第627話 かうんと

 ノイタイエルは……まだ距離がある。


「てやんでぇ」


 直後、ぴょこりと地面から一匹のノームが飛び出しツルハシを振り回す。


「地竜がぶつかって……爆発したらしいだ」

「爆発って?」

「我らの魔導具を、逆に……利用されたのでは?」


 利用?

 あっ、地竜が飲み込んだ魚雷か。あれは、爆発しなかった。

 飲み込んだヤツが体当たりして、そのショックで爆発した?

 いや、地図にそんな表示はなかった。

 似たような大きさの円……まさか、魔力反応も偽装できるのか?

 だったら、あのノイタイエルも……。


「キキッ」


 マントを羽織ったネズミがゲオルニクスの耳元で何かを叫ぶ。


「スカポディーロが破損したらしいだ」

「ゲオルニクス氏、それは……動けなくなったって事か?」

「キキキッ」

「まだ、まだ動いても大丈夫だで……でも、長くは持たないらしいだよ」


 なんてことだ。

 思った以上に、状況は厳しい。

 もう一刻の猶予も無い。

 とりあえず魔力反応は信じよう。疑い出せばきりが無い。

 ノイタイエルは近づきつつある。その前提で物事を進める。

 追いつかれる前提で、他の手を。


「さっきの続きだ。体当たりを喰らうのは確実だ。そのうえで……どうするかだ」


 スカポディーロは長くは持たない。つまり逃げ切るのは難しい。

 とりあえず、皆に訴える。


「ノアサリーナ達は、地下空洞で降りるだ! スカポディーロとおらが囮になるでよ」


 囮? ゲオルニクスを置いていけということか。


「それは却下だ」

「ダメだよ」


 ゲオルニクスだけを犠牲にする真似はできない。

 オレと、ミズキが声を揃えて否定する。皆が生き残る道を探すのだ。


「あのね」

「何か思いついた? ノアノア?」

「大きなイカを倒した時みたいに……火柱の魔法を使ったときみたいに、2つの魔法陣を使うのは?」


 魔法陣を中心に壁を作るなら、魔法陣だけを外にだせばいい。

 それならば、壁が破れても魔法陣が破損するだけで被害が抑えられる。


「ナイス、ノアノア!」

「カガミ姉さん、壁を作る魔法……2つの魔法陣に分離可能なんスか?」

「えぇ。それは大丈夫だと思います。でも、それなら……」

「それなら?」

「最初に少し思ったんですが、サムソンの鎧を作る魔法を改造するのはどうでしょうか?」


 突破口になる考えが浮かべば、つぎつぎと良い考えが浮かぶものだ。

 サムソンの使っている鎧か。

 確かに、あれはカガミの壁よりも、はるかに防御力が高い。


「そりゃ、この……スカポディーロの大きさが分かりさえすれば簡単に作れるぞ。関数取り出して、定数ぶち込むだけだからな。起動と詠唱用で魔法陣をわけるのも、そんなに難しい事じゃ無い」

「スカポディーロの大きさか? それならば、私が忍び込む前に調べている」


 サイズはヒンヒトルテが知っていた。

 そうと決まれば作業を始める。

 サムソンがパソコンの魔法で、さっそく鎧の魔法をベースに新魔法を作る。


「サイズは少し余裕を持って……、可動部はいらない。立方体でいいだろう」


 ブツブツと呟きながら、プログラムを進め、それはすぐに終わった。


「そんなに短時間で作れるのか?」


 新魔法が転写された紙を見てヒンヒトルテが驚愕した。


「元があって、ほとんど手を加えてない。だからだ。テストも一応通った。あとは実際に起動させて試しておきたい」

「それでは、皆で手分けして、布に写しましょう」


 カガミに促されて布とインク、それにペンを取り出す。

 パソコンの魔法で転写した魔法陣は、そのままでは動かない。どうしても転記する必要がある。

 そこまで難しい魔法陣ではないが、1人で描くには時間がかかりそうだ。


「複製の魔法くらいかな……この複雑さは」

「ゲオルニクスの、あの鉄の棒は使えないっスか?」

「ん? あぁ……これは、鉄筆が記憶している魔法だけしか早く描けないだよ」


 そこまでは上手くいかないか。


「あの、ヒンヒトルテ様も、えっと……ゲオルニクスも、お願いします」


 カガミが、サムソンの用意した魔法陣2つを分割し、みんなに手渡していく。


「この切れ端を、こちらの布に?」

「そうです。皆が描き終えた後で、衣類修復の魔法で布を一つにくっつけます」

「なるほどなァ。皆で分担するだな。ノアサリーナ達は、いろいろ考えててすごいだよ」


 ゲオルニクスは、危機が迫っているという状況で楽しく笑って請け負う。


「じゃ、ノアノアにチッキーは私とこっちの小さい方を転記しよ」


 片方はミズキがメインで転記を進めることになった。


「いそがなくちゃ」

「トッキー、焦ることはないぞ。まだ、距離はある。落ち着いて、正確に……だ」


 チラチラと地図をみるトッキーにサムソンが優しく声をかけた。

 そうだ。焦る必要はない。確かに、じわりじわりと距離は縮まっている気はする。

 でも、余裕は十分にあるのだ。

 ノームが地面をテーブルのようにならしてくれたので、転記もしやすい。

 早く仕上げた、サムソンとカガミが遅れているトッキーとピッキーの転記を引き継ぐ。

 あっという間に転記は終わり、2つの魔法陣ができあがる。

 それから、起動テスト、転記ミスの補正を繰り返す。


「いけた。いけた」

「上手くいっただな」


 上手く起動することも確認できた。

 灰色の巨大な立方体ができあがった。

 耐久テスト代わりに、茶釜に乗ったミズキが突進してみたが、問題無かった。


「この魔法は、つぎ込む魔力が多ければ多いほど、耐久力が増す。つまりは魔力勝負だ」

「ノイタイエルが勝つか。皆の魔力が勝つかっスね」

「この小さい方を中心に、展開するのか?」

「その通りだ。詳しく言うと、この魔法陣にもっとも近い物質を包むように展開する」


 そうこうしているうちに、距離はかなり縮まっていた。

 敵はスピードを増してた。

 時間の余裕はあまりない。

 手頃な地下空洞に飛び出し、直後に魔法を起動する。

 口から、起動用の魔法陣だけを外にだし、オレ達はスカポディーロの中だ。

 あとは皆の魔力をつぎ込んで、相手の自爆に耐えるだけだ。

 ゲオルニクスに、ノア。

 とんでもない魔力を持った人が2人もいる。

 絶対に、楽勝だ。


「すでに、すぐ下が地下空洞だ。いつでも出られるだよ」


 それから、しばらくしてゲオルニクスが言った。


「了解しました。それでは念力で動かしますね」

「ピッキー達は、カウントを頼むぞ。20の数を逆から数えてくれ。ゲオルニクス、0になったら、地下空洞にだしてくれ」

「わかりました」


 ピッキーが大きく返事した。

 だが、ゲオルニクスは無言だ。

 彼は、オレ達に背を向けて立っていた。

 ふと見ると彼の側に、空中に、魔法陣が浮き上がっていた。


「その魔法陣は?」

「ん……あぁ。それじゃ、ダメだ。スカポディーロの中から外へは魔力は流れないだよ」

「え?」


 それと同時に違和感があった。

 身体が……。


「これは、もしや?」


 ヒンヒトルテが呻き声をあげる。


「身体の重みを増す魔法だァ」


 そう言ったゲオルニクスはゆっくりと魔法陣に近づき掴みあげた。

 まさか。1人で?

 だが、すでに口が動かない。身体は重くなり地面に押しつけられるような状態だ。

 1人で2枚の魔法陣を手に取り、ゲオルニクスはゆっくりと進んでいく。


「大丈夫だァ。おらは皆を信じてるだよ」


 そう口にして、オレ達をふりかえることなくゲオルニクスは姿を消した。

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