第680話 閑話 収穫の顛末(前編)
セ・スが指を鳴らした直後、ノアは倒れ、ドサリと小さな音が響いた。
続いて、ノアの体が作る小さな影は淡い白へと色を変え、まるで触手のように四方へと伸びた。それは一瞬の出来事で、ミランダやゲオルニクス、そしてハロルドが気付くことはなかった。
代わりに、ハロルド達を困惑させたのは、ノアに続いて倒れたリーダ、カガミの存在だった。
「姫様!」
ハロルドの声にノアは反応しない。さらにはミズキまでもが膝から崩れ落ちる。
「ごめん、なんか眠い」
小さくミズキが言って、茶釜の背にパタンと倒れた。
「ミズキねーさん」
プレインの声がむなしく響いた。
ハロルドがゲオルニクス、ミランダと顔を向けるが2人は首を振った。
事態は確実に悪化していく。
飛行島が揺れ始め、その場に残った人達の心を益々かき乱した。
「わからない。なぜ? ノアサリーナは15歳を超えていない……」
「あれは新月以外では発生しないはずだ」
立て続けにミランダとゲオルニクスが声をあげた。
2人の視線を受けて、セ・スが水色の髪をかき上げ「ハハハ」と楽しそうに笑った。
それからノアに視線を移しゆっくり近づいていく。
「させぬわっ!」
大きく声をあげ、ハロルドがセ・スの前に立ちはだかる。
それと同時、セ・スが凍る。
ミランダが魔法を行使したのだ。
加えて予想していたかのように、ギュッと剣のつかを握りしめたハロルドが、大きく足を踏み込み、凍ったセ・スめがけ剣を振るう。
だが、ハロルドの剣はセ・スに届かない。
「少し、うるさいな」
一瞬でセ・スを凍らせた氷は、すぐさまパラパラと砕けた。そのうえ、軽く片手をあげたセ・スによってハロルドの剣は止められてしまう。
ハロルドの渾身の一撃を、何事も無かったかのように受け止めたセ・スは、軽やかにバックステップして距離を取った。
下がるセ・スを追いかけるように、踏み込んだハロルドへ、手を前に突き出し制したセ・スは口を開く。
「まず君達は勘違いしている。15歳を超えていなくとも、新月でなくとも、収穫は可能だ。新月や年齢は、果実として高い品質を求めていたから……それだけにすぎないと知っておくといい」
「品質?」
怪訝な顔をして無言のハロルドの代わりに、セ・スの言葉を拾ったのはミランダだった。
揺れる飛行島に足を幾度となくとられつつも、彼女の視線には光がもどっている。
「王へ献上する生贄に品質を求めるのは当然の思考といえるだろう? もっとも、本当に、ごくまれに、君達みたいな捧げ物にならない果実もあるわけだが」
セ・スはそう言って、ハロルド達から背をむけ飛行島の端へとゆっくり歩み出す。
まるで挑発するような態度に、ハロルドは踏み込み剣を振るう。
プレインは鉄製の鳥を解き放つ。
だが、それらは全て無駄におわる。
ハロルドの剣撃も、プレインの放った鳥が打ち出す矢も、セ・スを傷つけることができない。
剣は軽くよけられ、鳥が打ち出す矢もセ・スに当たる前に消えてしまう。
セ・スの身が氷に包まれたが、それもすぐに砕けて消える。
「まさか……」
ミランダが呟き上を見上げる。
バリバリと放電音をうならせて、飛行島を取り囲む青い電撃の幕を見る。
「サムソン! 飛行島のスピードをあげるだ! 暗黒郷が近づいてる!」
ゲオルニクスが家の2階に顔を向けて大声をあげた。
「まさか、サムソン先輩も」
プレインが自らの懸念を口にする。
彼の考えは正しかった。家の2階にいたサムソンもまた、ノアと同時期に眠りについていた。
そして操縦者の居なくなった飛行島は、慣性にまかせるまま下降していた。
下降する速度は次第におちつつあった。
結果、暗黒郷の接近を許す事になった。
セ・スは皆に背を向け飛行島の端まで歩くと、クルリと向き直り微笑んだ。
「リーダ! リーダだけでも起きて! 貴方がいないとタイマーネタが!」
ミランダが叫ぶ。
彼女は、迫りくる暗黒郷を肌で感じ、焦っていた。
しかし、リーダは起きない。
混乱するミランダに、空間封鎖のため動けないゲオルニクス、眠りについたノア達。
小刻みに揺れ、次第に安定感を無くす飛行島。
「まだっ! 拙者は動ける!」
ハロルドが叫び剣を構えセ・スに向かう。プレインは震える腕で弓を引き絞った。
セ・スはそんな2人を笑い、軽やかに応じた。
右手を背中にまわし、左手だけで、セ・スは2人を圧倒していた。
『バシッ、バシッ』
軽い音が響き渡る。
プレインは、戦いながら自嘲気味に笑い呟く。
「まるで、カンフー映画だ」
セ・スの動きを馬鹿にするように表し、それでも彼は立ち向かった。
戦いはそこから膠着状態になった。
セ・スが大きく攻めることは無かった。
軽くいなし、たまに反撃するだけ。
ハロルドの打ち込む剣撃音が響くだけの時間がすぎる。
「プレイン殿、エリクサーは持っておらぬか?」
戦闘により傷ついたハロルドが苦しそうにプレインへ問いかける。
続く戦いの中で、それは何度も見られた光景だった。
「最後の一本っス」
プレインは小瓶をハロルドに投げた。
薬瓶を投げ渡すのはこれが初めてでは無かった。
ハロルドが大きく負傷するのは10を遙かに超えていた。
形だけは優勢だったが、実際の戦況は悪かった。
時間と共にハロルドの動きが目に見えて鈍くなっていた。
影響は微々たるものだったが、暗黒郷の接近による魔法概念が消失していくことの影響は確実にハロルドをむしばんでいた。
ハロルドはもうすぐ動けなくなるだろう。
なんども攻撃をはじき返され、剣を取り落とすことを数度繰り返すハロルドをみて、場の誰もがそう予想した。そして、彼以外はすでにセ・スに対峙することも出来ない状態だった。
それが起きたのは、そのような絶望的な時だった。
急にセ・スが動きを止めた。
『カァン』
ハロルドの剣撃が乾いた音を響かせ、セ・スの首筋に当たるがびくともしない。
「まさかっ」
「その推察は正しい。すでに暗黒郷は間近に迫り、魔剣の力も、君の身体強化も、失われかかっている。後は、そうだね、君が万全でも私は傷つかない」
「遊んでいたのか」
「ノアサリーナが目覚め、余興になるかと思ってね。上手くいけば、ノアサリーナと君達の殺し合いが眺められると思ってのことだ。許して欲しい」
そう言って、セ・スは手をあげパチンと指を鳴らした。
すると飛行島のあちこちにソウルフレイアが出現する。
「そんな……」
ミランダが絶望の声をあげ、目には再び涙が溢れようとしていた。
魔法概念の喪失に、彼女の自我は再び揺らぎつつあった。
「それから、もう一つ余興だ。暗黒郷の住人達をむやみに怪我させるのは忍びなくてね。頃合いをみていたのだが、丁度良いと思って招くことにした」
剣を構えあたりを睨みつけるハロルドを無視してセ・スは一カ所を見て口を開く。
「さて、ようやくお目覚めかな。ノアサリーナ」
「ノアサリーナ?」
ミランダがバッと振り向く。
そこには、ゆらゆらと起き上がるノアがいた。
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