第638話 かになべとはなび

「あっ」


 ノアが小さく声をあげて、カガミを引っ張り部屋から出て行く。

 一方の料理人は、こちらをチラリと見た後、さっと跪いた。

 続けて使用人が二匹のカニをテーブルの上に置く。

 それは不思議なカニだった。

 真っ赤な大きなハサミ、本体は下半分が真っ赤で上側は真っ白だった。

 よく見ると上半分は塩で固めているみたいだ。これまた塩で出来た取っ手がついていた。

 カニの体からはグツグツと煮えたぎる音がした。


「オランド亭、店主オランドでございます。まずはご確認ください」


 カニがテーブルに置かれたことを確認した後、跪いた料理人が言った。

 その言葉を聞いて使用人が取っ手に手を置き、鍋の蓋を外すように甲羅を持ち上げる。

 蟹の甲羅を器に見立てて作られた料理だ。

 鍋料理。野菜や肉がたくさん入った美味しそうな鍋料理だ。

 コンソメを彷彿とさせる良い匂いがフワリと漂った。


「美味しそう」


 ミズキが小さく呟いた。


「ギリアの湖で取れたカニでございます。その体を器に料理として作りこみました。使った材料は全てが極上の物にございます。そのスープには、ギリアだけにとどまらず、私が各地で研鑽を積んだ技術の粋を込めております。どうぞご賞味くださいませ」


 跪いたままのオランドは、少しだけ顔を上げ料理を紹介した後、再び俯いた。


「うむ。今回は無理を言ってすまなかった。約束は守ろう。すぐに立つがよい」

「お心遣い、ありがとうございます」


 オランドは立ち上がり一礼すると去っていった。


「思い出した。オランド亭って言えば、カニ鍋の……」


 彼が去った後、ミズキが声をあげる。


「ノアサリーナから聞いたのだ。皆でこの料理を食べてとても楽しかったと。それから皆さんが、とても好んでいたとも聞いた。だから今回は料理人に命じ作らせた」


 その話を聞いて思い出した。カニの甲羅を器にして作った鍋を食べたんだっけ。

 あの時は一匹だけだったが、今回は二匹。


「我々が……」


 さっそく自分で料理を取ろうとして、慌てた使用人に遮られてしまう。

 それぐらいすぐに食べたくなるような料理だ。

 そこにノアと、カガミが戻ってくる。それから、ハロルド。

 何処へ行ったのかと思ったら、ハロルドを呼びに行ったのか。


「招待かたじけない。中途より参加し礼を失してしまい申し訳ない」

「あぁ、聞いている。いささか話に熱中しすぎ呼ぶタイミングがずれてしまった。こちらこそ許して欲しい」

「なんの。おぉ、これが姫様の言っていた料理でござるな。酒と肉から作ったスープで、多くの具材を軽く煮たものでござるな」


 さっそく語りながら、ノアの引いた椅子にドカッと座る。視線は料理に釘付けで、ノアなど放置だ。


「ふむ。これは、魚と肉が、双方引き立て合っている。スープは肉だけではないな。いや違うか、肉いや、それも違う。そうか! 鳥の骨を砕いてスープに使っているのか。わかるぞ、これは凄いものだ。しかも、塩だ。海水から作ったものに、若干岩塩が……」


 しかも、サッと出された器から少しスープを飲み、いきなりまくし立てる。

 礼儀とかを何処かになげやって、延々と語っている。

 アホらしい。

 そこから先はカニ鍋を食べながら、次々とやって来る人による催し物を見て過ごす。

 音楽も余興もバラエティに富んでいた。

 吟遊詩人による物語は、逆さに噴火する火山の話、それからどこかの公爵が黒竜を倒す英雄譚などがあった。

 特に、逆さに噴火する火山の話は驚いた。ハーフリングの夫婦が紙芝居を使っての芝居だったが、そこで変わった演出を体験したのだ。

 紙芝居の絵が動くことは前にも体験していたが、今回はさらに絵から本物の鳥が飛び出し舞った。バサバサと鳩が飛び出してきたのには本気で驚いた。

 それから料理。

 なんと、酔いを覚ます料理があったのだ。それはチーズケーキのような見た目をしたお菓子だ。これを食べると、酔った気分が一気に和らぐ。


「これって永久に飲めるじゃん」


 ミズキがろくでもないことを言っていたが、確かにこれを食べながら飲むと際限なく飲める気がする。もっとも、同じ事はエリクサーでも可能なので、今さらだけれど。

 くわえてタイロダインが言うには、完全に酔いを覚ますわけではないので、限界はあるらしい。

 お酒を飲まないノアは、絵本を広げてカロンロダニアと夢中で話をしていた。

 何でもノアが持っている絵本、魔法の使い方について書いてあった本は、カロンロダニアが書いたらしい。


「この意地悪なおじさんはね。実は私なのだよ」

「お祖父様だったの」

「うむ。昔な、娘が私を呼ぶときにロンロ、ロンロと呼んでいたのだ」

「ママが……」


 なるほどな。あの本は、カロンロダニアがノアの母親であるレイネアンナに対して書いた本だったのか。イラストに文章……カロンロダニアは多才な人だな。

 そうこうしているうちに、あたりは一気に暗くなっていた。

 ずいぶん長い間、楽しんでいたらしい。

 闇夜の湖を眺めていると、小さいながらしっかりと響くドラの音がなった。


「さて、これから外に出るか」


 その音を聞いて、カロンロダニアが立ち上がる。


「では皆様も」


 タイロダインに促されて、バルコニーへと皆で向かう。バルコニーには、絨毯が敷かれていて、クッションが沢山置いてあった。寝っ転がっても良さそうだ。


「頃合いが来たらドラをならすように言っておいたのだ」


『ヒュー……、パァン』


 カロンロダニアの言葉の直後、花火が上がる。


「わわっ、わわっ」


 ノアが楽しげな声をあげた。


「大きい」


 トッキーがノアに続き楽しげな声をあげる。


「あぁっ、こうすれば良かったのか」


 それから、サムソンが悔しそうな声をあげた。

 帝国で花火の魔導具を作ったときと比べて、何かに気がついたようだ。


「あのね。アサントホーエイで見たことあるよ。でも、こっちのほうが大きいの」


 大興奮のノアが、オレ達に向かっていう。

 確かに近くで見ているせいか、こちらの方が大きく鮮やかだ。

 次々と上がる花火は、途中で色が変わったり、形が変わったりと多種多様だ。

 そして、最初は低い位置で破裂していた花火は、次々上がっていくうちに、やがて高く上がるようになった。

 より高く、より派手にといった調子だ。

 そうなると、近くで見ている事があだとなる。

 ドンと、ノアがオレにぶつかる。


「高く上がったね」

「うん」


 ググッと背を逸らし上を見上げる事に夢中で、周りが見えていなかったようだ。

 体をのけぞらせるようにして、オレを見上げたノアが笑う。


「少し、場所を移動すべきかな」


 その様子を見て、腕を組んで花火を見ていたカロンロダニアが言った。

 それから彼は、何かを呟いて、右足のつま先で地面を叩いた。

 するとフワリと足下が動き出した。

 下に引かれた絨毯が浮き上がりだしたのだ。

 絨毯に乗ったオレ達は館の屋上を越え、高く舞い上がる。


「後、注意してね」


 花火に見とれているチッキーにカガミが注意していた。


「ははは。大丈夫だ。周りは見えない柵で囲んであるよ」


 落下の危険は無いようだ。カロンロダニアはすでに対処しているらしい。

 そこから先はリラックスして、上空から花火を楽しむ。

 真上から見る花火は新鮮な経験だ。

 こちらに向かってくる火の玉が破裂してあちこちに散っていく。


「あっ、踊るつぼみでち」

「あっちにも」


 そして、空から見ている人は他にもいることがわかった。

 皆にはどう見えているのかな。

 空から街並みを見ると、屋根から、船から、様々な場所から花火を見ている人が見えた。

 立ち位置によって見え方が変わる花火をみて、最初に倉庫でみた花火を思い出し懐かしくなった。

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