第637話 たびするきんぞく

 通された部屋はバルコニー付きの大きな部屋だった。

 赤い絨毯に、明るい木製の棚や家具が、見るだけで暖かく感じる。

 そんな部屋のバルコニーの側には大きなテーブルがあった。

 部屋には沢山の使用人。

 それから1人の男。

 深い紫色をした短髪の男。シュッとした顔つきのせいか派手な髪色なのに上品に見える。


「タイロダインと申します。先日は、母と姉が世話になりました」

「彼は、マデラの子だ。今日は、この場を取り仕切って貰う」


 挨拶をした男に、カロンロダニアが補足する。

 マデラというのが、前に会ったノアの母親の乳母をしていた人だったな。


「では、すでに席の用意は調っています。あちらへ」


 タイロダインは、静かに動くと、テーブルの椅子を引いて言った。

 あれ? 身分とかは大丈夫なのかな。

 先ほどとは違い沢山の使用人がいる場だ。どう振る舞えばいいのか躊躇する。


「今日は、私が主人として皆さんをもてなすと決めている。自由にしてもらって構わない」

「おじい……お祖父様が、皆にお礼をしてくれるのです」


 オレ達が困惑していることに気がついたのか、カロンロダニアが厳かに言い、ノアが付け加えた。

 タイロダインも頷いている。

 遠慮は無用か。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、遠慮無く椅子に座る。

 沢山の料理にお酒もあるな。


「あっ、知らないお酒だ」

「これはグラムバウムのお酒です。ミズキ様がご存知ないのは無理もありません。水のように透明ですが、強いお酒です。苦手であれば、手を加えますのでおっしゃって下さい」

「いいっス……いや、いいですね」


 盛り上がるミズキに、タイロダインが説明し、プレインも頷く。

 強いお酒って……大丈夫かな。

 プレインは酔って大問題を起こした前科があるからな。羽目を外すようなら、外の湖に投げ落とすか。

 バルコニーから見える湖を見て、問題があった時の事を考える。

 それにしても景色いいなここ。

 日の光に照らされた水面に、漁船やら水鳥、それどころか水中を泳ぐ魚すら見える。

 巨大な魚だ。これだけ離れた場所からも、見えるというのはそれだけ水が綺麗だからだろう。


『ポロロ……ン』


 突如、竪琴の音が響いた。

 視線を広間に戻す。いつの間にか、広間には竪琴を持った女性がいた。


「あれ? 何だ?」

「先輩、聞いてなかったんスか~。貴族って、収穫祭を、いろんな人を呼んで楽しむらしいっス」


 外の景色を眺めているうちに、人が来ていたのか。

 祭りの楽しみ方一つをとっても、貴族と平民は楽しみ方が違うというのは面白い。


「へぇ。それで、テーブルを広間の端に置いてあるんだな」

「そうっスね。でも、ちゃんと聞いて下さいよぉ。もう酔っちゃったんスか?」


 何が酔っちゃったんスか、だ。

 プレイン……こいつ、すでに酔ってやがる。

 この酒、思った以上に強いというか、強すぎるだろ。他の奴らは……まだ大丈夫か。

 今後の事を考えると少し怖いな。

 心配する俺をよそに、音楽は滞りなく進んだ。

 落ち着いた音色に、リラックスして食事を楽しむ。カガミは、凍った果物をお酒に入れて飲んでいた。いいなあれっと思って、頼んでみると口当たりが柔らかくなり飲みやすくなった。

 皆、結構楽しんでいるよなと思って、見渡しているとノアの沈んだ顔が目に入った。

 どうしたのだろうと思っているとサムソンが立ち上がる。


「せっかくだからこれを試してみよう」


 彼はそう言うと、ポケットから鎖を取り出した。ノアの呪いを緩和する魔導具だ。

 それを見て、沈んだ顔をしていた理由に思い至った。

 おそらく先ほどの楽師が、緊張していた様子を自分の呪いと関連づけたのだろう。

 その辺りは敏感だからな。

 それに気付いたサムソンが、とりあえずの対応として魔導具を使うことにしたのか。

 でもあれは未完成でなかったのかな。

 サムソンは、適当に金の鎖で輪っかを作りノアの首にかけた。

 するとタイロダインが表情を変えた。周りを見ると、使用人達も驚いていた。


「これで大丈夫だな」

「完成していたのか?」

「耐久力は長さに比例するから、長時間の使用に耐えないが、1日ぐらいだったら大丈夫だぞ」


 自分の席に戻る途中のサムソンに小声で尋ねると、彼からそんな答えが返ってきた。

 なるほど。

 カロンロダニアも察したようだ。サムソンが席に着いたすぐ後で、満足そうに頷く。


「ところでさ、あれって他の形にしちゃだめなの?」


 ところがミズキは納得がいかなかったようだ。


「むしろ編み込んだ方がいいらしいが、なかなか難しいからな」

「そっかぁ」


 軽い調子でミズキは言うと、立ち上がってノアの背後に立つ。


「ちょっと貸してね」


 そう言ってミズキがノアの首から金の鎖を取り外すと、何やらいじり始めた。


「どうするんだ」

「せっかくさ、可愛い服を着たのに似合わないじゃん。ところでこれって首にかけなきゃだめなの?」

「いや、身につければ大丈夫だぞ」

「了解」


 その後、ミズキは瞬く間に鎖で小さな網を作った。まるであやとりをするようにささっと手を動かして網を作る様に少し驚く。

 それからその網を頭に乗せた。あっという間に、金の鎖は、可愛らしい髪飾りになった。


「これでよしと」

「ノアちゃん、似合っていると思います。思いません?」

「思うっス」


 その様子に皆が楽しげな声を上げる。

 確かに先ほど雑に首に巻いた時よりも、こちらのほうがずっといい。

 それにしても即興で髪飾りを作るなんて、やっぱりミズキは器用だよな。

 そして催し物は再開する。

 今度は吟遊詩人か。ギターのような楽器を手に持ち、ひきながら物語を口ずさむ。

 消えたアダマンタイト。

 ケチな男が、言いつけを守らなかったばかりに貴重なアダマンタイトを失うという話だ。

 アダマンタイトというのは、旅する金属と呼ばれるらしい。

 日の光から長時間隠されると、消えてなくなってしまうと言う。

 逆に突如、出現することから、アダマンタイトは瞬間移動しつつ旅をする金属だと言われているのだとか。

 物語は、男がアダマンタイトを王様から褒美として受け取るところから始まった。

 王様からは独り占めしないようにと言われていたが、男はそれを守らなかった。

 大事にするあまり大きな蔵を作り、誰の目にも止まらないようにアダマンタイトを隠してしまった。

 結果として日の光から長時間隠されたアダマンタイトは、消えてしまった。

 そんなお話だ。

 そういえばアダマンタイト、ノアの持っている赤い手帳の封印を解く鍵に必要なんだよな。

 魔法の究極を優先しているので放置状態だが、平行して探しておいた方がいいかもしれない。

 そう思い立った人間はオレだけではなかった。


「お祖父様はアダマンタイトを持っていますか?」


 ノアも気になったようで、カロンロダニアにそう尋ねた。


「いや。私は持っていないなぁ。友達が、ずっと集めていてようやくナイフを作った……それを見たことがあるくらいだ」


 カロンロダニアがあごひげに手をやりながら、ノアに答えた。


「ナイフを?」

「そう。アダマンタイトを沢山集めて、ナイフを作ったのだ。小さいナイフを」

「ナイフを作るのも難しいのですか?」

「とても難しい。アダマンタイトは本当に旅をするのだよ。例えば、ある日のこと、スープに小石が入っていたのに気がついた男が、料理人を叱ろうとしたことがあった。でも、実のところ、それは小石でなくて、旅してきたアダマンタイトだったという話もある。そして集めたアダマンタイトの欠片をナイフにするのも一苦労だ」


 カロンロダニアが柔やかに続けた言葉に、ノアが首を傾げる。


「鍛冶屋さんが……ですか?」


 しばらく考えたノアが、ようやく思いついたといった様子で、考えを口にした。


「ははは。そうだな大変そうだ。だが、少し違う。アダマンタイトは、普通の方法では傷つかない。王様しか作れない魔導具の王槌が必要なのだ。だから、王様にお願いしなくてはならないのだ」

「王様に!」

「そう。王様に、王槌を借りて、信用できる鍛冶屋に依頼する。沢山のアダマンタイトを集めなくてはいけないし、それが終わると王様にお願いしなくてはいけない。とっても大変な話だ。アダマンタイトが、気になるかね?」

「はい。アダマンタイトを探しているのです」

「ほう?」


 ノアの言葉を聞いて、カロンロダニアがオレ達を見回す。皆が頷く。


「そうとなれば、気にしておこう」

「お祖父様、お願いします」

「そういえば、アダマンタイトについてですが、ここに来る途中で少し耳にしました」


 そこに、テーブルの上を片付けながらタイロダインが口を挟む。


「どんな事なんスか?」

「イフェメト帝国の帝都で行われるオークションに、アダマンタイトの欠片が出品されることがあるそうです」


 オークションか。しかし、帝都は遠いな。あんまり行きたくないし。

 でも、何もヒントが無いよりもマシか。

 それから加工方法についても知ることができた。

 王槌か。これは問題無い。ミランダの奴を呼び出して頼めばOKだ。

 あいつはスプリキト魔法大学に居るって言っていたからな、白孔雀でも飛ばせばいいだろう。


「ところで、追加の料理ですか?」


 カガミがテーブルを片付けているタイロダインへと尋ねる。


「えぇ。あちらを……」


 そう言った彼の手が示す先には、大きな台車に乗った2匹のカニと、1人の料理人が立っていた。

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