第701話 おさきに

 海亀の背に乗せた小屋の屋根に寝転び、空を見上げる。

 流れる雲を眺めつつ、サムソンのメモ書きに目を通す。

 まだ先は長い。


「リーダ!」


 パッとあたりが暗くなって、ノアの声が聞こえた。

 サッと、クローヴィスに乗ったノアが手を振っていた。

 ノア達は、オレの頭上を飛び越えて、先に進む。

 茶釜と、茶釜の子供達がクローヴィスとノアを追いかけるように駆けている。

 モペアは地面を滑るように走って追いかけていた。

 クローヴィスに、精霊達、皆楽しそうだ。


「あっ、フィグトリカ様がいます」


 御者をしているピッキーが報告の声をあげる。

 ガバリと起き上がり、視線を彷徨わせると、ピッキーのいうとおり、遠くにグリフォンのフィグトリカがいた。ギリアの街が遠目に見えた。もう戻ってきたのか。

 さらに、魔法で視力を強化しつつ目をこらすと、フィグトリカにキンダッタが乗っている事がわかった。

 彼らもノアに味方をしてくれる。

 向こうもこちらに気がついたようで、ノアへと飛ぶ方向を変えた。

 のんびり旅行は、平和に終わった。

 最後は、クローヴィスとノアが、フィグトリカ達と空で遊ぶ様子を見ながら帰宅することになった。


「久々に飛ぶ空はやはり素晴らしいものでしたゾ」

「はい。キンダッタ様、フィグトリカ様、楽しかったです」

「ヌハハハ、ワシも楽しかった。また一緒に飛ぼうぞ」


 屋敷の前で、キンダッタ達と別れ、帰宅する。


「おかえりなさいませ」


 ギリアの屋敷に到着すると、ハイエルフの双子が恭しく出迎えてくれた。


「では、今日は私が晩御飯を作ろうと思います。何か希望あります?」


 屋敷につくやいなや、カガミがふわりと海亀の背から降りて振り返り質問してくる。

 もう、そんな時間か。


「じゃ、シチューで」

「せっかくだからボクはピザを作るっスよ」

「今日は温泉入れる日なんだっけ?」

「大丈夫だったと思います」

「だったら、食事より前に、温泉いこ、温泉」

「もちろん。火加減をサラマンダー達にお願いして、温泉。そのつもりです」


 皆がテキパキと動く。


「お手紙を預かっております」


 手持ちぶたさになったオレにも役割があった。

 ノアと一緒に屋敷の玄関へ向かって歩いていると、ハイエルフの双子が横に並び、手紙を差し出してきた。

 加えて、いくつか報告をうける。


 トゥンヘルが王都からこちらに向かってきていること。

 サイルマーヤを始めとした、帝国で一緒だった神官団が面会を希望していること。

 さらには手紙と一緒に、レーハフさんより、飛行島に建設する家の図面を預かったということ。

 盛りだくさんだ。


「飛行島に載せるお屋敷は、トゥンヘルおじさまだけでなく、私たちもお手伝いできますので、お任せください」


 最後に双子がそう付け加える。

 いろんな事が着々と進む。

 いい感じだ。神官団には、プレインの作った魔導具ハーモニーを配る計画について相談しよう。資料集めに、白孔雀のための地図、いろいろ頼って申し訳ないが、彼らのネットワークはすごいしな。


「パンだ」

「クイムダル様が、トーク鳥で送ってくださったでち」


 帰宅し、温泉に入ってさっぱり気分で戻ってくると、晩御飯に焼き立てパンが加わっていた。

 シチューにチーズたっぷりのピザ、世界樹の葉っぱを中心としたサラダに、地竜の生ハム、それに焼き立てパン。デザートに、色とりどりの果物。

 豪華メニューだ。


「温泉上がりに、焼き立てパンが食べられるなんて素敵だと思います。思いません?」


 興奮気味のカガミに、笑って頷く。

 旅の食事もいいが、屋敷の食事もやっぱりいい。


「ハーモニーの、デザインを考えたんだよね。盾っぽいの」

「盾ですか?」

「そうそう。皆を守るって感じで、真ん中に紋章があって、取り囲むように音楽を奏でる魔導具を配置した感じで」


 ミズキが指でホームベースのような形を描く。


「宝玉をちりばめた盾ですか。良いと思います」


 それをみて、カガミが楽しげな声をあげる。

 そんな時のことだ。

 食事中、プレインがガタリと椅子をならして立ち上がった。


「どうしたんですか?」


 突如、立ち上がったプレインを見て、カガミが声をかける。

 プレインは、カガミに答える事なく、自分の腰あたりをぽんぽんと叩いていた。


「先輩」

「どうしたんだ、プレイン」

「蓄音の魔導具、持ってないっスか? 風呂上がりでうっかり持っていなくて……」


 なんだろうと思いながら、オレはシチューの入っている皿を少し傾け影を大きくする。

 それから少しだけ念じて、影から蓄音の魔導具を取り出し、プレインに向かって転がした。


「すみません、少しだけ静かにしてくださいっス。最初、なんか急に体が軽くなったんス。気のせいかなって思ってたんスけど、やっぱり体は軽くなった気がしたままで……」


 オレから蓄音の魔導具を受け取ったプレインは、魔導具に魔力を流し起動させ、話を始めた。


「えっ、何なに?」

「ミズキ、静かに」


 大声をあげるミズキに対して、オレは唇に指をあてて制す。


「それで、もしやと思って、看破で自分をみると、命約数はゼロで、でも、そこから変化がなかったままで、大丈夫なのかと思っていたんス。一月、二月、いつまでたっても同じままだったから、ずっと大丈夫かなって。でも、違っていて、またゆっくりと体が軽くなっていったっス」

「プレイン氏、ゼロってわかったのはいつ頃だ?」

「ちょうど半年前っス。それで、アーハガルタから帰ってきて、また、それから体が軽くなったんスけど、止まって。またしばらくこのままかと思っていたんスけど……いま、さっき分かったっス。もう時間が無いって。念のために、蓄音の魔導具を用意していたんスけど、今の今に限って忘れてて、ダメっスね。ボク」

「そっか」

「あのすみません、もっと色々言わないとダメなんだろうけど、土壇場で、何を言えば分からなくなっちゃって……」

「プレイン! 足!」


 ミズキがプレインの足元を見て、大きな声をあげた。

 彼の足先が消えていた。違う、足先だけない、膝から腰も、薄くなって向こうが見える。


「ノアちゃん、ごめんね。急に、こんなになって……。あの、先輩、後はお願いします」

「あぁ、お疲れ」

「お先に……」


 オレの言葉に、涙目になったプレインは深々と頭を下げて……消えた。

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