第664話 閑話 マヨネーズ手当(魔術士ギルド職員リッサリア視点)

 午後の仕事も落ち着いた頃、ヘイネル様に呼ばれました。


「今日は早めに帰る予定なので、先に渡すことにする」


 ギルド長の部屋で、ヘイネル様より麻袋を受け取ります。

 持ち上げると、ジャラリと硬貨の擦れる音がしました。魔法の力で羽のように軽い袋ですが、音と見た目で中に入っている量は推察できます。


「あの、少し多いようですが」


 いつもの倍はある中身について、ヘイネル様に尋ねます。

 先ほどの音から、銅貨ばかりとは思えません。出勤している人数も、いつもと同程度。多い理由が推測できません。


「今日はプレイン殿がきていたはずだ。マヨネーズ代を上乗せしてある」


 私の問いに、ヘイネル様は手元の書類から目を離さず答えました。


「ありがとうございます! 皆も喜ぶでしょう」


 リーダ様はお忙しいようです。ヘイネル様が戻ってからはギルドへと顔を出すことはありません。

 代わりにプレイン様が来るようになりました。プレイン様はリーダ様と同じく聖女ノアサリーナ様の従者であり大魔法使いの一人です。

 プレイン様も、リーダ様のように穏やかな方で、来る度にギルドの皆と友好的に接しています。

 そんなプレイン様に魔法についての質問をする人も多いです。

 ところで何故、プレイン様はギルドへと来るのか。

 それがマヨネーズです。

 どういうわけか、この魔術ギルドではマヨネーズを売っているのですが、在庫を補充しに来られるのがプレイン様なのです。ということで、プレイン様に魔法の質問やアドバイスを受ける時に、皆がマヨネーズを買います。

 もっともギルドに持ち込まれるマヨネーズは、複製前の品です。それは安い物ではないため、皆の負担にもなっています。それに気付いてヘイネル様は日当に上乗せをしてくれたようです。その心遣いがとても嬉しく感じます。


「プレイン殿の来訪は皆の士気にも繋がる。ギルドにとっても利になることだ。それに皆、頑張っている。おかげで私は何もすることがないくらいだ。このくらいは当然のことだ」


 私の笑みをどう受け取ったのか、ヘイネル様がいいわけのように付け加えました。


 みんな頑張っている……確かにその通りです。

 ここ最近は、仕事が楽しくてしょうがないのです。


 ――ふむ。ヨラン王国の魔術士ギルドは、レベルが高いと思っていましたが……。


 朝方の胸がスカッとしたやりとりを思い出しました。

 それは今日だけではありません。ここ最近はよく見る光景です。

 リーダ様の指導もあって、あの時に働いていた皆はずいぶんと力をつけました。

 さすがに貴族の魔法使いには敵わないと思っていたのですが、そうではありませんでした。

 今朝の事でも、それを実感しました。


「ふむ。ヨラン王国の魔術士ギルドは、レベルが高いと思っていましたが……平民に限る話のようですね」


 帝国出身のお客さんが、貴族の職員にそう言っていました。

 真っ赤な顔をした貴族の職員は俯き、何かをボソボソと答えることしか出来ない様子でした。

 そんな貴族の失態。もちろん、私は見ていない振りです。

 でも直後、売り物の魔導具を磨いていたルビリコと目が合い、笑顔で頷き合いました。

 してやったり。いい気味です。

 平民は多少知識に偏りはあるが実力者揃い。貴族は、魔法使いとしては心もとない。それが最近の魔術士ギルドの評価のようです。

 リーダ様の指導を受けていた私達は、いつの間にか魔法使いとして随分と力をつけていたのです。


「リーダ様にはお礼を言っても言い足りないよな」


 小声で盛り上がるルビリコと私に、丸顔で人なつっこいニッキウスも合流です。


「そうです。そうです。バーラン様も追い返してしまったし……」

「ギルドがとっても働きやすくなったよね」

「ついでに、魔法の知識も、結構すごいらしいよ。俺達」


 ニッキウスが親指で自分を指さしニッコリ笑います。

 本当に、リーダ様は凄いお人です。

 大混乱の現場を押さえるだけに留まらず、あの方は沢山の事を成し遂げていました。

 例えばバーラン様。


「何かをリーダ様は囁いたのさ。そうしたら、バーラン様は真っ青。逃げるように帰ったってわけさ」


 急に帰ってしまわれたバーラン様が不思議でしょうがなかった私に、その場を見ていたニッキウスが教えてくれました。

 普段通りに見えたリーダ様でしたが、バーラン様を追い返す策を実行していたようなのです。

 誰にも悟られず、何をやったのかはわかりませんが、鮮やかな手腕です。

 そして、私達への指導。ペッパーズゴーストの仕組みから、複製魔法のコツ、接客方法までアドバイスは多岐にわたりました。そして、そのどれもが的確だったのです。

 しかも、それだけに留まりません。


「リーダ様が帰られてから、少し寒くなった気がしない?」


 それに気がついたのは、リーダ様が来なくなって数日後にしていた雑談でした。


「そうね。それに水瓶の水もちょいちょい無くなっているのよね」

「あぁ、なんかリーダ様が水が無くならないように魔法で対処していたって」


 皆との雑談で、リーダ様が水の補充や、ギルド内の温度を過ごしやすく整えていた事を知りました。私はリーダ様の補助をする事が多かったのにもかかわらず、まったく気がつきませんでした。自然体で、バーラン様の対処と、ギルド内の環境調整までしていたとは、本当に凄いお方です。

 世界に名を轟かせる聖女ノアサリーナ様の筆頭従者というのも当然でしょう。


「すみません。お金の運搬をまかせてしまいましたね」


 そんなことを考えているうちに、一階にある平民の職員と下働きの部屋にたどり着きました。

 部屋に入ると、ヘイネル様の補佐であるエレク様が出迎えてくれました。

 エレク様は王都の大貴族スターリオ家のお方で、ヘイネル様からの依頼で手伝いに来ています。

 元はヘイネル様付きの記憶奴隷で、リーダ様達に才能を見いだされた結果、スターリオ家に迎え入れられた方です。

 昔から知っている人で頼み事がしやすいですし、スターリオ家の人として、貴族の職員にも対応してもらえ私達は大助かりです。

 とはいえ貴族であるエレク様に無礼な態度はとれません。


「いえ、滅相もありません。2階から1階に持って降りるだけですので」


 静かに答えた私に、エレク様は頷くと魔法を唱えます。


『カチャ……カチャチャチャ』


 詠唱が進むと、テーブルが小さく光り、私が持ってきたお金が宙に舞い始めました。

 皆に渡すための貨幣の小分け作業を魔法でするのです。

 貴族への日当はヘイネル様が、平民への日当は私と貴族の誰かがすることになっています。

 エレク様が来る前は、私が小分け作業をしていましたが、今は任せっきりです。

 踊るように宙を舞い、小さな音を立てつつテーブルに並ぶ貨幣をみるだけです。


「……ルビリコ、銀3銅4」


 エレク様が、皆に払う日当を書いた木片を読み終えると同時、テーブルをほのかに照らしていた光も消えました。


「いつ見てもお見事です」

「いえいえ。まだまだです。多分……リーダ様ならもっと上手く行うでしょう」


 私の賞賛に、エレク様が首を振り謙遜しました。


「エレク様から見ても、やはりリーダ様は凄いのですか?」

「それはもちろん! 私は講義についていくだけで精一杯のスプリキト魔法大学を、リーダ様やサムソン様は、私よりも後に入学し、卒業までされました。足下にも及びません」


 それからエレク様は、リーダ様達の活躍をお話してくれました。

 講義をこなすかたわら、激化する生徒会選挙で、両陣営の仲介までされたそうです。

 しかも、噂ではスプリキト魔法大学で歴史的な発見までされたとか。

 大学地下において古代遺跡を発見したという、そんな吟遊詩人の詩もまんざら作り話でないようです。


「日当の受け渡しだって? 今日は早いね」


 そうこうしているうちに、部屋に人が集まってきました。

 一番手、ニッキウスがニコニコと笑顔で両手を突き出します。


「えぇ。日当貰ったからって帰らないでね」


 ニッキウスが突き出した両手に、銀貨を3枚ほどカチャリと置きます。

 すると彼は、目を見開き、落ち着かない様子で私を見ました。


「大丈夫よ。それで合っているわ。銀貨2枚の上乗せは、マヨネーズの代金だって」

「そっかぁ。一瞬、間違えてると思ったよ」


 ホッとした様子のニッキウスを見て、皆が笑顔を浮かべます。


「なるほど。確かに、プレイン様と友好的に接するにもマヨネーズは大事です。ということは、今日は皆さんにマヨネーズ手当が付くという事ですね」


 エレク様が、真面目な様子で呟きました。


「マヨネーズ手当!」


 その言葉の響きが妙におかしくて、ついつい大声がでてしまいます。

 そんな私に皆が楽しそうに笑い「マヨネーズ手当か」と口々に呟きました。

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