第628話 おまえのことはわすれない

 ゲオルニクスが姿を消したあと、あたりが真っ暗になった。

 ほんの少し前まで、煌々と照りつけていた作り物の太陽は消え、暗闇だけが広がっていた。

 暗闇の中で、誰かが地面をひっかく音と呻き声だけが聞こえる。

 さらに時間がすぎて、じわりと辺りが明るくなった。

 だが、スカポディーロが作る太陽ではない。

 ウィルオーウィスプが明かりを作ったようだ。

 それから、さらに時間が過ぎて、ようやく動けるようになった。


「ゲオルニクスは?」


 最初に動けるようになったミズキがヨロヨロと立ち上がり呟く。


「とりあえず外に出てみよう」


 ミズキの問いに、オレはかろうじて答えた。

 それ以上の事を、誰も答えられない。

 だから、確かめるため外にでることにした。

 外は明るかった。

 上を見上げると視線の遙か先に巨大な穴が開いていて、空が見えた。

 天気は良いようで、日差しが強い。

 どこからか水が流れ込んでいるようで、ドドドという水音が響いていた。

 モグラ型ゴーレムのスカポディーロは、地底湖のなかにある島に乗っかっていた。


「ゲオルニクスは?」


 オレの後をついて出てきたミズキが再び呟いた。


「わからない」


 オレがそう答えた直後だった。

 遠くの方から声が聞こえた。


「しぬー! しぬー!」


 声が聞こえた。

 力が抜けた。

 少し離れた場所で、ゲオルニクスは溺れていた。

 見た感じ、無事だ。死ぬ死ぬと喚いている。


「ゲオルニクスは?」


 そろそろと近づいてきたサムソンに、ゲオルニクスを指さす。


「ゲオルニクスは?」


 後から後から出てきて、同じセリフをいうカガミ達にも、同様に指さす。

 1人で特攻して、その結果がこれか。

 助かった事は助かったけれど……。

 なんだか腹が立ってきた。


「ゲオルニクス。お前のことは忘れない」


 自然と、そんな言葉が口から出た。


「いや。ちょっと助けようよ」


 茶釜にのったミズキが、敬礼するオレに言うと水に飛び込んだ。


「ちょっと、普通に歩けるじゃん」


 すぐにミズキがUターンして戻ってくる。

 前のめりでユラユラ歩くゲオルニクスを後につれて。


「びっくりして気がつかなかった。怖かっただ」


 戻ってきたゲオルニクスはそんなことを言っていた。

 ヘラヘラと笑いながら。

 まったく、無茶しやがって。

 その日は地底湖の島から動かないまま、夜を過ごした。

 地底湖に魚が沢山いたのだ。

 しかも、気絶してプカプカ浮いている魚が沢山。

 ノイタイエルがまき散らした破壊のエネルギーによるショックらしい。

 というわけで、久しぶりのお魚。

 島の端で、ポッカリ空いた穴から見える星空を見上げ、たき火をする。


「良い匂いがしてきたよ」


 たき火の熱で、ジリジリと焼かれた魚を見てノアが言った。

 確かに、串焼きにした魚からの匂いはとてもいい。


「そうだね、ノアノア。でも、まだダメなのです」


 オレが手を伸ばしかけた直後、ミズキが言う。

 早いのか。もう随分焼けたように見えるけれど。


「もうちょい、焼いた方がいいっスね」


 サッとオレが手を引っ込めると同時、プレインもミズキに同調した。


「そうそう遠火でじっくりと。あと少しだと思います」


 皆が口を揃えて早いというなら、早いのだろう。

 シンプルな塩焼きの魚。

 ようやくゴーサインがでて、ありついた魚は格別の美味しさだった。

 ヒンヒトルテが調理魔法で、内臓と骨を取り去ってくれたのが大きい。

 別の料理にしてしまうほかに、下ごしらえだけを魔法ですることも可能だという。

 野菜の皮むきとか、出来ることを一通り教えてもらう。

 食べやすいお魚。

 それから、ちょっとしたお酒。

 静かな空間。辺りに広がる地底湖には、空の星空が反射している。


「洞窟の中で、星空を見上げて魚食べるっていいよね」


 上をボンヤリと眺め、魚を食べる。

 それから、魚に加え、チーズも焼くことにした。

 ノアやチッキーが歌い、トッキーとピッキーが踊る。

 それから、プレインやヒンヒトルテが楽器を演奏し、思いもかけず賑やかな夜になった。

 まるで宴会のような夜は過ぎ、スカポディーロの中で眠る。

 それにしても、今日は、久々に時間に追われた感覚があったな。

 そう思いながら寝たのが悪かったのかもしれない。

 酷い夢を見た。

 出勤すると、納期が3日前に前倒しになったと聞かされる夢だ。


「ユクリンに熱愛報道があったんだ。もうどうしていいか……とても辛いので納期を前倒しにした」


 なぜか、発注者サイドになっていたサムソンからのふざけた一言。


「あぁ、報道の余波だ。大地も怒りに震えている」


 続けて言ったサムソンの言葉。

 それを効いた直後に目が覚めた。地面が微かに揺れていた。


「夢か……」


 ガバリと起き上がり、キョロキョロと辺りをみて夢だと確信し、ホッとする。

 それにしても、何の揺れだろう。

 少し離れた場所に、微かに白い輝きを伴う灰色の立方体があるのを見つけた。

 立方体の手前には人が立っていた。


「起こしてしまったか。すまない」


 近づいて見ると、立っていた人……ヒンヒトルテが振り向いて頭を下げた。

 どうやら昼間にオレ達の作った魔法を試して見たようだ。

 ノイタイエルの自爆からオレ達を守ってくれた魔法だ。


「酷い夢にうなされかけていたところだったので、むしろ助かりました」

「そうか。確かに昼間の件は……夢に見てもしょうがない」

「ところで、魔法が気になりましたか?」

「あぁ。モルススは大型のノイタイエルを作る術に長けていた。討源郷に使っていたのは、一つの完成形といってもいいものだ。それが、自爆して、我々が無傷という事がひどく気になった」


 確かに、あの地下空洞は岩肌に苔の1つも無く、出来たばかりといった印象だった。爆発前はもっと小さい空洞だったのだろう。

 一瞬で、あれだけ巨大な空洞を作り出したノイタイエルの自爆は、すごい破壊力だったに違いない。

 考えてみると、よく急ごしらえの魔法でしのげたものだ。

 もちろんサムソンが作っていたベースがあっての事だが……。


「本当に上手くいって良かったです」

「そう……だな。ところでゲオルニクス様が、あの時、外で何をしたのか知っているのか?」

「外で? 魔法を使ったのでは?」


 反射的に答えた後、疑問が頭に浮かぶ。

 なぜわかりきった事を聞くのだろうか……と。

 魔法を使って、スカポディーロを壁で覆い、ノイタイエルの自爆をしのいだ。そのはずだ。


「確かに魔法を使った。だが、使った魔法の性質上、信じられない魔力を必要としたはずだ。それは1人の人間が賄うには、あまりにも多い」


 なるほど。

 消費する魔力が多いから疑問に思ったのか。

 それならば、答えは簡単だ。


「ゲオルニクスが呪い子だからですよ。天の蓋による呪いで……結果的に、膨大な魔力を持つことになったらしいです。えっと、ゲオルニクスの他に一緒に居るノアも、凄い魔力をもっているんですよ」

「呪い子……あぁ、因子持ちを、そう呼ぶのだったな。なるほど、そうなのか。それで……いいのか」


 オレの回答を聞いて、ヒンヒトルテはふと上を見上げて言った。

 因子持ち?

 なんだろうな。ヒンヒトルテは、とても昔に生きていた人で延々と気を失っていたらしいからなぁ。生きていた時代の違いというか、うまく話が噛み合わない。


「いや、つまらない話に付き合わせてしまった。もう夜も遅い……起こしてしまいすまなかった」


 そう言ったヒンヒトルテは、しばらくすると魔法を解除しオレから離れるように歩いていった。

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