第630話 さぷらいず

 モグラ型ゴーレムのスカポディーロに乗って進む地中での日々は、平穏に過ぎた。

 そして順調に、ギリアの屋敷に戻ることができたのだ。

 地中から外にでて深呼吸すると、空気の違いというのが身にしみる。

 空気がおいしい。

 まばらに雑草の茂ったギリアの屋敷に、スカポディーロの頭だけ出してオレ達は外に出る。

 時間は朝だった。

 眩しい朝日と、ひんやりとした風が、ギリアの屋敷に戻ったオレ達を出迎える。

 せっかくだからと、ゲオルニクス達を屋敷にまねくことにした。

 彼は少しだけ躊躇したが、オレ達の招待に応じてくれた。


「それって外行きの服?」


 ミズキがゲオルニクスに質問していた。

 上着がいつもの彼とは随分違うから気になったのだろう。

 彼はいつものTシャツと短パンという格好の上に、ジャケットを羽織っていた。

 ジャケットは、こちらの世界の貴族が着るようなもので、袖と胸のあたりに金の装飾が施してある。

 確かによそいきって感じだ。もっともそれは上着だけ。

 短パンにサンダルの上着がコレではチグハグ感が凄い。


「そうだなァ。これがないと、あたりの草木を枯らしちまうだよ」

「もしかして、テッサイオの鎖帷子?」


 苦笑しつつ答えたゲオルニクスに対し、サムソンが突然大きな声で聞き返した。

 テッサイオの鎖帷子?

 サムソンの様子から、何かに期待している風だ。鎖帷子って、金属製で鎧の下に着るシャツみたいなものだったはずだ。鍛冶屋にかけてあるのを見たことがある。


「あれじゃ心もとないんで、工夫してより強い効果を発揮するように変えただよ」

「作り方を教えて貰えないか?」

「もちろんいいだよ」


 畳み掛けるようなサムソンの頼みに、ゲオルニクスがにこやかに応じる。


「やった。ノアちゃんの呪いを中和する魔道具が手に入る」


 サムソンが、直後俺の方に近づいてきて、嬉しげに小声で言った。

 何のことだろうと思っていたが、以前サムソンが言っていた魔道具のことか。

 呪い子の持つ不快感を中和する魔導具。

 テッサイオの鎖帷子がサムソンの目指していた魔導具ということであれば、それを超える効果を持つものが手に入るということになる。

 サムソンでなくても嬉しい。

 屋敷に戻ってきてから幸先がいい。

 さらにいいことは続く。

 家畜の世話を頼んでいたキンダッタへ、お礼を言いに行った時のことだ。


「そういえば、預かっている物があるですぞ」


 お隣さんであるエスメラーニャの豪華な屋敷で、出迎えてくれたキンダッタが言った。

 誰に何を預かったのだろうと疑問に思っていると、キンダッタの従者であるマンチョが箱を持ってくる。四隅を鉄で補強された木箱だ。抱えてみると、ズシリと重い。

 身体強化で、力を強化してこれだ。

 魔法を使っていなかったら、一人で持つのは不可能だった重さだ。本当に、何が入っているのだろうか。


「紙束か」


 箱を少しだけ開けると、ぎっしりと詰まった紙束が見えた。

 それはテンホイル遺跡にある村からの贈り物だった。

 以前、ギリアから南方に旅をしたときに、最初に立ち寄った村だ。

 川下りのことを思い出して、少し懐かしく思った。

 考えてみると、あの旅はもう何年も前のことになる。

 さっそく屋敷に持ち帰り、広間で詳しく中を見ることにした。


「皆様が、古い時代の資料を集めていると聞き及びました。お役に立てばと願っております……だって」


 箱に入っていた手紙をミズキが読み上げ、パラパラと中に入っていた紙束を手に取る。

 そういえば、あの村の住人は代々遺跡を調査していたんだったな。

 これは、いままで調査した集大成かな。

 結構な量がある。そしてこれは嬉しいサプライズだ。


「これは……ティンクスペインホルが作っていた新聞ではないか」


 プレインの後から、紙束をのぞき込んでいたヒンヒトルテが声をあげる。


「新聞っスか?」

「あぁ。世界の情勢を定期的に印刷し販売していた」


 へぇ。昔は新聞があったのか。

 確かに、同じようなレイアウトの紙が沢山ある。


「ティンクスペインホルってのは?」

「中継都市の名前だ。かって、地下水脈には定期船が行き交っていた。世界でも有名な中継地としてティンクスペインホルがあった」


 あの遺跡は、元々は大きな中継都市だったのか。

 しばらく皆で箱に入っていた資料に目を通した。

 A4より一回り大きな紙に、最近起こった出来事、これからの予定が書いてある。たまに魔法を初めとした他のトピックもあるが量は少ない。新聞というより報告書のようにシンプルな作りだ。殆どが白黒2色だが、たまにカラーの物もある。

 だいたいは戦争の話だ。モルススが次々と病原菌をばらまき、増えていく犠牲者の話が続く。それまで世界に君臨していた共和国という存在が、モルススに押されジワジワと劣勢になる状況が読み取れた。


「リーダ! リーダ!」


 ノアに呼ばれて顔を上げると、資料を読んでいたのは、ヒンヒトルテとオレだけだったことに気がつく。


「ありゃ、皆は?」

「あのね。ミズキお姉ちゃんと、ハロルドが競争したよ」


 大興奮といった様子のノアが、外で皆が好きにやっている事を教えてくれる。

 ハロルドは巨大な狼になって、茶釜に乗ったミズキと走り回っているそうだ。

 巨大な狼。

 それは、ハロルドが呪いを克服する修行の過程で手に入れた力だ。

 自分の意思で、巨大な狼になれるらしい。

 銀と青の綺麗な毛並みで、目つきの鋭い巨大狼だ。

 ハロルドにこんなことを言うのは悔しいが、かなり格好いい。

 ノアが言うには、茶釜と同じくらい速く走れるそうだ。

 そして、凄い物があるとノアに誘われて外に出ることになった。


「草刈りしてる」


 外に出ると、トッキーとピッキーが草刈りをしていた。

 そんなに、すぐに働かなくてもいいのに。

 もっとも、ニコニコしていて、まるで遊んでいるように働いているので止める気は起きない。


「うん。あと、あっちでゲオおじちゃんも、草刈りしてるよ」

「お客さんなのに……」

「草刈りは明日でいいよって、カガミお姉ちゃんがピッキー達に言ったら、ゲオおじちゃんが草刈りをしたいって言ったの。そうしたら、ピッキー達が一緒にやりますって言ったの」

「そっか。皆、働き者で頼もしいよ」


 草刈りがしたいって……ゲオルニクスも変わっているよな。

 加えて、チッキーは厩舎で家畜の世話をしているそうだ。本当に皆、働きもので頼もしい。

 常日頃から働きたく無いと考えているオレとは大違いだ。

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