第622話 きそは、ぶひん

「それで、手帳の鍵は直せそう?」

「おらは知らないだな。作る方法は、上の本にあるから……載っているかもしれねぇだァ」


 オレ達にとって、有益な事が書いてありそうな古い昔の手帳。

 ところが、手帳の中を読むには鍵が必要で、鍵は壊れていた。

 結局、ゲオルニクスの案内で黒本をあたってみたが鍵の修復方法は無かった。

 代わりに、対処法はあった。

 鍵を作り直す方法だ。

 それが、手順も含めて本に記載があった。


「あとは触媒がそろえばなんとかなりそうだ」


 書架の側で、皆を代表し本を捲っていたサムソンが顔を上げて言った。


「触媒……」

「魔導具の材料だからな。触媒というより、材料か」


 ミスリル銀、もしくはグルバウ結晶。

 ジムテの木箱。

 樹齢1000年以上の木材。

 羊皮紙を焼き尽くした灰。

 真水に、インク。それからダイヤモンド。

 最後に、アダマンタイト。

 こいつらを揃える必要があるという。


「グルバウ結晶に、ダイヤモンドは持ってるから、やるだよ」


 直後、ノームがダイヤモンドと正方形をした石を持ってきた。

 ゴルフボールくらいあるダイヤモンドにビビる。

 磨かないとキラキラとは光らないのだろうけれど、それでも立派な事はわかる代物だ。


「ジムテの木箱は、3日くらいで作れる。若い頃、小遣い稼ぎに作っていた」


 そして、ジムテの木箱はヒンヒトルテが作ってくれることになった。

 決められた模様を彫り込んだ底が浅い木製の箱らしい。

 樹齢1000年以上の木材は、世界樹の枝をハイエルフの里から送ってもらえば大丈夫だろう。


「あとは、アダマンタイトか」

「うーん。おらも持ってないだな。あれは、長いこと日の光に当たらないと消えちまうからな」

「ふむ。ときに、お前達の中に、王と知人の者はいるのか?」


 アダマンタイトをどうしようかと考えるオレ達に、ヒンヒトルテが質問する。


「何かあるのか?」

「この本には、粒状のアダマンタイトとある。アダマンタイトの加工は、王鉄槌が必要だ。王剣の所持者でないと、王鉄槌は用意できない」

「うわぁ。前途多難……とりあえず、後回しにしよ」


 ミズキが降参とばかりに両手をあげて茶釜の方へと駆けて行く。

 確かに、後回しがいいかな。

 急にアダマンタイトと言われても、何にもできない。


「出来ることから手をつけるか」

「そうですね。やる事が山積だと思います」


 カガミの言葉の通りだ。

 それからは皆が出来ることをやり、日々を過ごした。

 ヒンヒトルテは、積極的に手伝ってくれた。

 ピッキー達の大工の手伝いも、黒本の取り込み作業も、オールラウンドに頑張ってくれる。

 案外気さくで、プレインと地上の話をする光景を頻繁に見かけた。

 その時は、月への道の地下にあった地図が役に立った。

 ヒンヒトルテが言うには、昔は北方に獣人達の国があったらしい。

 逆に、南方にあるフェズルードのさらに東にクタ……つまり人間が多く住んでいたそうだ。

 さらには魔法について、オレ達は大きなヒントをもらった。


「ふむ。貴方達はそうやって魔法を編むのか」


 それは、書架の側でパソコンの魔法を使っていたときの事だった。

 黒本にある魔法陣が上手く取り込めているのか、サムソンがチェックしていると、ヒンヒトルテが肩越しにその光景をみて言った。


「魔法を編む……ですか?」

「あぁ。魔法を作るのだろう? 確かに円でみるより、書籍のような文字組で書いたほうが読みやすい。技術の進歩を実感する」

「ヒンヒトルテ氏は、魔法が作れるのですか?」

「最低限だ。士官学校で習った程度だよ。それでも、貴方が見ている魔法陣が何かは、分かる。リザードの学者バーブルイが編纂した、防御の基礎魔法陣だろう?」


 サムソンが見ている本にある魔法陣を指さして、ヒンヒトルテが言う。

 彼は魔法を作ることができる前提で話をしている。

 そのことに、ゲオルニクスも特段驚いていない。


「魔法を自在に作る技術は無いと聞いていますが?」


 サムソンが首を傾げた。

 オレと同じ事を考えたのだろう。魔法を新たに作ることは、偶然に頼る意外はできないのではないかと。


「どういう事だ? 私でも、簡単な魔法を作る事はできるが?」

「地上では、魔法は神に与えられたもので、新たに魔法を作る事はできないとされています。あくまで、私達が例外だと……」

「どうせ、モルススのクズ共が皆を騙してるだよ」


 首を傾げるオレ達に、ゲオルニクスが軽い調子で言う。

 悪いのは何でもモルスス。とはいえ、看破の魔法に細工するくらいだから、魔法は自由に作れないとデマを吹聴するくらいやっていそうだな。


「では、基礎魔法陣は全て、地上では役立たずか」

「役立たず……ですか?」

「基礎魔法陣は、それ単体では意味を成さない。魔法を編むにあたって、使うものだ」

「魔法を編む……それだけでは……」


 基礎魔法陣は役に立たない。

 魔法を編む、つまり新しく魔法を使う時に使う魔法陣……。

 どういうことだ?

 ゲオルニクスは当然のように頷いている。

 サムソンは、何やら考え込んでいるな。


「どうしたのだ?」

「基礎魔法陣ってのが、リーダ達にはよく分かってないだよ。魔法を沢山つくらないと、どうして必要になるかわからないだ」

「そういうものか……」


 ヒンヒトルテは、オレ達が理解できていない事が理解できないようだ。

 ゲオルニクス以外が、考え込む状況がしばらく続いた。


「そうか。そういうことか!」


 そんな状況に、声をあげたのはサムソンだった。


「分かったのか?」

「あぁ、簡単な事だ。基礎魔法陣ってのは、ライブラリだ。いや、モジュールか。とにかく部品だ。大きな魔法陣を作るときの部品」


 ライブラリ……モジュール……プログラム用語の。

 なるほど。サムソンの言葉で理解できた。

 プログラムを書く時に、同じような処理は、部品として分離しておく。

 それは機械における歯車のようなものだ。

 プログラムで作る、より大きなプログラムに使う部品。それらの集まりがライブラリであり、モジュールだ。

 そうやって部品を作ってしまえば、新しいソフトのため、プログラムを書く時に前に作った部品を持ってくるだけで済む。

 同じ事を2度やる必要がなくなるわけだ。

 それと同じだ。昔の人は、魔法陣を作るために、部品として大量の基礎魔法陣を作ったということか。

 元の世界でオレ達が、大企業の用意したライブラリやモジュールといった部品を使い、楽するように、昔の人も同じ事をした。

 他にも、部品として分けることの利点は多い。

 部品をパワーアップできれば、その部品を使う全てのプログラム……魔法陣の性能向上が見込める。部品以外の箇所に、より労力を割くこともできる。


「あの超巨大魔法陣に、沢山の言語が使われているのも……」

「カガミ氏の推測どおりだと思うぞ。ベーシックのプログラムに、Cのライブラリを組み込むのと同じ感覚だ」


 ライブラリか。

 だとしたら、解析は後回しにしたほうがいいかもしれない。


「もし、オレ達の世界と同じなら、ライブラリと一緒に仕様も書いてあるはず……どう?」


 ついでに使い方もあれば、嬉しい。

 そう考えて、本を捲るカガミへ聞く。


「なんとなく、魔法陣の下に書いてあるのが……仕様のようですが、独特の表記みたいで……」

「あぁ、それならわかるだよ。最初が箱の位置で、次が4つの力……」


 それから、ゲオルニクスがカガミへと説明を続ける。

 途中からサムソンも加わった。

 オレはパス。

 説明の冒頭から難しすぎる。後で、カガミにでも教えてもらおうかな。

 そんな時、スカポディーロが小さく揺れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る