第613話 とうげんきょう

 もじゃもじゃ頭に、もじゃもじゃ髭。Tシャツに、短パンといった風体のゲオルニクス。

 彼は、木箱を背負っていた。

 木箱には大きな輪っかが付いている。その輪っかには、所々金属製の円盤が付いていた。

 彼が歩く度、パリパリと青く小さな放電が、その体に起きていた。


「黄金郷に捕まったってぇ、聞いてきただァ」


 そして、彼はオレを見て笑う。

 聞いたって、誰に聞いてきたのだろう。

 あぁ、あいつらか。

 彼の後に続いてゾロゾロと出てきた妙なモグラの集団を見て察した。

 ツルハシを持ったモグラ……ノーム達に聞いたようだ。

 もしかしたら、うちにいるノームが呼んだのかもしれない。


「今は、アレか。まァ、いいだよ。何が相手だろうと……壊してしまえば同じことだなァ」


 そして、のっそりと歩きながらゲオルニクスはそう言葉を続ける。

 彼は笑顔で、巨大ガーゴイルを見上げている。

 壊すって、アレを壊す自信があるのか。


「聞き捨て……ならない」


 頭上から声がした。

 見上げるとメイド姿の女がこちらを睨みつけている。

 対するゲオルニクスは、両手の親指と人差し指で四角をつくって、彼女を見た。

 指でファインダーを作って、被写体を品定めするように。


「……拷問考試省、第一席のジ・マか。モルススのゴミは皆そろって大仰な名前だなァ」

「私の名を……見た? 何を、した?」

「とりあえず、降りてくるだ。そこじゃ、遠すぎて、おめぇをくびり殺せねえだ」


 ゲオルニクスは、頭上の女……ジ・マと会話する気はないようだ。

 対するジ・マは再び両手をあげて、それから振り下ろす。

 先ほど見た、ジェスチャーと同じだ。

 次に来るのは……やっぱり!


「やばい!」

「問題ないだ」


 バラバラと落ちてくる大量の銀色の円柱。

 それを見ても、ゲオルニクスは余裕だ。


『ヴヴヴヴ……』


 振動音が聞こえる。

 音がする方を見ると、モグラ型ゴーレムの背中からトゲが沢山生えていた。

 それが青白く光り、パチパチと火花を放っていた。

 モグラから一転、ハリネズミといった感じだ。

 加えて、ゲオルニクスの背中にある輪っかが青く輝く。


『バリバリバリィ……バチバチッ』


 そして、けたたましい音と共に放電が起こる。

 背中の輪っかから起こった放電は、青い稲妻となって空に打ち上がった。

 同じように辺り一帯から、巨大な電撃が空に打ち上がる。

 それぞれの電撃は、まるで枝のように広がり、落ちてくる銀色の円柱を打ち落とした。

 それだけにとどまらず、超巨大ガーゴイルにあたり、指を数本吹き飛ばす。


「傾国魔法? しかも、それ……」


 辺り一面に落ちる銀色の破片が起こす音に混ざって、ジ・マの声が聞こえた。

 攻撃が打ち落とされるとは思っていなかったようだ。

 彼女は酷く狼狽していた。


「さて、討源郷はしばらく動かねぇだよ。もう一度、言うだ。降りてくるだ」


 ゲオルニクスは余裕の様子で、ジ・マに言った。

 無茶苦茶つよいな。

 彼に任せても大丈夫だな。

 そうだ、ピッキー達は?

 モグラ型ゴーレムの方を見ると、こちらを見ていたミズキと目が合った。


「リーダ。エリクサーを飲ませてもダメ!」


 ミズキは悲痛な顔で言った。


「効かないのか?」

「治ったのに、また、苦しいって」


 再発したのか。どういうことだ。

 エリクサーで治せない異常が存在するのか?

 それとも、あのモグラ型ゴーレムの中にも、トーテムポールのまき散らす粉が入っている……。


「獣人達のことか?」


 ゲオルニクスがオレをちらりと見ていった。


「あぁ、ピッキー……獣人達の事だ」

「それは、遅延型だァ。服や体にくっついて、しばらくしたら病の素に変化するだ。スカポディーロの中にいれば、やがて治まるだよ」


 ゲオルニクスは、ピッキー達の状態を把握しているようだ。

 即答したその言葉には、自信がこもっている。

 服や体にくっつくか……。


「洗い流したら、ダメなのか?」

「んん……あぁ、それでもいいだ。ちょっと思いつかなかっただよ」


 すぐに解決できそうな方法があって気が楽になる。

 あんまり長く苦しませたく無い。洗い流せばいいなら、そちらのほうがいい。


「ミズキ。聞いてのとおりだ。ウンディーネに頼んで、洗い流せ。それでもダメなら、服を着替えさせろ!」

「わ、わかった」

「私も行きます」


 オレの言葉に、ミズキが頷き、カガミが走ってモグラ型ゴーレムへと入っていく。


「さて、さっさとあいつを殺さないとな」


 ゲオルニクスは、モグラ型ゴーレムへと入っていく2人を一瞥した後、一歩踏み出した。


「てやんでぇ」


 そんなゲオルニクスを応援するように、ノーム達がそろって鳴き、手に持った小さなツルハシを振り回した。

 それとほぼ同時、いきなり体が重くなった。

 周りの景色が目まぐるしく変わる。

 加えて、どんどんと頭上にいるガーゴイルが近づいてきた。


「地面だ」


 重さに耐えきれず四つん這いになったサムソンが大声をあげる。

 ガーゴイルが近づいているんじゃない。

 地面が……辺り一帯の地面が、丸ごと隆起していると気が付いた。

 ノーム達か。

 複数のノームが地面を一気に隆起させている。

 それも、とんでもない速さで。

 周りを取り囲んでいた銀色のトーテムポールが、次々と転がり落ちる。

 そのような状況でも、ゲオルニクスはゆっくりとジ・マに向かって歩いていく。

 ズン、ズンと、足が地面にめり込みつつも、ゆっくり確実に向かっていった。

 そして、地面の隆起が終わった時、ゲオルニクスはジ・マの目の前に立っていた。

 いきなり地面が上昇したことに、ジ・マは虚をつかれたようだった。


『バチィ』


 直後、火花が起こった。

 ゲオルニクスが、唖然としていたジ・マを殴りつけたのだ。

 だが、その攻撃は届かなかった。

 間一髪のところで、ジ・マが体をそらし、逃げた。


「ヒッ……」


 小さな悲鳴をあげ、ヨロヨロとジ・マは距離をとった。

 その体は、じわじわと薄くなっていく。


「討源郷は捨てるだか?」

「うふ、うふふふふ」


 先ほどとは逆、今度はジ・マの方が話す気が無いようだ。

 ゲオルニクスの問いに、笑うばかりだ。

 その間にも、ジ・マは薄くなる。もうほとんど、姿が見えない。


「カボゥ、カボゥ」


 そんな時、オレの背後から鳴きながらカーバンクルが飛び出した。

 カーバンクルは、一直線に、ほとんど姿の見えないジ・マに飛びつく。


「まさか!」


 ジ・マが大声をあげる。

 奴の声は、耳元で言われるように聞こえるので、いきなりの大声は辛い。

 でも、どうして大声を上げたのかはわかった。

 ほんの先ほどまで、ほとんど姿の見えなかったジ・マが、はっきり見えるのだ。


「どうして? なんで? お前たち! カーバンクルに、何の魔法、食わせた?」


 必死の形相で、ジ・マが喚きながら転がる。

 そして、その隙を逃さないとばかりにゲオルニクスは距離を詰めた。

 再び、ゲオルニクスが殴りつけるべくこぶしを振るう。

 対するジ・マは、首元に噛みついたカーバンクルを、引きはがし、ゲオルニクスへと投げつけた。


『ガスッ』


 小さいながらも、はっきりとした音が聞こえた。

 ゲオルニクスは体勢を崩しながらも、ジ・マを殴りつけたのだ。

 彼の一撃は、かすっただけでも、大きなダメージを与えたようだ。


「ウ・ビ! 助けて、ウ・ビ!」


 口から血を吐きながら、横たわったジ・マが叫び声をあげた。

 その姿は、再び薄くなっていく。

 さらにズルズルと這うように逃げながら、ジ・マの叫び声は続く。


「討源郷を……とう……ウ・ビ? ウ・ビ?」


 ところが、ジ・マは突如、叫ぶのをやめた。

 ゴロリとあおむけになった後は、ピタリと動きを止めた。

 カーバンクルに噛まれ、再び姿をあらわした後も、動かない。


「諦めただか?」


 警戒しつつ近寄るゲオルニクスにも、無反応だ。

 そして、それは彼が、ジ・マの足元に立った時の事だった。


「お前たち! ウ・ビを! ウ・ビを! 殺したのか!」


 突如、ジ・マがオレを見て、叫んだ。

 先ほどまでとは違い、その声は、はっきりと奴の方から聞こえる。

 奴は、バタバタと両手両足をばたつかせ、言葉を続ける。


「あぁぁぁ、イ・ア王妃も! あぁ、ウ・ビも! 2人がいない世界、一時、イヤ、存在したくない!」


 声は次第に大きくなり、甲高くなっていく。


「もぅ、もぅ、イーヤーだー。全て、全て、消えてしまえ!」


 そして、最後にそう言って、奴の体がピキピキと音をたてて、輝き出した。


「ノーム! スカポディーロを!」


 ゲオルニクスがそんなジ・マを見て、大声をあげた。

 直後、あたりが真っ暗になった。


「あれ?」


 気が付くと小さな部屋にいた。

 灰色一色の部屋だ。

 打ち放しのコンクリートに似た灰色の部屋。

 扉が一つ見えた。

 サムソンやプレインもいる。それにゲオルニクスも。

 しばらくして、壁の一方に亀裂が入る。

 亀裂は広がり、その先は外だった。

 そこには、銀と金の色をした塊が大量に散らばった地面が、広がっていた。


「なんて……なんてことだ」


 ヨロヨロと歩き外に出た、ゲオルニクスが呟く。


「どうしたんだ?」

「あいつ……ラザローをばら撒いちまっただ」

「ラザロー?」

「病をばら撒き、世界を汚す……モルススの兵器だ」


 そういって、ゲオルニクスは一方をジッと見た。

 彼の視線の先には、銀色のトーテムポールの破片があった。

 あれか……ラザローって名前なのか。

 しばらくジッとトーテムポール……ラザローをゲオルニクスは見ていた。

 その顔は、酷く痛々しかった。

 ややあって、彼は「ふぅ」と息を吐いた。

 それからオレ達を見た。

 先ほどとは違い、ゲオルニクスは笑顔だった。


「でも、よかっただよ。ノアサリーナ達が無事で」


 そして、そう言った。


「ありがとう。助かったよ」


 そんな彼にお礼を言う。

 お礼を言ったとき、安堵した。

 とりあえず脅威は去った。そう実感できて、安堵した。

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