第675話 まほう

 飛行島が、サムソンの操縦により急降下を始める。

 重力がほんの少し和らぎ、浮遊感が身を包む。

 フワリとした感覚に、少しだけ緊張は緩むが、オレ達はセ・スに対する警戒を緩めない。

 対するセ・スは微笑んでオレ達を見回していた。

 先ほどまでの戦いはなかったかのようにリラックスした様子だ。

 だけど、まだ戦いは終わっていない。


「ぬおぉぉぉ!」


 雄叫びをあげたハロルドがセ・スに斬りかかる。

 ところが全力で振ったハロルドの剣撃を、セ・スは無造作に手を振り、払いのけた。

 ハロルドの手から剣がすっぽ抜けた。

 くるくると回転して宙に舞った剣は、ザクリと音をたて地面に突き刺さる。

 ミズキも先ほどから動いていない。武器を持ちあげられずにいた。


「プレイン君!」


 カガミの声が聞こえ、そちらを見るとプレインがお腹を押さえてうずくまっていた。

 そしてその近くには倒れたソウルフレアがいる。


「実に興味深い」


 無言でオレ達を見回していたセ・スが弾んだ声をあげる。

 そしてセ・スはオレに視線をとめて言葉を続ける。


「ときに、なぜその女性が震えているかわかるかい?」


 セ・スはミランダ指差しそう問いかけてきた。


『ドォォン!』


 大きな音を立て、飛行島が揺れた。

 カガミが、小さな声をあげ転ける。


「もう一度聞くよ。その女性がなぜ震えているのかわかるかい?」


 まるで優しい教師が生徒に問いかけるように、セ・スはオレに尋ねる。

 余裕ある態度と、抑揚のない声がもたらす無機質な印象が不快だ。

 正直なところ、あまり話をしたくないが、会話することにした。

 それは時間を稼ぎたいからだ。

 どういうわけか、ミランダを受け止めたときに打ち付けた体の痛みがひかない。

 理由は不明だがエリクサーの効きが悪い。せめて回復するまで、会話で時間を稼ぎたい。


「お前が何かしたからだろう?」


 だから、奴の質問に答えることとした。


「ある意味正しい。私はこれを使い暗黒郷を動かしたのだから」


 オレの答えをうけてセ・スは笑った。そのまま奴は手に持った心臓を放り投げて受け止めてという動きを繰り返す。まるでお手玉をするように。そして、再び口を開く。


「暗黒郷というのは理想的な世界を作るものだ。それはシンプルな世界。美しい世界だよ」

「美しい世界? 都合のいい世界だろ?」

「それは、ある意味正しい。暗黒郷はその効果が及ぶ範囲において、魔法という概念を世界から取り去る」

「魔法が使えなくなると言うことか?」


 少しだけ腑に落ちた。魔法が使えなくなった。だからスライフの念力はうまく働かなくなり、ミランダが空を飛ぶことができなくなって落ちた。オレの身体強化も効果を失いミランダを受け止めることができなくなった。

 エリクサーの効きが悪いのも、それが理由だろう。

 魔法的な作用が失われつつある……。

 影収納の魔法が解除されていないところから、完全に消えたわけではない。

 だが、失われつつある。それは感覚でわかる。

 そして現在進行形で起こっている問題が、魔法という力が失われていく過程で起こった出来事であれば納得できる。


「もっと根源的なことだよ。暗黒郷は人の心からすらも魔法の存在を消し去る」


 だが、オレの答えにセ・スは首を振り、さらに言葉を続ける。


「魔法や魔力という概念がなくなってしまうのだよ。この世の人は、あらゆる面で魔法の恩恵を受けている。考えてみると良い、魔法がない世界のことを」


 セ・スはまるで演説するかのように左右に歩きつつ手を振り説明する。


「魔力で体を強化しなければ、武器を持ち上げることにも苦労する。怪我をしたら? 病に冒されたら? どうやって、物の名前を知る? できない事がたくさんある」

「それで?」

「分からないかな。例えばそれ。その女性は、きっと魔法使いとしてよほど優れた人間なのだろう。きっとその女性は、自らの自信、理性の拠り所を魔法というものに頼っていたはずだ。もしかしたら、心の平穏をもたらす魔法を使用していたのかもしれない。だが、失われてしまった。頼るべきもの、自らを律するしるべ、それが亡くなった。では、その時の絶望はいかほどのものか」


 魔力のない世界。異世界人であるオレ達にとって魔法なんてプラスアルファの存在でしかない。だけれど現地の人にとってはそうではないということか。確かにミランダが突然魔法を奪われたとしたら、未来が不安になるだろう。


「それはお前もそうなんじゃないのか?」

「心配することはない。私はすでに神たる地位を手に入れている。魔法がなくても、私は地上のあらゆる存在よりも力がある。理を外れて望みを叶えることも可能だ。さて、その観点から見ると君たちは実に興味深い」

「君たち?」

「そう。君たち、まずは君」


 そう言ってセ・スはオレを指差す。さらに指をずっと動かしミズキ、プレイン、カガミと次々と指さした。そして言葉を続ける。


「君たちはこの状況においてもなお理性的に振る舞っている。どういうことだろう?」


 そこで言葉を区切りセ・スは笑みを深めた。


「まるで魔法という概念が存在しないことを、当然のように受け止めている。極めて自然体で……」


 セ・スがそこまで言った時、急に話を止めた。

 そして、心ここにあらずといった様子で視線をオレ達からはずす。

 その隙に辺りをうかがう。そこで気がついた。彼の後、少し離れた場所でゲオルニクスが地面に両手をついて、何かをしている事に。魔法を唱えているのか?


「何が言いたい?」


 時間を稼ごうと思い、セ・スに質問する。

 ゲオルニクスの行動を悟らせないために。

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