第681話 閑話 収穫の顛末(後編)

「姫様」


 ハロルドが呼びかけ、プレインがホッとした表情でノアを見た。


「おはようハロルド。怪我してるよ」


 起き上がったノアが落ち着き払った態度で、ハロルドの肩を指さす。

 穏やかなノアの声を聞いて、セ・スの笑みが消えた。

 セ・スだけではない、その場の誰もが違和感を抱いた。

 ノアの声がおかしいとハロルドを除く誰もが思った。


「リーダ達もすぐに起きるから頑張ろうね。プレインお兄ちゃん」

「リーダ達もすぐに起きるから、あと少し頑張りましょう」


 重なった声音に、プレインがノアの背後を見た。

 彼の目にはロンロが見えていた。

 ノアのすぐ側にロンロが立っていたのだ。

 そして、ノアとロンロはゆっくりとセ・スに向かって歩み出す。散歩するように、リラックスした様子で、小声で歌い歩きながら辺りを見回す姿に、緊張感は無かった。

 歩く途中で、ノアの服は魔法で出来たものに替わり、手に持った赤い剣は、鎖で繋がれた2本の細身の剣と姿をかえる。髪はゆっくりと伸び、ノアの片目を隠した。

 ロンロもまた、ノアと同じ服装で、同じ髪型で、同じ双剣を手にしていた。


「収穫の影響で酩酊……ではないか。それに後のホムンクルスは、何だ? この飛行島と同じようにウルクフラの作品か?」


 セ・スは近寄るノアとロンロを動かず静かに見つめていた。

 ボソボソと、小さく呟くセ・スの顔からは笑みが消えていた。


「ハロルド、ちょっと待っててエリクサーあげる」

「ハロルド様、エリクサーをお飲みください」


 ノアがハロルドを見上げつつ、飛行島の一方に手をかざす。

 すると、ノアの手に吸い寄せられるようにバッグが動いた。

 バッグを手に、ノアは手慣れた様子で中をまさぐる。


「姫様!」


 あっけに取られていたハロルドが声をあげ、剣を手に取った。

 ノアの背後に、ソウルフレイアが瞬間移動して近づいていたのだ。

 ところが、ソウルフレイアはノアに攻撃することが出来なかった。


「はい。ハロルド」

「どうぞ、ハロルド様」


 ノアがハロルドにエリクサーの小瓶を突き出したとき、彼が見たのは、バラバラに切り裂かれたソウルフレイアだった。


「服の帯が……」


 ソウルフレイアが倒れる瞬間をみていたミランダが呆然と呟く。

 彼女の視線は、ノアの服を飾る大きなリボンの先に注がれていた。

 シュッという風切り音がして、さらに襲いかかるソウルフレイアを切り裂く。

 彼女が見たのは、服のリボンが鋭く動きソウルフレイアを切り裂いた、そんな光景だった。


「ミランダ。物体召喚の魔法陣ってかける?」

「ミランダ様、物体召喚をお願いできますか?」

「え?」


 微笑んだノアの様子に、ミランダは怯えた。

 そこにいたのが、ノアでは無い気がしたのだ。言葉の意味はわかるはずなのに、ミランダは何を言われたのか理解できず混乱した。


「ノアサリーナは、君にタイマーネタを召喚せよと言っているのだよ」


 混乱するミランダに声をかけたのは、セ・スだった。

 続けてセ・スは表情を無くし、ノアとロンロへ問いかける。


「それで、君は何だ? ノアサリーナの体を使い、何を成さんとしているのかね?」

「お前を倒すの。命を捨ててでも」

「貴方を消し去ります。命を捨ててでも」


 セ・スの問いかけに、ノアとロンロの声音が重なる。その声は、先ほどよりも、さらに声音の差は縮まっていた。


「タイマーネタは狙いが付けにくい。たとえ、彼らがタイマーネタを呼べたとして、私には当たらない」

「問題になりません。なぜならば、病の王国モルススのセ・スよ。お前はこれから大きく傷つくのだから、タイマーネタの輝きを避けられぬほどに」


 ノアとロンロはまったく同じ声をあげる。

 ひどくノアに似た声なのに、それは別人の声だった。

 そして、ノアは滑るようにセ・スから距離を取る。続けて、つま先立ちになり、足を開きターンをした。まるでバレエを踊るように。

 一方の軸足を動かさず、もう一方の足で円を描いた。

 自分の体をコンパス代わりにして、つま先で地面を削り円を描いた。


「まさか!」


 その姿を見て、セ・スが大きな声をあげた。


「拙者が相手!」

「どけっ」


 大声をあげたセ・スは前に立ち塞がるハロルドを無造作に殴り飛ばし、ノアへと一足飛びに近づく。今まであった余裕の無いセ・スがそこにはいた。

 続けて高速で繰り出されるセ・スの攻撃、それをノアは2本の剣を巧みに使いしのいでいく。舞うように。

 セ・スは両手を使い攻撃するも、ノアには当たらない。それどころか、ノアは自らが描いた円から一歩もでることがなく、さらにはつま先で、円の中にいくつかの模様を書き記していく。


「やはり戦いなれていないようですね。セ・ス……お前は、神格を得たとしても、神々の座には至れもしない脆弱な神なのでしょう。そこに付け入る隙があります」


 ノアとセ・ス。2人の戦いを真上から眺めるように見ていたロンロが語る。

 彼女は下に向けた両手を開き、まるで人形遣いが人形を操るときのように指を動かし、語り続ける。


「さて、始めましょう。赤は身に流れる血の色にて……」

「魔力の色を変えた。やはり!」

「緑は風が舞い遊ぶ千草の色。さえずり訴える緑の音。姿を写す大海は青く、照らす月は白く光る。静かに囁き、世を飾る景色の音を、水のごとく流れる火へと形を変えて、我が身が及ばぬ存在を、無くしてみせましょう」


 ノアとロンロの言葉が再び重なり、魔法の詠唱となっていく。そして詠唱と同時に魔法陣が何度も色を変えていった。


「聖魔の炎!」


 その光景を見たミランダとゲオルニクスの声がかぶる。

 最後に口にしたノアの言葉は、2人の声にかき消されたが、魔法は完成していた。

 それは、ノアの持つ2つの剣が青白い魔法の火に包まれ、セ・スの手を切り飛ばしたことから明らかだった。

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