第612話 れんせん

 すぐ側には、崩れ、破片となって地上に落下する黄金の町。

 頭上には、まるでコンクリート製の灰色をした超巨大なガーゴイル。

 それは頭だけでオレ達の飛行島の倍はあって、海老反りになった巨体。

 そして巨体から伸びる両手両足で、巨大な円盤を支え飛んでいた。

 金属製の巨大な円盤には、沢山の歯車。まるでむき出しの機械式時計のように、歯車が沢山まわる円盤だ。


『ゴゴゴゴ……』


 低い音をたてて唸るように、ガーゴイルの口が開いた。

 そして、中から鉄製の舌が伸びる。

 舌の上にはメイド服を着た女性が乗っていた。

 強風に、銀色の髪と服がたなびいている。そんな中、静かにオレ達を見下ろす彼女は、ウ・ビのように、宝石を全身に纏っていた。

 ウ・ビの仲間か……。

 彼女は、両手をゆっくりと挙げた後、バッと一気に振り下ろす。

 次の瞬間、巨大ガーゴイルの持った歯車の付近に、光が瞬いた。

 続いて銀色の何かが、どこからともなく降ってくる。

 それは、飛行島の端にあたった。


『ドゴォン』


 けたたましい打撃音を響かせ、飛行島が揺れる。


「揺れる」

「待って、まだ来る!」


 上?

 顔を上げた瞬間、すぐ真上に大きな円柱が見えた。大量の銀色をした円柱。ドラム缶くらいの大きさの円柱だ。


「カボゥ!」


 カーバンクルの鳴く声がきこえた。

 続き、薄緑の結界が張られる。

 結界は、円柱をはじき飛ばした。


『ガン、ガン、ガン』


 金属の扉に何かが当たった時のような鈍い音が響く。

 同じような円柱が3本、結界にぶつかった音だ。

 直後、結界が破裂するように消えた。


「カボッ」


 すぐにカーバンクルは低く唸り、結界を張り直す。


『ガン……ガンガン』


 さらに、爆撃のような円柱の攻撃が続く。

 何度かに一回、カーバンクルの結界は壊れてしまう。

 すぐにカーバンクルが結界を張り直すので、助かってはいるが、いつまで持つかわからない。


「カガミ、壁を作る魔法で!」

「試したけど、一発も防げない!」

「サムソン、飛行島で逃げられないか?」

「無理だ。操縦席が壊されている。機動力が生かせない」


『ガガガ……ガンガン……』


 円柱の落下はさらに激しくなった。


『ドォン』


 大きな爆発音が鳴り、飛行島が大きくゆれる。

 ついに抑えきれなかった円柱が飛行島にぶつかったのだ。

 それは、飛行島の地面をゴロゴロと転がり、落下した。

 一瞬だけ見えたそれは、トーテムポールのように、顔がいくつも彫り込んである物だった。

 円柱は飛行島の一部を破壊して、その破片と共に落下する。


『ドォン!』


 そして、2本目が飛行島に突き刺さる。


「これ、落ちてない?」


 ミズキが叫ぶ。

 確かに、浮遊感がある。

 まるで、降りるエレベーターに乗っている時のように、ささやかな浮遊感だ。

 それに、ボロボロと崩れ落下する黄金の町が、ゆっくり落ちているように見える。

 動力を失って落下しているはずの破片までもが、ゆっくりと。

 つまり飛行島が……オレ達が落ちている。飛行島に異常が発生したのか。


「サムソン?」

「ノイタイエルは生きているが、着陸モードに入ってる」

「どうして?」

「ダメージを受けすぎたか……つぅか、分からん」


 浮遊感はさらに増し、感覚で落下速度があがっていることに気がつく。

 部屋に響き渡る風の音に、墜落という言葉が頭をよぎる。


「上! ヤバい!」


 危険な状況の中、ミズキが真上を見て叫んだ。

 巨大ガーゴイルが、円盤から両手を離して、握りこぶしを作っていた。

 ゆらりゆらりと、ゆっくりガーゴイルの腕が動く。

 あのポーズは、まさか……。


「ボク達を殴りつけるつもりっスよ」


 やっぱり、殴るための予備動作だよな。


「地上までは?」


 あと僅かだったら、飛び降りる選択肢がある。

 だけど、どうやって安全に飛び降りるか。それが問題だ。


「あと少し……だと思います。飛び降りますか?」

「俺に考えがある、全員、海亀に乗れ!」


 サムソンが、海亀を指さして大声をあげた。

 他にアイデアは無い。サムソンを信じて、皆が海亀に飛び乗る。茶釜も、ロバも、皆が。


「飛翔の魔導具を!」


 皆が飛び乗った事を確認したサムソンが、さらに指示を飛ばした。

 彼だけは、海亀の足下に立ったままだ。

 ミズキが、飛翔の魔導具であるシルクハットを海亀の頭に被せて固定する。


「次は?」

「後は任せろ!」

「時間が無い!」


 任せろと叫ぶサムソンに、ミズキが上を見上げて叫ぶ。

 速度をあげて、振り下ろされるガーゴイルの右手が見えた。

 ところが、突然、ガーゴイルの右手が……いや、ガーゴイルが遠く離れる。

 違う! 離れたのは、ガーゴイルじゃない。

 オレ達の方だ。飛行島が凄いスピードで離れていくのが見えた。

 当の飛行島は、いや飛行島にあるオレ達の家は、ガーゴイルが殴りつけた一撃で押しつぶされていた。


「何があった?」

「サムソン先輩が、ロケットみたいに」


 プレインが、海亀の甲羅に捕まっているサムソンを指さす。

 彼は、魔法の鎧で身を包んでいたが、その足が赤い。

 何をやったのかを見ていなかったが、サムソンが海亀を抱えて飛行島から飛んだのだ。

 ところが飛び続けることは出来ないようだ。

 海亀の甲羅に捕まっていたサムソンは、魔力がつきたようで、魔法を解除する。

 あわや、落下かと思った彼を引き上げたのはロバだった。

 甲羅の端へと駆け寄り、首をグッと伸ばしてサムソンの背中を噛んだ。

 それからグイッと引き上げてくれた。

 一方、海亀は高度を落としていく。

 さらに、ガーゴイルはこちらへと飛んできた。

 バラバラと、円柱をばらまきながら。


「伏せて! もうすぐ地上!」


 不味い!

 反射的に、墜落を想像し、皆が伏せた。

 ミズキがピッキー達に覆い被さるように動いた。


『ドォン、ドォン……』


 辺り一面に、爆発音に似た音、そして水音が鳴り響く。

 あちこちで砂煙と、水柱があがる。

 小屋の窓が割れて破片が散らばる。

 木にぶつかったようで、枝や葉が部屋に飛び込んでくる。

 そして、揺れは収まった。

 砂煙が酷いので、確かな状況はわからないが、窓からの景色で森から街道に出たようだ。



 円柱の攻撃も終わったようだ。

 だが、巨大なガーゴイルは真上にいる。正確な位置を把握できていないのか、広範囲に円柱がどんどんと連続して落ちている。

 直撃はしていないが、時間の問題だろう。


「ウ・ビは? ウ・ビはどこに?」


 ガーゴイルの舌に乗った女性が辺りを見回しながら、囁く声が聞こえた。

 あれだけ遠くにいるのに、まるで耳元で囁くように聞こえた。


「どうする?」


 カガミがオレに問いかけてきた。

 あのガーゴイルに、勝てる方法を思いつかない。

 タイマーネタをぶち込むか?

 簡単に倒せそうな気がしない。

 しかも、タイマーネタを撃っている間に、反撃で死にそうだ。


「逃げよう」

「海亀で……ですか?」

「あぁ。海亀に乗って逃げる。海亀は茶釜に引いてもらえばいい。逃げ切れないようだったら、誰かが囮になる」

「バウバウ」

「そうだな。ハロルドもいる……今のハロルドだったら、オレを乗せて走れそうだ。2人で別行動しつつ、タイマーネタで注意を引く」


 オレの提案に、巨大な狼となったハロルドは、上下に大きく首を振った。

 賛成してくれるようだ。


『シューシュー』


 オレ達が行動に移そうとしたとき、あたりから変な音が聞こえだした。

 ガスが漏れるような、不吉な音だ。


「あれ……トーテムポールが……」

「え? プレイ……ダメ、チッキー達はマスクを」

「カガミ?」

「ほら、前の金色をしたトーテムポール。あれと同じだ。毒をまき散らしてる」


 砂煙がはれて、地面の様子があらわになったことで気がつく。

 辺り一面に、大量の銀色をしたトーテムポールがあった。そして、それらが一斉に口から金に輝く粉を吐いていた。

 フェズルードで見た、金色のトーテムポールのように。


「ゴフッ……ゴフゥ」


 海亀に張った板の端に立っていたハロルドが咳き込み、血を吐く。


「ハロルド!」


 ノアがかけていき、背を撫でる。

 そして、ドサッという音がして、ピッキー達も倒れた。


「マスクが効いていない?」


 カガミが悲鳴に似た声をあげる。

 マスクで、防げない?

 それに、前回は平気だったハロルドまで?


「ヌネフ! 風で吹き飛ばせ」

「ダメです。数が多くて飛ばしきれないのです」


 ヌネフを呼ぶが、即座に不可能という答えが戻ってくる。

 そういえば、いつの間にか強風が吹き荒れている。

 精霊の力でもダメ。

 確かに、辺りを取り囲むトーテムポールの数は多い。

 不味い。不味い。


「とりあえず、水だ!」


 なんとか対策をひねりだす。

 先ほど、水音がした。

 ピッキー達に、エリクサーを飲ませて、水に飛び込みしのいでもらう。

 その隙に、あたりを取り囲む金の粉がない場所まで泳いで……。

 その先が思いつかないが、死ぬよりマシだ。


 ミズキが即座に、茶釜の背にピッキー達を乗せてオレの指さす方へ駆けて行く。

 ハロルドも、茶釜の後を追うように、ゆらゆらと歩く。

 ところが、理解が追いつかない状況は連鎖するようだ。


『ザバァン』


 突如、波打つ音が聞こえた。

 海岸に波が打ち付けたときのような音。場違いな音。

 それと同時、巨大な何かが地面から飛び出した。

 その何かは、目の前にいたピッキー達、そしてハロルド……それにミズキを飲み込み動きをとめた。


「あれって、モグラ……ゴーレムですよね?」


 困惑した表情でカガミが言った。

 言いたい事はわかる。


『ガゴォン』


 鉄扉が開くような音を立て、モグラ型ゴーレムの口が開く。

 思った通りだ。

 開いた口から姿を見せたのは、1人の男だった。

 もじゃもじゃ頭に、もじゃもじゃな髭。巨体をゆらしのっそり出てきた男。

 それは昔、フェズルードで出会った伝説の呪い子……ゲオルニクスだった。

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