第636話 おじいちゃんちにいこう

 今日は皆でギリアの町へとお出かけする日だ。

 海亀の背にある小屋に乗って、のっそりのっそりと町に向かう予定。

 早朝出発ということになったので、前日から海亀の小屋にオレは泊まり込んだ。

 そして目が覚めて、自分の部屋から出て広間へと顔を出す。


「うわっ。本当に泊まり込んだんだ」


 格闘ゲームが遊べる魔導具、闘技箱を眺めていたミズキが振り返り言った。

 同僚達やノアにチッキーは屋敷で早起きし、出発前に海亀に乗り込んでいる。

 オレが顔を出したときは、サムソンとノアが魔導具で遊んでいる真っ最中だった。


「時間は有効的に使いたくてね」


 半笑いのミズキにしっかりと言い返す。

 オレはオレの考えに基づき行動しているのだ。

 オレは自分のペースで生きるのだ。


「はいはい」

「まったくもぅ。遅く起きたのなら、支度してプレイン君と交代してほしいと思います」

「交代?」

「御者の、交代」


 カガミに促され簡単な食事を取った後、御者をしていたプレインと交代する。

 少し寒くなったかな。

 御者台に座ると、寒さを感じた。

 すでに秋。キノコが美味しい季節になった。

 御者台から見る景色は、なかなかのものだ。

 長い長い下り坂の先に、湖に照らされたギリアが見える。

 視界に広がる森と、道の回りにある木々は色づき、見た目が華やかだ。

 季節があるというのはいいものだ。冬は嫌だが……今年はどうなるのだろう。

 ここ数年、冬は空模様がおかしい。

 雪が降るのか、降るとしたら何時なのか、予想がつかないことに不安はつのる。


「温かいお茶とカロメーもってきたよ」


 御者台に座ってボンヤリとしていると、ノアがお茶を手にやってきた。


「ありがとう」


 ノアからお茶を受け取りゴクリと飲むと体が温まった。

 少しばかり肌寒かったので熱々のお茶は嬉しい。


「カロメーもあるよ」

「おー。至れり尽くせりだな」


 そっと差し出された籠から、カロメーを一つ掴み口に放る。


「今日は、おじいちゃんが皆に御馳走を用意してるって」

「そっか。楽しみだね」


 そう、今日は招かれたのだ。

 ノアの母親であるレイネアンナの父親に。

 つまり、ノアの祖父であるカロンロダニアに。

 彼はオレ達と別れた後、ギリアに向かった。

 それからは、ずっとギリアに住んでいるそうだ。

 それを知ったのは、オレ達がギリアに戻ってしばらくしてからだ。

 挨拶に行きたいと、カロンロダニアからトーク鳥の連絡があり、程なくして彼はやってきた。

 そしてノアに名乗り出た。

 レイネアンナの父親だと。苦しい時、助けることも、側に居ることも出来ずすまないと。


「そうですか。母を嫌っていないと聞いて、嬉しいです」


 彼の言葉に、ノアはそう答えた。

 ノアの対応はとても冷静なものだった。

 それは困惑したようでもあり、嫌っているようにも見えた。

 その様子を見て、ノアに名乗り出るように彼へ促した手前、余計な事をしたのかと不安に思ったものだ。

 だけど、オレの不安は杞憂だった。


「あのね。カロンロダニア様は、おじいちゃんだったんだよ。私にも、おじいちゃんがいたの」


 カロンロダニアが帰った後、嬉しそうにノアは言った。

 一方のカロンロダニアといえば、彼は彼で不安だったらしい。

 翌日、オレ宛てに、不安な気持ちを綴った手紙が届いたので喜んでいると返した。

 その後、カロンロダニアは何度かノアと手紙をやり取りした。そして今日のお出かけにつながる。

 町への道は平和そのものだ。

 特に魔物の襲撃などはなく、昼前にはギリアの城門が見えてきた。

 待ち合わせは西門。今向かっている門だ。

 テンションの高いノアは、つま先立ちして、一生懸命遠くを見ようとしていた。


「危ないよ」


 グラつくノアに軽く注意する。


「大丈夫……あっ。おじいちゃん!」


 ノアが声をあげた。

 ふと見ると、馬に乗った男がこちらへ向かってきていた。

 白髪交じりの赤髪で、そこはかとなく威厳を感じる男……カロンロダニアだ。

 彼ははためくマントをサッと手で整えると、ニコリと笑い言葉を発する。


「丁度良かった。さて、ここから先は案内しよう」


 楽しげに言ったカロンロダニアの先導で、門をくぐり、町を進む。

 門をくぐると色とりどりの屋台があちこちにあった。

 いつもとは全く違う華やかさだ。


「賑やかですね」

「今日は、収穫祭だそうだ」


 前に見たことがあるなと思ったら、収穫祭だ。

 そっか。今日は収穫祭か。前に見たのは何年前の話だっけかな。


「いろんなお店を回ったことがあるよ。ねっ、リーダ」


 ノアが楽しそうに笑う。

 この世界に来て、収穫祭はすぐだった。案内をバルカンに頼んで楽しかった事を思い出す。

 気のせいか、当時より祭りが派手になっている気がする。


「ふむ。では、火の踊りも見たことがあるのか……」

「火の踊り?」


 そうそう。こちらでは花火の事を、火の踊りって呼ぶのだよな。

 あれ? ノアは首を傾げているけれど……憶えていないのかな。


「忘れてしまったか。それならば、今日は楽しめるだろう」


 楽しそうにカロンロダニアは笑い、さらに進む。

 いつもは行かない通りを進むと、そこは貴族街だった。

 そして、カロンロダニアの館は、貴族街の端、湖の近くにあった。

 青い屋根をした年季の入った建物だ。ギリアの屋敷より一回り小さい。

 もっとも、それでも巨大な館だ。


「お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様」


 館では、ズラリと使用人が並んで待っていた。メイドや執事っぽい統一された服装をした集団による、声を揃えての出迎えは、それだけで迫力があった。

 それからトッキーとピッキーが待っていた。


「お嬢様-」


 2人はオレ達が近づくと必死に駆け寄ってくる。

 一体どうしたのかと、半泣きで駆け寄ってくる2人を見て不安になった。

 話しを聞くと、急に迎えの馬車が来て、連れてこられたらしい。わけもわからないままに。


「あぁ。ノアサリーナを見つけたと同時に、トーク鳥で連れてくるように伝えたのだ」


 不安だったと訴えるトッキーの言葉が耳に入ったのか、カロンロダニアが苦笑しつつ弁明した。

 こうして、収穫祭をカロンロダニアの館で楽しむことになった。

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