第620話 ひみつてちょう
熊の獣人はとりあえず一旦放置して、作業を再開する。
モグラ型ゴーレムであるスカポディーロの中は、昨日の星空から一転して昼間の情景だ。
高い日差しを浴びて作業を進める。
これだけ太陽が輝いているのに、気温は丁度良いので不思議だ。
「確かにゲオルニクス氏の言う通り、本の内容が偏っている気がする」
サムソンが作業を進めている途中に言った。
まだ1割も取り込めていないのに、よく分かるものだ。
「まだ判断するのは早いと思います」
「確かにそうだが、なんとなく技術書が多いようだ」
技術書か。確かに適当にパソコンの魔法に取り込んでいるにもかかわらず、殆どに魔法陣が描いてある。どれもこれもが魔法に関する本だといわれれば納得してしまう。
「魔法の?」
「そうだな。ある意味、俺達にとっては悪い偏りじゃ無い」
確かに魔法に関する古い資料が欲しいオレ達には悪い話ではない。
目指すはギリアの屋敷にある超巨大魔法陣の解析だからな。
どちらにしろと、やる事は決まっているのだ。
というわけでルーチンワークが続く。
『バチャバチャ』
水音が立つ。
先ほどから繰り返し聞く音だ。
パソコンの魔法を起動させ、水を張った荷台に黒本を投げ込む。
魔力がグッと吸い取られるので、ひたすら耐える。
それで、取り込み完了。
取り込んだ魔法陣は、サムソンがメインで精査する。シンプルな作りをした魔法陣を、細かく見ていって、プログラミング言語にコンバートする。
最初のあたりは手探りだが、繰り返していけば、事例が貯まる。
すると自動的にコンバートできるようになる。
いままで、うまくコンバートできない魔法陣はそうやって処理してきた。
黒本だって同じだ。
問題は、魔力がつらいことだ。こんなに大量の黒本を、一気に取り込むことは想定外だった。
魔力がキツくなると、ボーッとして頭が回らない。そうなってくると、魔法陣の解析が上手くいかない。
魔力量でいえば、ノアだ。
ところが、呪い子のせいか、ノアの魔力では取り込みが上手くいかない。
ノアにも手伝って貰えるように、なんとかしたいものだ。
水音と、誰かが考え込む声。
それから、ピッキー達が金槌を叩く音。
「んん……あぁ、目が覚めただか。本、こっちにおくだよ」
そんな状況が続くなか、ゲオルニクスがそう言って、手に持った本を地面に置いた。
土から首だけを出した熊の獣人が目を覚ましたようだ。
「これは……一体?」
「少し待つだよ」
熊の獣人が、自分の状況に狼狽えているのがはっきりと分かった。
ゲオルニクスは、目を覚ました彼を見ることなく、一軒家へと歩いて行った。
しばらくすると、彼は一風変わった青い手帳を持って戻ってきた。
あれ?
手帳にはポッカリと穴が開いていた。
オレ達がノアから預かっている赤い手帳とそっくりだ。
「おらがいくら言っても聞かねえだろうからな。自分の目で見るといいだよ。ヒンヒトルテ」
ゲオルニクスが、土から頭だけ出した熊の獣人……ヒンヒトルテの眼前に手帳と、帽子を被ったネズミを置いた。
続けて、腰から青く四角い何かを取り出し自分の額にあてる。
すると、青い四角が円柱に姿を変えた。
「これは、もしやカルホントア様の秘密手帳……」
「そうだなァ。読めば、おらの事がわかるだよ」
そう言ったゲオルニクスは、青い円柱を手帳に開いた穴にはめる。
すると、ガチャリと錠前が開く音がして、手帳に開いた穴がうまった。
「それって……」
カガミが声をあげる。
きっと気がついたのだろう。オレ達の赤い手帳と、あの青い手帳とが似ていることを。
「この辺りから読めばいいだよ。ページを捲りたい時は、賢者様にいうといいだ」
ゲオルニクスは、ヒンヒトルテにそう言うと、彼から離れ戻ってきた。
「この手帳だろ?」
早足で近寄ってきたカガミに、赤い手帳を渡す。
違うのは色くらいで、大きさも装丁も殆ど同じだ。なにより、真ん中に開いた大きな穴。
「ん、あぁ。ノアサリーナ達も、秘密手帳を持ってるだな」
手帳を見比べているとゲオルニクスが、それに目を留めて言った。
「秘密手帳って名前なのか」
「昔、本当にとても昔にあった国のお偉いさんが使っていた手帳だなァ。後の世に伝えたい事なんかを記すだよ。鍵はもってるだか?」
「ノアが持っているよ……多分」
早速、ノアを呼ぶ。
「これでいい?」
「そうそう。それで試してみよう」
普段武器に使っている赤い短剣の形を変えて手帳にはめてもらう。
ところが、手帳は開かなかった。
先ほどのゲオルニクスと同じように、手帳の穴を埋めるように形を変えて、くるりとひねってみたがダメだった。ガチャリと音はするが、手帳と鍵が一体化しない。
「上手くいかないな」
「どうしてだかなァ」
ゲオルニクスを中心に、試行錯誤を進めてみる。
土を盛り上げ、簡単なテーブルに手帳を乗せての試行錯誤だ。
途中からサムソンも加わり、作業は中断し、大きさを変えたりしてみたが上手くはいかなかった。
「さっきは惜しかった気がするんだが……」
「しょうがない。作業場で一から調べるしか無いだなァ」
作業場……そういえば、黒本ウレンテの事もあったな。
忘れないうちに、行動したほうがいいかもしれない。
サムソンも作業を中断し、作業場へ行きたいと言う。
それならと、ゲオルニクスがすぐに作業場へと行くことに同意してくれた。
他の同僚と、獣人達3人も、興味津々に近寄ってきたので、皆で作業場へと行くことにした。
そして、もう1人。
「もういい。ゲオルニクス様、貴方が元老カルホントア様の後継者だと認めよう」
首だけ出して埋められていた熊の獣人ヒンヒトルテがそう声をあげた。
「わかってくれるだけで、いいだよ。おらは……様なんてつけられる立派な人間じゃないだ」
こうして、和解できたヒンヒトルテも同行し、作業場へと行くことになった。
作業場は、モグラ型ゴーレムであるスカポディーロの中にある唯一の建物だ。
昨日は、外にベッドを置いて寝たので、殆ど立ち入っていない。
「実際の作業は、地下室でするだ」
そう言ったゲオルニクスについて行って地下へと降りる。
地下室は、中央に大きな石作りのテーブルがある部屋だった。
「片付いているっスね」
「魔法で勝手に綺麗になるだ。それに、賢者様と、ノームが手伝ってくれるだよ」
「なんか、理科室の机って感じだな」
「わかるわかる。それっぽい」
「この机……魔法陣が描いてあるな」
同僚達と盛り上がっている間に、ゲオルニクスは準備を進めていく。
天秤や、箱の上に板が乗ったアンティークな計りのようなものなどなど、いろいろと道具を置いていく。
「あと……ロスコ眼鏡は……」
途中、道具を探す場面があったが、ヒンヒトルテがすぐに目的の道具を見つけ出し差し出した。
「私が助手を務めよう。1人で全てをやるより効率がいい」
そうヒンヒトルテが立候補し、助手を務めることになった。
2人の作業は、魔法と言うより工作といった感じだった。
「開かないわけだ。鍵が壊れてるだァ」
しばらくして、ゲオルニクスが背伸びをしつつそう言った。
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