第676話 しゅうかくのとき
セ・スはオレが話をする気になったことに気を良くしたように笑う。
「そう。君達だけは違う」
そう言って、セ・スはオレを見つめて言葉を続ける。
「人は息をする。人は知らずのうちに魔力により身体の強化をする。そして息をする補助をする。つまり魔力が消えれば、息をするのも手こずる。だが、君達は違う。つまり、魔法が無い事に慣れて……ははっ。ははは」
セ・スが急に笑いだす。顔に手をやって、楽しそうに笑う。髪の隙間から、奴は目を動かしオレを凝視しつつ、言葉を続ける。
「理解できた。だから王族のみの権能が、ラルトリッシに囁けるか。つまりは、お前達はそうなのか。さしずめ、過去の復讐に戻ったということか。追放者に連なるものが舞い戻って……ん?」
セ・スが会話をやめ、振り返り、背後を見た。奴の視線の先にはゲオルニクスがいた。
「もう、遅えだ。暗黒郷の事は知ってるだ!」
ゆっくり立ち上がりながらゲオルニクスが叫ぶ。
彼の足元には青く光る魔法陣が描かれていた。そして、杖を両手に持って振りかぶり、地面に叩きつけた。
『ガララララララ』
耳が痛くなるほどの電撃の音が鳴り響く。近くで落ちた雷のような音だ。耳が痛い。
あたりが一瞬真っ白になった後、景色が一変する。
飛行島から外には電撃の壁ができていた。
バリバリと放電音を響せ、飛行島を包むように青い電流が蠢いていた。
「驚いた。これは空間封鎖か。先ほど使用した空間封鎖を、強化したうえに拡大化したのか。この状況下で!」
セ・スが笑みを絶やさないまま言った。
空間封鎖……ゲオルニクスがここにくる前に言っていた事か。モルススの連中が逃げないように閉じ込めるとか言っていた。
「暗黒郷が魔法を無くすだァ? 嘘をつくな。あれは、魔法概念を壊す波動を放つ魔導具だァ。だから、空間封鎖で暗黒郷の力は排除できるだよ」
「それで? 魔法が多少は使えるようにはなったが、自らの退路を断った事になる。そして、この飛行島が逃げようとも、先は無い。いずれアーハガルタの底へとたどり着く。空間封鎖も絶対ではない。完全に暗黒郷の力を取り除けないし、暗黒郷が近づけば、その力も失われる」
「その前に暗黒郷を破壊すればいい。皆でやれば、暗黒郷だって、おめぇだって倒せるだよ」
「威勢がいいことだ。で、それをどうやって行うのかね?」
「おめぇの持っているコアを破壊すれば暗黒郷は壊れる! それから、おめぇを皆でくびりころすだよ」
諭すような口調のセ・スに、ゲオルニクスが大声で反論する。
コアってのは、奴が持っている心臓の事か。あれを壊せば、頭上の暗黒郷は壊せる……と。
ハロルドがそれを聞いて大きく頷いた。そして、ガチャリと剣を鳴らせて構える。
ギリリとプレインが弓を引き絞った音が聞こえ、視界の端に飛び回る銀に鈍く光る金属製の鳥が見えた。
「それは、いい考えだ」
周りの目標が、セ・スの手に持った心臓へと変わったことに気がついたのだろう。セ・スは手に持った心臓を掲げて言った。
「ぬぅん」
直後、ハロルドが声をあげる。
彼は姿勢を落としセ・スへと急接近し、奴が手に持った心臓めがけて剣を振り抜いた。
剣はカシャンという音を響かせ心臓をかすり、手から弾き飛ばす。
「やった」
「いやいや、危ない危ない」
プレインとセ・スの声が重なる。
上手くいったと思ったのは一瞬だけだった。すぐさま、もう一方の手で心臓をつかみ。セ・スは距離をとる。
そして、奴は大きく口をあけて心臓を飲み込んだ。メリメリと音をたてて奴の口はさけ、限界まで大きく開けた口で、心臓を一飲みしたのだ。
「さて、これでコアは私の体内だ。それから、一つ聞いておこう……君達は神格を得た私をどうやって傷つける気かい? タイマーネタはもうないのだよ?」
そういえばそうだ。タイマーネタは落としてしまったのだ。
こういう事なら予備を送ってもらえば良かった。
タイマーネタは、ハイエルフ達も使う。だから、くれるかどうか分からないが聞いてみても良かった。
もっとも、今さら遅い。
どうしたものかな。セ・スは自分で神とか言っている。先程の戦いを見ても、タイマーネタだけを警戒していた。他の方法は警戒に値しないという事なのだろう。
何かタイマーネタの代わり……いや、違う。
「ハロルド! ミズキ! 時間を稼げ!」
オレは対策を思いついた。すぐに声を張り上げ指示をとばす。
必要なのは作業時間だ。
タイマーネタを落としたなら回収すればいい。
魔法がある世界なのだ。物体召喚で、タイマーネタを回収するくらいわけない。
物体召喚の魔法陣は、オレの影に収納してある。
召喚にかかる触媒はタイマーネタの弾がある。いけるはずだ。
「ミランダ。良い加減、シャンとするだ。オラは動けないんだ。代わりにおめぇが動けなきゃ、こいつは倒せねぇ」
オレの声に続き、ゲオルニクスの大声をあげた。
それに反応するように、オレを抱きしめていたミランダの力が弱まった。
彼女は静かに息を吐くとオレの肩に手をやり、それを支えにしてヨロヨロと立ち上がった。
「大丈夫か?」
立ち上がった彼女は震える手で涙をぬぐっていた。
「えぇ。ごめんなさい。でも、もう大丈夫。あいつの動きを止めればいいのよね?」
「そうだ。頼む」
オレの言葉に、ミランダは頷くとセ・スに視線をうつして睨みつけた。
「エリクサーを2本飲むとは思わなかったっス」
「何をするかしらないけど。まかせて」
皆も体勢を立て直すことができたようだ。ミズキは茶釜にのって槍を構え、プレインは弓を引いていた。ハロルドはジリジリと間合いをつめ、ノアも落とした剣を拾い上げている。
「そうか。タイマーネタを召喚する気か。さて、どうしたものか。ソウルフレイアは……やめておこう」
セ・スも気づいたようだ。だが、これで計画を話ながら連携して動ける。
「あぁ、そうだよ。カガミ、オレを手伝ってくれ。他の皆はセ・スを頼む」
いまだ余裕の態度をしたセ・スは気になるが、このメンバーなら、物体召喚に必要な時間を稼げるはずだ。
「さて、対する私は……つぎなる手段をとることにしよう。ノアサリーナ、少々早いが収穫の時間だ」
セ・スが片手をあげて、指を鳴らす。
収穫? ノア?
なんのことだ?
わからないことだらけだが、考える暇はなかった。
セ・スの弾いた指が鳴らすパチンという音とともに、足に違和感を抱いた。
そしてオレは突如すさまじい睡魔に襲われた。
足から力が抜け、意識が薄れていく。
睡魔に襲われ気を失いつつあったオレが見たのは、自分の足に絡みつく真っ白い茨の影。ノアから伸びる真っ白く細い茨の影だった。
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