第693話 エルフのおねえさんがやってきた
朝から続いたお好み焼きパーティーを中断し、外へと出る。
「ホントだ。長老様だ」
駆け足で先行したノアが、玄関から飛び出したとたん声をあげる。
屋敷の敷地に入る門の側に、馬に乗った3人の人影が見えた。
先頭は長い白髭をたくわえたハイエルフの長老。あとの2人は……双子だ。違うのは髪色くらい。一人が青白く、もう一人がオレンジ色の髪色をしたツインテールの双子。
ハイエルフの里で戦った2人だ。
「長老様」
「久しいな。入ってもかまわんかの?」
屋敷の玄関から大きな声でノアが問いかけると、長老が穏やかだがよく通る声で返した。
「どうぞー」
ノアが笑顔で答えると、3人の乗った馬はパカラパカラと軽快な蹄の音をたてて近づいてきた。
「お馬で来られたのですか?」
「いやいや。側までは飛行島で来たのだが、何やらこの辺りは賑やからしい。ちょうどよくフィグトリカがおったから聞いてみると、飛行島は隠しておいたほうがよいというでな。少しはずれた場所で一度降りて馬を呼んだという案配だ」
長老は馬から下りつつ答えると、ポンと馬を叩いて放してしまった。
同じように双子も馬を放つ。
馬はあっという間に、屋敷の門を飛び出て見えなくなった。
「え? 馬は?」
「あれは馬呼びの笛を使って呼んだだけじゃよ。さて、ほれ……お前達。今日はお前達が望むから来たわけじゃろ」
馬が逃げていった事に驚くノアに長老は何でも無いように答えると、後を振り向いて双子へ声をかけた。
その言葉に頷いた、ツインテールの双子が長老の背後から前にでる。
双子は青い顔をして近づき、そして跪いた。
「ファシーアです」
「フラケーテアと申します」
「ノアサリーナよ。少しだけ2人の言葉を聞いてはくれぬか?」
双子がボソリと名乗った後、苦笑した長老がノアへと優しく声をかける。
「はい」
一歩前に出たノアをみて、双子は跪いた。ゆっくりと静かに、正座して両手を地面につく。
土下座一歩手前といったポーズだ。
「ハイエルフの里で……私達は、酷い事をしました」
「本日は、あの……謝罪を。もし、お許しいただけるなら、罪を償う機会を……」
「いただけ……れば……」
いっぱいいっぱいと分かる調子で双子は言葉を発し、深く頭を下げた。
このやりとりだけでわかる。ずっと気に病んでいたのだろう。
確かに双子は、ハイエルフの里でノアやオレ達を殺そうとした。里を混乱に陥れた。
だけれど、それはナセルディオの秘術によるものだ。
凶悪な魅了にかかって操られていただけだ。
彼女達は悪くはない。
「リーダ……」
ノアが静かに呟き、振り返ってオレを見上げた。
オレは少しだけ微笑み頷く。それだけで、ノアは分かったようだ。
「あの顔を上げてください。立って下さい。私達は、怒っても悲しんでもないです。お二人が元気になって嬉しく思います。それに……悪いのはナセルディオで、あいつはリーダがやっつけましたので、お仕舞いです」
「すまぬな。ノアサリーナよ」
ノアの言葉に長老が微笑む。
ハイエルフの双子は、ノアを涙目で見上げていた。
「そうだ。ちょうど食事してたんです。長老様達もどうですか?」
「ふむ。わしも少しお腹を空かせていたところじゃ。馳走になろうかの」
それからノアの招きに長老は応じて、お好み焼きパーティーは参加者を増やして再開する。
最初こそは、おっかなびっくりといった調子の双子だったが、しばらくすると落ち着いて食事に参加してくれた。
さらに参加者は増えていく。
「何やら美味しそうな匂いがしましたですゾ」
やってきたのは猫の獣人キンダッタとマンチョ。
どれだけ鼻がいいのだと内心突っ込んでいたら、グリフォンのフィグトリカから、話を聞いて尋ねてきたらしい。
匂いは玄関で感じたという。
「それにしてもフィグトリカ様と長老様は知り合いだったのですね」
「わしがな、地上を旅していた頃にな。あやつが暴れて困ると、知人に相談されての。コツンとやった仲じゃ。フィグトリカがまだまだ若造の頃じゃ」
お好み焼きパーティでの話題はやがて長老の思い出話が中心となった。
伊達に長生きはしていない。
長い間、地上を旅していた彼の話はとても面白い。
逆さになった火山の話や、巨大な野菜をくりぬいて住む人々の話。
異国の料理、おとぎ話、長老の話は多岐にわたった。
そんな話を、マンチョが手土産に持参した魚介類を加え、豪華になったお好み焼きを食べつつ聞き入る。
さらに長老はとんでもない体験までしていた。
「魔神を見たことがあるのですか?」
カガミが驚いて大きな声をあげる。
長老は前回の魔神復活を経験していた。
「いいや。わしは、魔神を見てはおらぬ。だが魔王なら見たことがあるの」
魔神復活の日を経験しているとか、本当の生き字引だ。
なんでも、魔神が復活するといきなり夜になるらしい。
そして魔物が溢れ、各地に何体もの魔王が現れ、世界中で破壊が巻き起こるのだとか。
このあたりは、スプリキト魔法大学にあった資料のとおりだ。
「魔王は4枚の羽があっての。わしが乗っていた船は、どうせ落ちるなら魔王ともどもと、突っ込んでいったのじゃ」
もっとも、実際に経験したことのある人から直接聞く話には、独特の迫力がある。
乗っていた飛行船が、魔王に突撃した経験ってのは凄いな。
「それで、どうなったのですか?」
「船は木っ端微塵、魔王は町の壁にぶち当たり、地上にたたき落とせたわけじゃ。2つの満月が、町を照らし、魔王を照らし、わしらを照らしておった。皆が必死じゃった」
「2つも月が?」
「そうじゃよ、ノアサリーナ。魔神が復活すると月が2つに増えるんじゃ。だがの、わしは思い出す度に不思議に思っておった」
「不思議に?」
「わしのさらに前の前の長老が言っていたことと違っていると不思議に思ったのだ。爺様は地上の王が、2つに増えた月の1つを盗んだ姿を見たといっておったのに、なぜに月は2つあのかのぉ……とな」
ノアのちょっとした疑問にもよどみなく答える長老は話が上手い。
それにしても2つの月か。1つは元々ある月で、もう1つは魔神が作り出すんだっけかな。
いろいろな資料をあたりすぎて、何処で見たのか思い出せない。
結局、お好み焼きパーティーは夕方まで続いた。
「今日は良い日だった。地上の、それも未知の料理とは、わしも運が良い」
そう言って長老は、消えるように去って行った。
双子による召喚魔法によって長老はギリアに来たらしく、もともと夕方頃には帰るつもりだったという。
一方、ハイエルフの双子は、この屋敷で暮らして、飛行島の強化を手伝うことに決まった。オレ達は気にしていないが、罪の償いはさせて欲しいということだった。
罪の償いうんぬんは、どうでもいいが、ノアの味方が増える事は嬉しい。
ノアのために、皆が協力してくれる。
オレはそれが嬉しかった。
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