼の言動は不可解だった。


「ふむ。ワタクシは、彼らには楽しそうでいて欲しいですゾ」


 俯いて何やら思案していたキンダッタが顔をあげて、ワシらを見渡して言った。

 それでも納得がいかないワシらに、キンダッタは言葉を続けた。


「おそらく、何かがあったのですゾ。友人が困っている時、手助けするのは友として当然。それに……」

「それに何だ?」


 ワシはキンダッタの言葉を待たず、急かした。

 次の言葉こそ、大切な何かであることを感じたからだ。


「帝国でなく、王国でもなく、そして魔法王国でもない。彼らが最初に助力を願ったのは、ワタクシ達だったのですゾ。ここで受けねば、南方の、獣王国にあって、最高たる金獅子とは言えないのですゾ。王ならば、よくやったと言うはずですゾ」


 キンダッタの言葉を聞いて、ワシは吹き出した。

 ……というところまで思い出しつつ語り、ワシは顔をあげ、再び語り始める。


「ヌハハハハと大笑いして、キンダッタの言葉を、お主に伝える役目を請け負った……というわけで、全力をもって、この地まで飛んだのよ」


 ひとしきり語って、ワシは顔をあげ友であり王であるパルドンへとニヤリと笑いかけた。

 レオパテラ獣王国は南方の大島、砂漠と岩山にまみれた土地にある唯一のジャングルにある。

 緑豊かな一帯を統べる獣王は、別邸の板間に座り込んだまま手紙を眺め、ワシの話を聞いていた。

 話が終わったのを受けて、ふさふさとした頭飾り……通称、たてがみを翻しパルドンも大笑いする。


「ぬかしおる。だが、キンダッタの言葉は正論。奴に託した我の目は正しかった。加え、聖女とハロルドの文。我を動かすための小細工までするとは、まったくもって頼もしい」


 力強く語ってパルドンは立ち上がり、別邸から外へと歩きながら言葉を続ける。


「だが、しかぁし、我は獣王ぞ! この獣王レオの称号を持つパルドンぞ! キンダッタの言葉に乗るだけの存在ではないわ」


 そして、平屋の別邸から外にでて大きく息を吸い込む。

 次の瞬間、怒声にも似た大声で語り出す。


「聞け! 我はこれより5日後の朝、南方、大平原の世界樹、その根元にて檄を発す! 聖女の嘆願について語る。南方の王に! 民に! 皆に伝えよ! 5日後の朝を!」


 パルドンの背後にあった別邸すらも揺れる大声。その言葉を受けて皆が動き出す。

 いつもは怠惰な獣王国の民も、獣王の声に目が覚めたようだ。キビキビと動き出した。


「では我が友フィグトリカ、背を貸せ。世界樹へと参ろうぞ」

「ヌハハハ! 良かろう。ワシの最速をもって飛ぼう」


 そしてワシらは飛び立った。加速の魔法、時歪めの魔導具、あらゆる細工を大盤振る舞いだ。

 持てる全てを使い最速で飛ぶ。すでに獣王国は彼方にあった。後方をちらりとみやると、遠くに見える獣王国から、沢山のトーク鳥が飛び立つ様が見えた。あれら全てがパルドンの言葉を伝える予定なのだろう。

 夜も昼も無く、ワシは飛び、3日も待たず世界樹へとたどりついた。


「さて、あと2日。どれくらい来るかな」


 誰も居ない大平原を前にパルドンが笑う。


「知るものか」


 ニヤリと笑いワシはうそぶいた。

 急な話だ。さほどは集まるまい。だが、南方に聖女の願いは届く。いずれ大きなうねりとなろう。

 それにしても疲れた。目をつぶり大きく息を吐く。


『ゴン』


 直後、頭にゲンコツが落ちた。


「何をする。パルドン」


 寝ることも許さんとは、何たる器量の狭さ。

 腕を組み笑顔のパルドンにワシは当然のこと、抗議する。


「いつまで寝ている。もう全て終わったぞ」


 あっと思った。

 目の前にある光景が一変していた。

 キンダッタの所から、獣王国に、そして世界樹まで全力で飛んだワシは疲れがたまっていたようだ。

 2日も寝続けるとは。

 いや、それより目の前の光景だ。

 色とりどりの踊るつぼみ、それに飛行船が空を飛び、平原には多くの人々がいた。

 地の果てまで続く人々、地響きを起こす喚声。

 ワシはかような状況で寝ていたのか。年は取りたくないものだ。


「予想を遥かに超える……」

「あぁ。我も驚いている」


 ワシの呟きに、パルドンが大きく頷いた。


「だが、これは……大丈夫なのか。ギリアは、ヨラン王国は、これを認めるのか」


 しかし、民衆が放つあまりの熱に、ワシは不安になった。

 これはあまりに多すぎる。空に浮かぶ飛行船、踊るつぼみ、これをヨラン王国が受け入れるのかと、不安になった。


「問題ない。昨日の事、我は書状を受け取った」


 パルドンは断言し、一通の書状を投げてよこした。巻かれた羊皮紙を念力の魔法で開き、ワシは目をこらす。


「これは……、ヨラン王国の……」


 サッと眺め、絶句する。

 内容も、書状の差出人も、驚くべきものだった。


「驚くことばかりか?」

「ワシの知っている……」

「そうだ。我もまた騙されていた。いや、真実は分からぬ。だが、書状は正当なものであり、我は皆を安心して送り込める」

「だが、なぜ、この様な書状を……」

「さぁな。だが、しかし、我の勘がつげている。これだけは言えると」


 そこまで言って、パルドンは書状を指で弾き言葉を続ける。


「これより聖女ノアサリーナが世界を回す。もう、ヨラン王国どころか、何者も止められないのだ」


 視界を埋め尽くす人々を背に、やり遂げた顔でパルドンは断言した。

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