第629話 ゲオおじちゃん

 地中での戦いから数日が過ぎた。

 オレ達はギリアの屋敷を目指し地中を進んでいる。

 あの戦いで、必死に逃げすぎたため少しだけ遠回りの帰宅道。

 当初の予定より、少しだけ長めの日数がかかっている。

 そんな帰りの道中、地中での過ごし方はほとんど同じ毎日だ。

 サムソンにカガミは、禁書図書館の本を取り込むことに全力投球。

 ミズキとチッキーは食事の支度など。

 ピッキー達は、ウミガメの背にある小屋などを作り直す。

 プレインは、何か思いついたらしく、地下にある工房でヒンヒトルテの協力のもと魔道具を作っていた。

 オレとノアは、そんな皆の求めに応じて行ったり来たりと大忙し。

 さらに忙しいのはゲオルニクス。

 魔法の相談、大工仕事の手伝い、その他いろいろ。一日中、働き詰め。

 でもそれがひどく楽しいらしい。楽しそうに駆け回っている。

 そしてよっぽど疲れるのか。誰よりも先に寝る。

 そんな日々が続いていた。


「ゲオおじちゃん! プレインお兄ちゃんが来て欲しいって」


 一軒家の入り口側に立ったノアが、大きな声でゲオルニクスを呼んだ。

 ゲオおじちゃん。

 いつのまにか、ゲオルニクスの呼び名は色々と変わった。

 オレと同僚達は基本的にゲオルニクスと呼んでいる。

 ヒンヒトルテは、ゲオルニクス様と敬意を表する態度を変えない。

 ピッキー達は、ゲオおじさん。

 そして、ノアはゲオおじちゃんだ。

 そうなったきっかけは、ピッキーの言い間違いからだ。


「おじさん」


 そうピッキーがゲオルニクスを呼んだ。すぐに言い間違いだと彼は言い直した。


「いいや。大丈夫だよ。いや、おじさんと呼ばれた方がうれしいだよ」


 ところが、そうゲオルニクスが答えたため、ピッキー達はそれからゲオおじさんと呼ぶようになった。

 そのうち、ノアはおじさんが、おじちゃんになって、それが定着している。

 ちなみにノアは、自分の言い方が変わったことに気付いていないようだ。

 巨大な本棚の側に立っていたゲオルニクスは、ノアに呼ばれてニカリと笑う。

 それから、すぐさまドタドタとノアの方へ走って行った。


「ゲオルニクス氏は相変わらず大忙しだ。でも、プレイン氏は何をしているんだ?」

「鳥の魔道具を修理しているよ」

「修理? 鳥の道具っていうのは?」


 サムソンの質問に、知っている範囲で答える。

 地下の工房を見せてもらった時に、プレインが部屋の片隅に金属製の鳥の人形を見つけた。

 気になった彼がゲオルニクスに聞くと、譲ってもらえることになったのだ。

 だけど壊れているというので、今直しているところだという。

 修理の方法を心得ているヒンヒトルテの監修のもとだ。

 ヒンヒトルテの方でも、自分の知っている知識と、現在の状況との違いを把握しておきたいというので、その辺りをプレインに聞きながら作業すると言う。

 ロンロは、プレインが知らない部分の補足をするために彼につきっきりだ。

 つまり、ヒンヒトルテの質問に、プレインとロンロが答える形。

 古代を生きていたヒンヒトルテ。

 大きな戦争の渦中にいたヒンヒトルテの話には、ひどいものもあった。


「反撃の作戦は数多く立てられた。うち大きな計画は……私の知る限り2つあった」


 それは、食事中の話だった。

 昔話の途中で、戦争の話になった。


「モルススを滅ぼす神を人の手で作る計画。それから、世に居るクタ全員に呪いをかける魔法を世界に施す計画……いや、今はクタでは無く人と言うのだったか」


 ヒンヒトルテがそう話を続ける。

 神を作るというのは、フェズルードで見つけた本にでていた。デイアブロイという名前だったと思う。呪いをかけるというのも、どこかで読んだな。


「それでどうなったっスか?」

「わからない。だが、そのうち一つは、大きな傷跡を世に残している。空を見上げたときにそれを知った」


 空を見上げた時……天の蓋か。

 この世界に数ある魔法陣の中で最も異質な魔法陣。

 そらに広がる巨大な魔法陣、天の蓋。

 不思議な事に、どこから見ても真上にあるように見える魔法陣だ。その効果で知っているのは、ノアを初めとする呪い子を生み出す事。

 つまり、ノアを襲う理不尽な状況の元凶だ。


「天の蓋は、魔神が作ったと言われているが、あれは人の手によるものなのか……」


 サムソンは、オレと同じ事を考えたようだ。ボソリと言った。


「だが、結果は計画とは大きく違う。クタは滅びず、栄えている。世界にいるクタはすべからく呪い子となるはずだったのに、世はそうではないようだ」


 少し前にプレインがまとめた資料にあった内容を思い出した。

 互いに争わせてどうとかいう内容だった。

 あれは、天の蓋についての記載だったのか。


「天の蓋……」


 俯いたノアが呟く。


「でもさ、酷いよね。やり過ぎって感じ。私はパスかな。やっぱり戦争より、平和がいいよ」


 しんみりした雰囲気に、ミズキが軽く言葉を挟んだ。


「そうっスよね。ところで、地竜の肉って案外いけるんスね」


 プレインが手元の料理をフォークで軽く刺した。

 沈んだ空気を変えようというのだろう。


「あれだよな。生ハムに似てる」


 オレもその流れに乗る。

 戦争の陰惨な話は食事に似合わない。気になる事もあるが、後で聞けば良いだろう。

 ちなみにプレインがフォークで刺したのは、地竜の肉で野菜を巻いた物。

 パッと見、春巻きだ。

 薄くスライスした地竜の肉は透き通っていて中の具が見えている。

 味は、生ハム。こちらのほうが塩味が強い。

 薄味の具によって、塩味が中和されて美味しい。

 本来であれば毒で食べられる代物ではない地竜だが、それを調理魔法で料理したのが今食べているものだ。こうやって調理魔法でしか食べることができない肉というのは、たまにあるらしい。

 そして地竜については、ゲオルニクスが魔法で狩る所も見た。

 地中の地竜をスカポディーロで飲み込んで、電撃で倒す。ノームの力で地竜は動けず、一方的な勝負だった。

 オレ達があれだけ苦労したものが、あっさり倒される様は壮観だった。


「そうそう。お酒のつまみにも合うんだよね」

「おいらはお魚と一緒に食べるのが好きです」

「マヨネーズをつけても美味しいだ」

「ゲオルニクスは、分かってるっスね」


 地竜の肉をネタに、話題は変わり盛り上がる。

 それにしても、時たまキツい話題にはなるが、過去の話は興味深い。

 そして、失われた歴史が多いことも実感する。

 だけど歴史と天の蓋がからむのならば丁度良い。このまま読めない資料は魔法に限らず集めていこう。

 地中で過ごす日々の中、オレはそう思った。

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