第610話 きょうじん

「リーダ!」


 カガミが必死の声でオレを呼ぶ。

 慌てるのは理解できる。

 ノアは、ノイタイエルの方角を示し倒れた。

 ピッキーは黄金の彫像に。

 サムソンも黄金の彫像に。

 そして、オレの右手も黄金に。

 黄金は、腐敗する。

 ゆっくりだったソレは、今や急速に。

 このままでは、あっという間にピッキーとサムソンは腐り落ちてしまう。

 そうなれば、助からないだろう。

 時間はない。

 でも。

 でも、馬鹿が……。

 馬鹿がヒントをくれた。

 あのウ・ビが。

 オレ達全員が無事生還するヒントをくれた。


「タイマーネタを」


 オレはボソリと呟き、魔導弓タイマーネタを取り出す。

 巨大な弓バリスタを模した彫像型の魔導具。古代兵器として、すさまじい破壊力を持つ魔導具。


「スライフ。タイマーネタに触媒をセットしてくれ」


 触媒のセットと、方向の調整はスライフに任せれば良い。

 念力でも出来ることだ。

 スライフであれば、より正確に進めてくれるだろう。


「了解した。だが、その魔導具を我が輩が使う事は出来ない」

「大丈夫だよ」


 短時間で、一瞬で、ケリをつける。

 遠く離れたノイタイエルを破壊する。

 タイマーネタで。


「黄金化は、どうするんですか? タイマーネタは触れないと起動しないと思います」

「問題ない。大丈夫だよ」

「大丈夫って……」


 ノアがあれだけ頑張ったのだ。

 そして仲間の命がかかっているんだ。躊躇は出来ない。


「サラマンダー!」


 大声でサラマンダーを呼ぶ。

 あいつは、オレ達が黄金郷に襲われた時、家にいた。チーズを焼くために。


「ギャウギャウ」


 問題ない。毛先が燃えている小さな猫に似た外見をしたサラマンダーが、オレの足下に姿を見せた。瞬間移動したかのように、パッと出現し、オレを見上げて吠える。


「サラマンダー! オレの右手を溶かせ。黄金を。右手の黄金を熱く熱く、熱してとかせ」

「ガル、ガルルゥ」


 右手が熱を持つ。

 チリチリと顔の皮膚が焼けたように熱を持った。

 そして、予想していたパターンで一番いい結果が起きた。

 やはり熱だった。

 なぜ、ここが暑いか。

 最初は、喉を渇かせて苦しませる為だと思った。

 でも、違う。

 黄金を腐らせるために、早く腐敗させるために暑くする必要があったのだ。

 だから、熱で、サラマンダーの力で、黄金は腐る。

 解けるより前に、オレの右手が腐っていく。

 ジュウジュウと音と共に、肉が焼ける匂いがした。

 自分の肉が焼けているのに不思議なものだ。

 ポトリポトリと、焼け落ちる肉と一緒に白い骨が見える。

 指の骨だ。

 自分の骨なのに、実感が持てない。


「リーダ」

「大丈夫だよ」


 ミズキはたまに心配性だ。

 問題ない。すぐに解決する。


『カン』


 白く露出した腕の骨がタイマーネタに当たり、乾いた音がした。

 仲間が助かるんだ。

 自分の腕くらいどうでもいい。

 それに、全部解決すればエリクサーで帳尻もあう。


「ラルトリッシに囁き」


 定められたキーワードを叫ぶ。


「右手は体を、左手は剣を」


 何度も使っているから、キーワードを言うのは慣れたものだ。

 言葉を続けるに従って、露出した腕の骨を通じ魔導具に魔力が流れ込む。

 右手を黄金の塔に向ける。

 そして、骨の露出した右手で狙いをつけて、右肩に置いた左手をサッと動かす。

 次の瞬間、魔導具は発動した。

 狙いをつけた光線が、巨大なバリスタを模したタイマーネタの先端から放たれる。

 カッと辺りが明るくなり、立ち塞がる黄金の犬と黄金の町並みを貫く。


『ゴォォン!』


 突如、鐘の音が鳴り響いた。

 せり上がった光線が、黄金の塔にぶつかる前に、空中の何かにぶち当たり鳴った音だ。

 何も無い空の空間に、小さな黄金の飛行島が見えた。

 タイマーネタの光線は、その飛行島に似た何かをはじき飛ばし黄金の塔を貫く。


「自分の腕を、燃やした?狂っている……こ、この狂人が! そのうえ! そのうえ、ラルトリッシに? 囁くなんて!」


 頭上から、ウ・ビの悲鳴に似た声が聞こえた。

 なんか、しょっちゅうラルトリッシに囁きって部分に驚かれるな。

 イ・アもそうだったし、そんな驚く事だったら聞いとけよ。誰かに。


「まだだ! まだ! ラルトリッシに囁き……」


 まぁ、いいや。

 敵が苦しむなら、オレの行動は正しいってことだ。

 もう一撃!


「なぎ払え!」


 上空のウ・ビを指さし叫ぶ。

 スライフがオレの意を汲んでタイマーネタを振り回す。


『ズズ……ン。ズズン』


 タイマーネタの光線がウ・ビを貫いたと同時、地鳴りが起こった。

 黄金の町並みに、突如赤い色が広がった。

 続けて火の手があがり、黄金の町が、大きく揺れ続ける。


「がはっ」


 オレの背後で、誰かが咳き込んだ。


「リーダ! サムソンが」


 振り向くとサムソンが咳き込んでいた。

 呪いが解けた。

 ノイタイエルをブチ壊すつもりだったが、呪い解除のおまけ付きだ。


「サムソンにエリクサーを。ピッキーは無事か?」

「皆、大丈夫」

「それより、なんか、ここ、ボロボロ崩れてる」


 問題は解決した。

 長居はしない。


「それじゃ、さっさと出て行こう。オレ達の飛行島で」


 さっさとタイマーネタを影に落とし込み。

 ノアを抱えて走る。


 まるで床に落としたばかりの皿のように、オレ達の飛行島はグラグラと揺れていた。

 海亀が、揺れる飛行島にタックルして、揺れを止める。

 茶釜が獣人達3人を乗せて、大きく飛び乗ったのを皮切りに、皆が飛行島へ飛び乗る。

 緊急事態を察したロバも、サムソンが飛行島に乗り込むサポートをしてくれた。

 最後に、カガミが念力の魔法を使い、海亀を飛行島へ迎え入れた。


「全員乗ったか?」


 サムソンが大声をあげた。


「乗ってます!」


 カガミが答えた直後、オレ達の飛行島が大きく揺れて浮く。

 浮き上がる飛行島と、亀裂が入り壊れ、落ちていく黄金の町。

 追っ手はいない。


「助かったぁ」

「リーダが腕を溶かすなんて思いませんでした。それより、早くエリクサーを」


 そうだった。興奮していて忘れていた。

 エリクサーを飲まなきゃな。

 カガミからエリクサーを受け取り、一息で飲みこむ。


「マジか! 頭上! ガーゴイルだ!」


 復活した右腕を握りしめたとき、サムソンの声が響いた。

 続いて、飛行島全体に影が差す。

 安心できたのは、ほんの束の間の事だった。

 見上げるオレ達の目に映ったのは超巨大ガーゴイルの顔だった。

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