第621話 かんぱのわな

 ノアが持っていた赤い短剣。

 それは、赤い手帳の鍵となる魔導具で間違いないらしい。

 だが、それは壊れていた。


「強い刺激を受け続け、本体が損傷しているようだ」


 補足するように、ヒンヒトルテが最後に付け加えた。


「武器にしていたからかな……」


 説明を聞いたノアが俯き呟く。

 まるで、武器として使っていた事を後悔するように。


「鍵を……武器に? なぜ、そんな愚かな事を……」

「仲間がアドバイスした。それに親から短剣として受け継いだんだ」

「あと、看破で見ても万能武器と表示されます。武器として使うなというのは無理があると思います。思いません?」


 ヒンヒトルテの非難めいた言葉に、オレ達は即座に反論する。

 ノアはただでさえ自分に負い目を感じがちだ。

 はっきり悪く無いと、誰かが言うべきなのだ。


「武器?」

「あぁ。そういうことだか。ヒンヒトルテ、おめぇも看破の魔法で見るといいだよ」


 オレ達のやりとりをジッと見ていたゲオルニクスは、何かに納得したようだった。

 いつの間にか、テーブルにチョークのような物で魔法陣を描いていた。看破の魔法陣か。何も見ずに、よくサラサラと描けるものだ。

 促されたヒンヒトルテが、魔法を使い、表情を変えた。


「なっ。武器? どういうことだ」

「モルススが、看破の極光魔法陣に細工しただよ。都合が悪い事は隠し、都合のいいように改ざんした結果を見せるように」


 驚くヒンヒトルテに、ゲオルニクスが解説した。

 つまり、鍵の魔導具を武器として表示するように、看破の魔法に設定したということか。いままで看破の魔法は、RPGゲームで出てくるステータス表記みたいな物だと思っていたけれど、そんな落とし穴があったとは。


「看破によって、武器として使わせるように誘導する……か」

「鍵は、アダマンタイトを原料にしてるだ。武器と言われても、納得しやすいだろうなァ」

「ところで、ゲオルニクスが、こう……やってみているのは、その看破の改ざんから逃れる魔法か何かということか?」


 サムソンが、指でファインダーを作るジェスチャーをしながら質問する。

 そういや、そんなジェスチャーしているのを何度か見たな。


「そうだァ。親父が、普通とは違う方法で看破の極光魔法陣を使う魔導具を作っただよ」

「魔導具?」

「こいつだなァ」


 ゲオルニクスが、片足をあげて、靴を叩いた。

 外見は、サンダルにそっくりの靴。


「その魔導具の作り方って教えてもらえますか?」

「いいだよ。上に、仕組みが書いてある本もあるだよ」

「手の仕草は?」

「あぁ、あれは魔導具を作動させるためにやってるだよ」


 確かに、改ざん前の情報を知ることができれば、そちらの方がいい。

 それにしても、手帳と鍵か……。

 確かに、真ん中にでかい穴が開いているのを、不自然だとは思っていた。


「ところで、誰がこの手帳の継承者なのだ?」


 手帳を持ち上げ、ヒンヒトルテが声をあげる。


「継承者?」

「秘密手帳は、所有者が許可した者でないと開く事はできない。そして、手帳は一定の条件で継承される」

「元々、ノアの持ち物だ。だから、継承者はノアってことだろうな」

「そうか……。あちらの3人では無いのか……」


 オレの言葉に、力なくヒンヒトルテが呟いた。

 その視線の先には、ピッキー達がいる。

 急に顔を向けられて3人はビクッと震えた。まぁ、怖いもんな。ヒンヒトルテ。ゲオルニクスに負けないくらい巨漢の熊だからな。なんとなくツキノワグマって感じだし。


「残念なのか?」

「そうだな……なぜ、手帳の継承者がクタばかりなのかとな。カルホントア様といい、ウルクフラ様といい……」


 言っている事がイマイチわからない。


「クタっていうのは、おら達……今で言う人間のことだァ。遙か昔、おらたちのような者はクタ族って呼ばれていただ。モルススが統一王朝とか言い出して、多くの種族が死んで……結局は、クタ族が地上の大多数を占める事になったが、それ以前の話だァよ」


 理解出来ていないことに気がついたのか、ゲオルニクスが説明してくれる。

 なるほど。エルフやドワーフと同じように、オレ達はクタと呼ばれていたのか。


「それで、手帳はもともとウルクフラ……様の持ち物だった?」

「間違い無い。鍵に、そうあった。ウルクフラ様は、偉大にして無二の政治家……さらには、魔法を始めあらゆる分野に長じた万能の天才とまで称えられたお方。リュクル……族だ」


 ヒンヒトルテが強調したリュクル族という言葉で、ようやく理解できた。

 つまり、ヒンヒトルテは大事な手帳を受け継いでいるのが、クタ……人間であることが不満なのか。ゲオルニクスの手帳はドワーフに、ウルクフラの手帳はリュクル族に、同じ種族に継承してもらうのが理想だったのだろう。

 ということは、ウルクフラとノアのご先祖様はどこかであった事があるのだろうな。

 そこで、何か縁があって手帳を受け継いだ……と。

 手帳の持ち主ウルクフラ。

 万能の天才か……その天才にとって大事な事が手帳には書いてあるのか。

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