第663話 きゅうきょくのさきへ
町を出て、土色の平原をひたすら走る。
吐く息は白く、耳も少し痛い。だけど、そんなことはどうでもいい。オレは、ギリアの町から走って帰るつもりだった。
それくらい、自分の閃きを皆に伝えたかった。
身体強化でオレは長時間走ることができる。
バテずに、延々と、走る事ができる。
本当に強くなったと思う。
もっとも、屋敷まで走って帰ることにはならなかった。ミズキが迎えにきてくれたのだ。
「ヘイネルさんから、連絡があったんだよ」
どうして迎えに来たのかを尋ねると、ミズキはそう答えた。
ヘイネルさんが、念の為と考えて屋敷に連絡を入れてくれたらしい。
「それって一つ前に送ったデータを消せないのか?」
屋敷につくやいなや、何事かと広間にあつまっていた皆を前に、オレは唐突にそう言った。
「え?」
「だって、一つ前に送ったデータを、確認して消すことができれば問題解決だろ?」
オレの言葉に、混乱するカガミへ端的に伝える。
「どういうこと?」
「パケット通信か」
カガミやミズキには伝わらなかったが、サムソンは気がついたようだ。
オレの閃き、パケット通信の理屈が、問題解決に使えるというアイデアを。
「インターネットなんかで使われるアレ?」
「そうだ。送ったデータがきちんと届かなかったら、そのデータを消して、もう一度送る」
「あっ、そうか。そうですね。その手がありました。送りなおして、それでもダメだったら……」
「あぁ、データを消して、もう一度送る。成功するまで繰り返しだ」
「前のデータを消す……探してみます」
「それが上手くいけば、究極を超えた究極にも利用できるぞ」
方針が決まれば、皆が全力で進む。
カガミは信託の魔法を検証する方法、サムソンは究極を超えた究極を解析する方法で。
オレはウルクフラの資料をあたる。
プレインとミズキをはじめ他の皆は、そのバックアップだ。
その成果はすぐに出た。
空白を示すデータを発見したのだ。
つまり3つめに送ったデータが破損した場合、最初の2つは空白を示すデータで埋めて、それに付加する形で3つめのデータを送ればいいわけだ。
失敗すればもう一度。
これを繰り返せば、理論的には破損が無い形で願いを実行できる。
「さっそく、これを組み込んだ仕組みを作ってみたいと思います」
「皆で手分けしたほうがいいな」
空白を示すデータの発見から、2日。
完全版魔法の究極ともいえる魔法陣は完成した。
パケット通信の理屈を利用した形でプログラムの修正はすぐにできた。
元々のプログラムを保存しておけるので、凄く簡単なのだ。
「今度も大丈夫です」
5回ためして、5回とも成功。
その過程で、空白を示すデータにノイズの発生は起こらないことも確認できた。
しかも、ノアの魔力を使うアレンジも加えたので、魔力的な問題もずいぶん解決できている。
それもあって究極を超えた究極の魔法も一気に進む。
超巨大魔法陣の1つ目の塊から、重要な要素を取り出す事ができたのだ。
1つ1つは簡単だけれど、全部で1732枚からなる積層魔法陣。
魔法陣1732枚を重ねて作ったそれは、究極を超えた究極のシンプルバージョンだ。
たったの一個。たった一個の小石を真っ赤な色に変える。
それだけの効果をもたらす魔法。
千枚を超える積層魔法陣作成にノアやチッキーも加わる。
さらには、一部の転記を魔術士ギルドへ外注もしてみた。
過去最大の人数で全員で作りあげた魔法陣。
「失敗か……」
ところが魔法の究極とは違い、こちらは失敗。
もっとも、すぐに改善点を見つけることができたので、気分は明るい。
魔法の究極と信託の魔法を、カガミが検証していたことにより得た知見が生きている。
とはいえ、まだまだ順調とは言えない。
1回目は失敗し、2、3回目も失敗。失敗は続く。
失敗は繰り返されたが、その度に原因を探し対処した。
高速移動している送り先に、データを送れなかった……。
願いをデータに出来ていなかった……などなど。
推測して、実験して、改良して。
そして丁度30回目。
いつもと違う感触があった。
「ゲラ……」
ごくごく小さな声だが、妙な笑い声が聞こえた気がした。
「赤い!」
なんだったのだろうと、疑問が頭をよぎるが、すぐにサムソンの声で思考は途切れた。
詠唱するオレの足元にある小石を見てサムソンが叫んだ言葉。
それが意味することは……ついに成功した。成功したのだ!
ようやく究極を超えた究極への第一歩を踏み出せた。
成功して、代償としてとんでもない量の魔力を持っていかれ、よろめいてしまう。
尻餅をつくように座り込んで深呼吸する。
「しんどい」
しかし、成功したのだ。体は辛いが、気持ちは楽だった。
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