第611話 閑話 血塗られた聖女(レイネアンナ視点)
「なんたること! なんたることで!」
私の前で女が叫んでいる
「頭がいかれている。狂っている。輝き、敬愛する、偉大な王の真似事まで! ラルトリッシに、ラルトリッシに囁くなんて! 不敬な!」
叫び続けている。
長く艶やかな銀の髪をした女が。
見事に仕立てた深い青の服を来た女が。
「次、次、そう……次に、いや、早急にジ・マと一緒に討源郷を使うのがいいでしょう」
叫び続ける彼女は私に気づいていない。
そして私はそのまま背後から彼女の胸を一突きにした。
「え?」
彼女は驚き振り向いた。
「誰……お前?」
そして、呆然とした顔で彼女は私を見つめていた。
「わたくしが、何処の誰かなど、どうでもいいでしょう? ウ・ビとか言いましたね。貴方が居ると、リーダ様達にとって邪魔となります。故に、狩らせて……頂きました」
「どう……いう……こと?」
「狩る者であれば、狩られる覚悟はあっても当然では?」
「なぜ?」
「黄金郷を捨て、この地に舞い戻り、叫びましたよね? それで、場所がわかりました。迂闊な貴方のお陰です。ありがとう」
自分でも驚くほど冷たい声で目の女ウ・ビに言い放った。
続いて、小さく声にならないつぶやきを口にして、ほのかな光を放つ扉を作り出す。
こうすれば、この地にて他者を殺せる。
なぜだかわからない。それでも、こうすればいいと知っていた。
闇夜の空間。床は格子状に淡く光る不思議な場所。
ここがどこだかわからず、どうやって来たのかもわからない場所。
ずっと前の事、私は錆びた鳥かごの中に閉じ込められていた。
闇夜の空から垂れ下がる茨に絡まった鳥かごの中に……私はいた。
ノアを見捨てた私に対する罰……そう、理解した。
「あぁ」
嘆きの声をもらし、私は鳥かごの柵に背を委ねて目をつぶり息を吐いた。
何も見たくないと、目を閉じた私に見せつけられたのは、暗い暗い現実だった。
ノアはあの暗い地下室でずっと立っていた。
魔法陣はキラキラと輝き、それを見つめるノアは静かに立っていた。
「ノア」
私は思わず声を上げた。でも、その声は届かない。
思わず目を開くと、そこはまた暗闇に浮かぶ鳥かごの中だった。
しばらくして、目を閉じて見える光景は、誰かの目を通じて見ている風景だと気がついた。
「では、ノアサリーナ。その輝く魔法陣に手をついて、願いを口にしてみてはいかが?」
その目の持ち主は、ノアにそう囁いていた。
目に涙をためたノアが、言われるがまま魔法陣に両手をついた。
「ダメ!」
私がそう叫ぶも、その声はノアには届かない。
その先を見たくなくて、私は目を大きく見開き、そしてうずくまった。
私は罰を受けているのだと思った。自分の……子殺しの罰を。
一人残されたノアが辛い死を迎えるまで、見届けると言う罰を。
もしかしたら……。
これは罰なのだ。受けなくては。
そう考えて私は再び目を閉じた。
目を閉じた私が見たのは、見知らぬ男女が言い争う姿だった。
何が起こったのか分からない。
「ノアは? ノアはどうしたの?」
私はそう呟き首を振るが、視界は動かない。
もし、ノアが、すでに死んでいたのなら……。
私は罰からも逃げた事に恐怖する。
それは、その時だった。
リーダが現れたのはその時だった。
彼は不思議な人だった。
言い争っていた男女が、彼の言葉で楽しく笑い出した。
続けて、部屋の片隅で座り込んでいたノアに彼は声をかけて微笑んだ。
何が起こっているのかわからなかった。
そしてその先の流れも……。
奇跡は、止めどなく続いた。
ノアはとても楽しそうに笑っていた。
その姿だけで、目を開いたときに見える真っ暗な闇の空間すら、希望に満ちて見えた。
やがて私の視界は、ロンロという不思議な存在を通して見ている光景だと分かった。
加えて、リーダ達が、遠くの世界から来た人だったということがわかった。
私とノアにとっての希望に満ちた世界は、彼らが歩むはずだった素晴らしい未来の犠牲があって成り立つものだと知った。
奇跡はそれだけでなかった。
彼らは私にも会いに来てくれた。
リーダの声で、鳥かごから抜け出す勇気をもらった。
ミズキ様は、鳥かごの鍵をカチャリと開けて外へと誘ってくれた。
サムソン様は、何もないこの世界にも、法則があるのだと示唆してくれた。
プレイン様は、暗闇にも希望があると教えてくれた。
カガミ様は、私と一緒に泣いてくれた。
彼らは、ただひたすらに優しかった。
だから。
だから。
私は、ノアに姿を見せられなくても、心だけでも彼らと一緒に……。
そう考えて動く。
ノアや、皆の、邪魔になるものを消す。
だから、今は、目の前のウ・ビを炎で包み確実に殺す。
ノアやリーダ達の為に。
あともう1人……彼女も始末しなくては。
それは、ウ・ビの横に眠る女性に、視線を移した直後だった。
『ドシュ』
私の胸元を貫く音がした。
「狩る者であれば、狩られる覚悟はあっても当然では……だったかな?」
背後から、声が聞こえた。
聞いたことのない、美しく澄んだ男の声。
振り向いた私が見たのは、1人の男だった。
水色の髪をした男。
目は髪で隠れていたが、口元の形から微笑んでいる事がわかった。
髪の間からチラリと見えた瞳は、私を見ていた。
「名乗っておこうか。私はセ・スという。王妃イ・アを殺害したのは、其方で間違いないようだ。犠牲は大きく、身は引き裂かれそうだが……始末できて、良かった」
抑揚のない声に、あざ笑うような冷たさを感じる。
『カラン』
それと同時、乾いた音がした。
私の持っていた剣が地面に落ちた音だ。
力が抜けていく感覚がないのに、力は抜けていく。
そういえば、先ほど、胸を貫かれた時にも痛みはなかった。
「この地にて、王たる血脈の我らが許さぬ存在……かような其方が魔法を使い、他者を害したのは驚くべき事象だ」
私を見つめる男……セ・スは静かに語る。
声は抑揚のないままだが、僅か見える口元はずっと笑っていた。
「同胞……囮に?」
頭に浮かんだ考えをセ・スに問いただす。
彼は危険だ。そう私の心が叫ぶように訴える。
だけれど、私には何も出来ない。
力は抜け、床にひれ伏した私からは、とめどなく血が流れた。
血はジワジワと広がり、円を描く。
「死の無い世界だ。理想郷を持ち出した、その罰としては釣り合う」
違う。ウ・ビが死んでいる事を、彼は知っている。
それなのに、知らない振りをしている。笑いながら、知らない振りを楽しんでいる。
「嘘……。貴方は知っている。笑っている」
なんとかしなくては。
力を振り絞り、私は片手を持ち上げる。
『パシャン』
そして床を叩いた。
血が掌に当たり、水音がした。
何故かはしらないが、私は知っている。
遠く離れた場所に逃げるすべを。
だから、実行した。
「……」
しばらく、何も起こらなかった。
やがて、微かに声が聞こえるようになった。
意識は薄れ、感覚も無い。
だけど、声だけが聞こえた。
私は逃げる事ができたのか、それすらわからない。
「……それは、血塗られた聖女……名はレイネアンナだ」
やがて声の主はセ・スだと気がついた。
「そうですか。聖女……計画の道具ですか」
それから、もう一人……知らない人の声。
「奇妙にして不気味な事だ。名もなき血塗られた聖女に、名が有り、この地にいた。その身体はアストラル体のごとく実体を感じさせなかった。加え、我らのごとく、この地を自由に動き、扉さえ作ってみせた」
「王はその事を……」
「どれ一つとして聞いたことがない。まず、血塗られた聖女は、不完全な世界にて踊る者だ。ここに在る必要はない。そこから奇妙でしかない、故に驚き取り逃がしてしまった」
「左様で。それでは、まずは……レイネアンナという大罪人を探しましょう」
「確かに、剣聖ク・トの言う通りだ。もっとも、神たる私が手をくだし……」
セ・スと、誰かの話し声が聞こえる中、私の意識は消えていく。
何も見えず、真っ暗な中で……やがて、話し声も聞こえなくなった。
代わりに私を迎えたのは、とても心地良い静寂だった。
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