第705話 ほっぺをつねる

 目が覚めて、余り物のシチューをかきこむ。

 食事を軽くとって、早速、近所へとお願いにまわる。

 お願いに回るのはオレとノア。

 ミズキは昨晩に少し飲みすぎて、お酒の匂いが残っていたので、パス。

 カガミとサムソンは、一億枚を超える積層魔法陣について具体的な作業手順を考えるため、外にでられない。

 ということで、まずはノアと2人で回ることになった。

 とりあえず話がしやすいキンダッタのいる館へと向かう。

 ちょうどよく、キンダッタは門の前にいた。彼の従者である太っちょ猫のマンチョと、賢者として名高いグリフォンであるフィグトリカと一緒だった。


「キンダッタ様」


 門に近づき、談笑する彼らにノアが声をかけた。


「なんですかな」


 緊張した面持ちで声をかけたノアに、キンダッタがいつになく事務的な声音で答えた。


「お願いがあって参りました」

「ふむ。それは一体どのような?」


 キンダッタは、ノアの申し出に目を瞬き言葉を返す。

 なんとなく警戒されているように見えて不安になった。


「魔法陣を描くための、人手が、手助けをお願いしたいのです」

「それはかまいませんが、いかほど?」

「できるだけ多く」

「ふむ。ワタクシ共では足りぬほどの人が必要ということですかな」

「はい」

「まったく足りない?」

「はい」

「其方達、一体なんの」

「あいわかりましたぞ」


 フィグトリカが何か言いかけたのを、キンダッタが手で制し答えた。


「おい、キンダッタよ。まだ、何もワシらは聞いておらぬぞ。なんの魔法じ……」

「とりあえず、マンチョと、他の従者、それから華獅子を後で向かわせますぞ」

「いや、エスメラーニャ様に許可が……」

「問題ないですゾ。ワタクシ、金獅子団長と同格ゆえ、命令できますゾ」

「ですが」

「ところで、代わりに一筆いただきたいですゾ」


 何やらいいたげなフィグトリカと、意見するマンチョを無視して、キンダッタが話を進める。


「一筆? 手紙を書けばいいのですか?」

「ノアサリーナ様と、それからハロルド様に」

「リーダ! ハロルドを呼んでくる」


 ノアは身分も忘れて屋敷へと駆けていく。

 そして、すぐにオークの大男となったハロルドと戻ってきた。


「拙者と姫様に、何やら一筆求めていると聞いたが」

「そうですゾ。我らが王に、協力の依頼をしたためてもらいたい。ワタクシは、それを元に王へ青獅子の派遣を要請するので」

「おい! キンダッタ、王と国の守りはどうするつもりだ」

「国? それは王と金獅子がいれば、他は無用。あ、文面はこうして欲しいですゾ。あと、聖女の印とやらをここに……」


 声を荒げるフィグトリカに、キンダッタは静かに応じつつ、ハロルドに何やら書いて見せていた。


「拙者と、パルドン王は友ではないが……」

「王は常々、強敵とは友である、宿敵とは親友であると言っていますゾ」


 ちょっとしたやりとりをしつつ、ノアとハロルドはキンダッタの言う通りの手紙を書いた。


 ――大事業のため、友に第一の応援を頼む。


 たったの一行の言葉に、ノアとハロルドの署名。ただ、それだけの手紙だ。見返りも、約束もない手紙だ。

 キンダッタが言うにはそれで十分らしい。


「あとは任せてもらってよろしいですゾ。急がれるでしょうし」

 そして、手紙を眺めながら、キンダッタはオレ達を見る事なく言った。

「え?」

「帝国の方々と、領主の元へも行かれるのでは?」

「えぇ。帝国にはいきますが……領主?」

「どちらにしろ大事業には領主の許可が必要。時間も必要と思いますので、行かれてよろしいですゾ」


 交渉らしい交渉もせずに、あっさりと話が進み、拍子抜けする。

 だけど、キンダッタの言う通りだ。ファラハ達だけではない、領主の所へも行かないといけない。

 オレ達はキンダッタ達に深々と頭をさげ、帝国皇女ファラハの屋敷に向かった。


「早朝から、先触れも約束も無しに、尋ねるとは無礼では?」


 ファラハの従者であるタハミネからは、小言を言われたが、すぐに客間へと通してもらった。

 ノアが茶会に呼ばれた時に通される部屋だ。


「一億……」


 ここでも交渉らしい交渉は無かった。ただ、積層魔法陣の枚数を聞かれただけだ。

 一億を超えるというオレの回答に、ファラハは黙り込んだ。


「わかりました。では、すぐに75人ほど向かわせましょう。明日にはもう少し増やせるでしょう」


 しばらく沈黙があって、ファラハが口にしたのは驚く内容だった。

 75人? すぐに?

 キンダッタに続いて、ファラハも交渉などまったくすることなく、協力してくれることになった。

 さらに続いてファラハが口にした内容は、最低でも200人近い人手を都合することと、必要であればインクなどの道具も提供するという内容だった。


「では、せっかくです。全てが上手くいったあかつきには、皆で笑い合えるといいですね。その時には、今度は、私のちょっとした願いも聞いて頂ければ……なお嬉しいです」


 破格の協力申し出に、オレとノアが唖然としていると、ファラハはそう言って冗談っぽく笑った。

 そして、狐につままれたような気分で、ファラハの屋敷を後にする。


「もうキンダッタ様の部下が来てるわぁ。マジかよ、急展開すぎるだろ……だって言ってたのよぉ」


 一足先に、交渉結果の報告をするため屋敷に戻ったロンロから、サムソンが驚いていたと教えてもらう。協力者に対する作業指示は、カガミとサムソンが行うことになった。


「ゴメン。準備に時間がかかっちゃった。町に行くんでしょ。私も、町で声をかけるよ」


 そして、茶釜に乗ったミズキと、彼女が引く馬車に乗るピッキー達と合流し、町へと向かう。


「領主様に了解をとらなきゃいけない」

「おいら達は、親方にお願いしてみます」

「リーダ達をお城で降ろしたら、私はギルドをあたってみる。あとカロンロダニア様のところも……でも、ノアノアじゃないとダメかな」

「私が、お手紙を書くよ」

「紹介状ってわけか。じゃ、お願いノアノア」


 凄い勢いで町へと向かう馬車で、これからの事を打ち合わせする。

 魔法で揺れない工夫をした馬車で、ノアは手紙を沢山書いた。カロンロダニアに、神殿に、思いつく限りの人にあてて協力要請の手紙を。

 そして、ギリアの町へと駆け込み、城へと進む。

 城では、フェッカトールが出迎えてくれた。彼はオレ達を見て何かを察したようで、すぐさま領主へ取り次いでくれた。

 通された先の執務室で、待っていた領主ラングゲレイグに対し、オレとノアは人を集めて積層魔法陣を組むこと、それについて許可が欲しいと単刀直入に願いでた。

 ここでも、交渉らしい交渉は無かった。


「もし、私の意見を聞いていただけるのであれば、ノアサリーナに許可を出すべきだと考えます」


 考えるように腕を組み目をつぶったラングゲレイグに対し、フェッカトールがそう発言したのだ。

 それが決めてになったようで、ラングゲレイグは「全て許可する。好きにしろ」とだけ言って、謁見は終わった。


「カロンロダニア様が、人をまとめてすぐに手伝ってくれるって」

「親方達ができる事があったら言ってくれって、言っていました」


 謁見が終わり、城から出るとミズキ達が待っていた。

 他にも、冒険者ギルドと商業ギルドに人を募集する依頼を出した事をミズキから聞く。

 こうして、依頼も許可も、順調に進んだ。

 昼過ぎには、オレ達は屋敷に戻っていて、積層魔法陣の作業に取り掛かる事ができた。

 屋敷から少し離れた山の中腹で作業を開始する。

 とはいえ、まだまだハードルはあった。

 パソコンの魔法で、積層魔法陣を構成する魔法陣を打ち出し、それを転記の魔道具となる紙に描き写す。それから、さらにそれを一つの魔法陣へ重ねるように転写する。その作業を多人数にどう割り振るかという話だ。

 仕事をお願いする中で、サムソンとカガミが考え込む事があった。


「祭壇が必要だ」


 サムソンが腕を組み唸った。

 積層魔法陣を重ねるために、脆い土台では心許ないことがわかった。


「転記の仕組みも、考えないと……」


 カガミがブツブツと呟く。

 理屈としてはわかっていても、具体的に作業を進めると不足している事柄が沢山あった。

 それを一つずつ潰しながらの作業。

 何度もつまずき、やり直したりして作業をすすめる。協力を要請したにもかかわらず、お願いする作業がすぐに用意できないなんて事も度々発生した。

 夕方になり、作業は一旦やめて、解散する。


「問題が沢山あると思います。思いません?」

「そうだぞ。明日までに、いくつかは解決策を提示しないと不味い」

「確かにね、祭壇はもっとしっかりした作りにしないと」

「おいら達も考えます」


 サムソンを初めとした皆が疲れた顔をしつつも笑顔で屋敷へと戻っていく。


「7枚か」


 オレはそう呟き、急ごしらえの祭壇をみて笑った。

 初日は7枚を重ねるだけに留まった。一億枚を超える積層魔法陣の完成にはまったく足りない。

 それでも手応えがあった。十分すぎるほどの手応えだ。明日はもっとうまくやれる。その自信があった。

 逆に、あまりに順調なので、夢ではないかと不安になった。

 なんとなしに、ほっぺをつねる。


「どうしたの?」


 そんなオレを見上げてノアが首を傾げた。


「すっごく上手くいっているから、夢かもしれないってね」

「起きてるよ!」


 オレの言葉に、ノアは元気に答える。

 それから嬉しそうに笑って、自分のほっぺをつねってみせた。

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