第692話 おこのみやき

「どうにかしておくれな。わしは死ぬわけにいかないんだよ」


 この声は……。

 ハッとして、気がつくと天井が見えた。

 どうやら夢を見ていたようだ。

 ガバリと起きると、外はまだ暗かった。だけど、真っ暗というわけでもない。もうすぐ日が昇り明るくなりそうだ。

 元の世界と同じように、冬の朝は暗い。

 それにしても、久々にあの夢を見た。

 残り時間があとわずかという事が関係しているのか……。

 焦ってもしょうが無い。出来ることをやるだけだ。

 ベッドから降りて服を着替える。ちょっぴり体を動かして、部屋から出ると、廊下が少しだけ明るかった。

 台所がある部屋の扉が少しだけ開いていて、漏れた光が廊下を照らしているようだ。


「今日はプレインが朝ご飯を作るんだっけ」


 仕込みに時間がかかる料理かな。

 せっかくだからと、台所をのぞいてみると、プレインが何やら大がかりな準備をしているところだった。


「おはようございます。先輩、今日は早いんスね」

「あぁ、おはよう。鉄板なんて準備してるんだな」


 台所のテーブルには、大きな黒い鉄板が置いてあった。広間にあるテーブルの半分程度はある。相当大きくて重そうな鉄板だ。


「あっ。リーダ、おはよう」

「おはよう、ノア」


 そして、台所にはノアもいた。テーブルの陰に隠れて見えなかった。

 滑車付きのテーブルに食器を並べているようだ。カチャカチャと音をたてつつ、テーブルに乗せられていく食器類の数は多い。


「あのね。朝ご飯は、オコノミキなの」

「ちょっと違うっス。お好み焼きっスよ」

「オコノミヤキ……でしたか。オコノミヤキだって!」


 朝からお好み焼きか。

 ノアが用意しているのは、小さなボウルか。よく見ると、刻んだ葉野菜やら、具材がのった大皿とトングも見えた。あとは、あのジョッキ……ソースが入っているのか。


「鉄板はサラマンダーに熱してもらうから火加減は大丈夫っスよ」

「朝から、面倒くさいものを」

「いいじゃないっスか。のんびり朝食もいいもんスよ」


 それから慌てた様子で台所にやってきたチッキーも含めて、広間で準備を進める。

 朝っぱらからの大がかりな準備に、ノアもチッキーも、興味津々だ。


「朝から、こうお酒が進みそうだと困っちゃうよね」

「え? ミズキ、お前、朝から飲むつもりか」


 意表を突くミズキの発言から始まったお好み焼きパーティは、朝食どころか延々と続いた。

 ハロルドはもちろん、ヌネフ、ウィルオーウィスプ、モペアにサラマンダーとウンディーネ。勢揃いだ。


「最近は、少しだけ根を詰めてましたし、たまにはいいと思います」


 朝は早めにきりあげて、プログラミング……という流れにならなかったのは、このカガミの言葉に表されていたのだろう。

 久々に、のんびりとした朝食は、もはや朝食というには遅すぎるまで続く。


「ふむ。これは具材によって、大きく変わるでござるな。なるほど。拙者は失敗したかもしれぬ。これはやや小さめに焼いて、数多くの味の広がりを堪能すべきでござった。それにしても、魚介類にチーズか、葉野菜に肉……悩ましい限りでござる。細かく砕いた海藻、乾燥魚、これも分量が肝要。奥が深い。加え、このソースは味と匂いが強く、マヨネーズをどれだけかけるかによって、具材の選択も左右される……」

「おい。でかぶつ、焼きもせず唸るなら、そこどけ。あたしが焼く場所が減っているだろ」

「あっ。お姉ちゃんの分は私が焼いたげるね」


 ソースの匂いが立ちこめ、わいわいと騒がしい中、お好み焼きパーティは続く。

 よく見ると、サラマンダーとウンディーネの分はノアが焼いているのか。複数のお好み焼きを同時に焼く手際は、初めてだとは思えない。

 それに、ノアは……いや、現地の人はマヨネーズを多めに使うな。

 まぁ、どうでもいいや。楽しいし。

 そして特別な事をした日には、特別な事があるらしい。


「長老様がやってきたわぁ」


 お好み焼きパーティ中、ふてくされて外にでたロンロが、そんなことを言いながら戻ってきた。

 彼女は、朝に見た白い鎧姿ではなく、茶色い服に着替えていた。この辺の服装ではないが、どこかで見た服だ。


「ロンロ、エルフの長老様が来たの?」

「そうよぉ。飛行島にのって、降りてきたわぁ。あと、ハイエルフの双子も一緒」


 ハイエルフの双子。世界樹で戦ったツインテールの人達か。

 そう言われると、ロンロの服装はハイエルフの里でよく見た格好っぽいな。彼女なりのヒントだったのかな。

 双子はナセルディオの魅了をうけて、彼のいいなりになっていた。

 魅了が解けた今はどうなのだろう。


「もしかして、頼んだ資材を持ってきてくれたのか」

「サムソン先輩、何か頼んだんスか?」

「あぁ。飛行島の強化をするため世界樹の樹液を頼んだぞ。追加で飛行島を送ってもらえないかとも打診した。サイズを大きくしたいからな」


 そういえば、飛行島を強化する話をしたな。

 ノアの呪いが強くなったとき、空に城のような物を作って、そこで過ごしてもらう計画だ。

 究極を超えた究極と同時並行ですすめていたのか。


「待たせるのも悪いし、ちょっぴり食休みだ。迎えに出よう」


 オレはそう言って席を立った。

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