第607話 おうごんきょう

「リーダ……」


 ノアがオレの袖を掴んだ。


「大丈夫」


 見下ろして、ノアの頭に手を乗せようとした時だ。

 オレの目に、金に変わりゆく自分の右手が映った。


「あっ」


 ノアもそれに気づき、即座に手を放した。

 ジュウジュウと音をたて、金に変わる状況は、オレの肘手前で止まった。


「触った物が……金になる?」


 何処かで聞いたことがある。なんだっけかな。触った物が金に変わる呪い。


「黄金の呪い……」

「ロンロ、知っているの?」

「えぇ。ノア。でも、これは、金貨を複製したときにしか……」


 そういえば、少し前に聞いたな。黄金の呪い。

 金を複製した人間が受ける呪い。

 同僚達も、チッキーもトッキーも、知らないようだ。

 知っていそうなのは……。


「スライフ」


 知っていそうな黄昏の者スライフを呼び出す。

 オレに呼びかけに応じ、何も無い所からヌッとスライフが現れる。

 ゴツイ悪魔にしか見えない、黒に近い紫をしたスライフが静かに辺りを見回す。

 よく考えれば、ラミアとの戦いにもコイツを呼べばよかった。

 焦って、頭が回っていなかった。

 冷静にならなきゃな。


「金貨を複製したのか?」


 いつものように現れたスライフはさすがだった。

 見た直後に、これが黄金の呪いだと気がついた。


「一目でわかるんだな」

「普通の金とは違う。黄金の呪いによる金は腐敗する。そして、その呪いでは骨は骨のまま残る。骨は黄金の呪いには影響を受けない。だから、あちらの子供……」

「ピッキーの事か?」

「よく見るとわかる。肉ではない歯は黄金ではない」


 確かに、よく見るとピッキーの歯は白い。

 なるほど、そういう見分け方があるのか。

 そして、骨は呪いの影響は受けないか……。


「歯で触れば黄金化はしないのか?」

「理論上ではそうだ」


 エリクサーのビンを歯で咥えれば……。いや、ダメだ。飲み込む時に、黄金化してしまう。


「ところで、オレ達は金貨を複製していないのに、こうなったんだ。それで、解除する方法はあるのか?」

「我が輩にはわからない。だが、一般的な黄金の呪いであれば、対応する王剣を破壊すれば解呪される」


 一般的だったら、王剣を壊せ……か。

 だったら、オレ達の呪いにも、対応する何かがあるのか。

 チラリとサムソンを見る。

 思っていた以上に傷は深そうだ。

 エリクサーが飲めないのは辛い。

 手を考えなくては。


「相談はお仕舞い? 早く治さなくては、その男、死んでしまうのでは、はてさてそれは可哀想でございます」


 頭上からウ・ビの馬鹿にした声が聞こえる。


「ぬっ」


 そんな時、スライフが呻き声をあげた。

 ハロルドだ。

 スライフの背中を踏み台に、ハロルドが飛び上がる。

 標的はウ・ビか。

 高く飛び上がったハロルドが、にやけ笑いのウ・ビに飛びかかる。

 だが、攻撃は当たらない。

 軽く飛び上がったウ・ビは、ハロルドの噛みつきをフワリと避けた。


「このウ・ビ、ダンスに心得がありますれば」


 そして、そう言い残し、ウ・ビは急上昇してやがて見えなくなった。

 結局、黄金郷とかいうこの場所に、オレ達は取り残された。

 横になったサムソンは、苦しそうだ。息が荒くなってきた。


「リーダ……俺はダメそうだ」


 オレと目があったサムソンが、弱々しく言った。


「ちょっと、サムソン。なんとかするから、なんとかするから」

「いや。カガミ氏。エリクサーが使えない。手段は限られている」


 カガミの言葉に、サムソンがピッキーをチラリと見て応えた。

 言いたい事がわかった。


「何か言い残すことはあるか?」

「黄金の呪いを解く方法はわからないが、ノイタイエルを探せ」

「ノイタイエル?」

「そうだ。この黄金郷……の、ノイタイエルだ。見つけて触れば金塊になるんだろう? そうしたら、飛行島のノイタイエルは自由になる」


 オレ達の飛行島は、強制的にこの黄金郷にあるノイタイエルと連結状態にある。

 片方を破壊することで連結を解除か。


「あとは……キーワード、起きるべきは物見の家。ゆくべき土地はギリアと言えば、飛行島はギリアへ飛ぶ」

「逃げろと?」

「多分、この土地から離れれば、呪いは解ける。条件……あるんだ。現に、俺達、飛行島に」

「もういい。あとは任せろ」


 サムソンの胸元に触れて、黄金化する。

 彼は金の彫像になってしまうが、怪我の悪化は止まる。


「リーダ」

「大丈夫だよ。ノア。サムソンが言ったとおりだ。ノイタイエルを探し、破壊する」

「それから、飛行島に乗って、皆で脱出ってことだよね」

「そうだ。敵の狙いにわざわざ乗る必要はない」


 とりあえず方針は決まった。

 ノイタイエルを探す。魔物が出ても、ハロルドがなんとかしてくれるだろう。

 問題は、敵さんのノイタイエルが何処にあるかだな。


「スライフ。この……黄金郷のノイタイエルの場所、わかる?」

「ダメだな。場所の隠蔽がなされている。ある程度、近くになければ探知できない」


 スライフだったら見つけてくれるかなと淡い期待をしたが、ダメだった。

 しばらく考えるような素振りをしたスライフの答えは、残念なものだった。


「さて、どうするかだ」

「探すのって、ノイタイエルだよね。あの緑色の」

「ここって、どれくらいの広いんスかね」

「あのね。すれ違う時、端から端まで数えたら17数えられたよ。いーち、にーって」

「スピードが一定だったとして……そこまで広大ってわけでは無さそうに思います」

「起伏はあるけど、茶釜いるしね」

「バウッワウ」

「でも、茶釜に乗ったら金になるっスよね?」

「黄金の呪いはぁ、地肌が触れてなければいいのぉ。立ったまま乗れたら大丈夫なはずよぉ」


 皆で、アイデアを出し合う。

 途方もなく広い場所ではないが、人の足では距離がある。

 しかも、それなりに起伏のある黄金の町だ。


「どうやってノイタイエルを探すかだ」

「えぇ。それに急いだほうがいいと思います。蒸し暑いので、すぐにバテそうです」

「手がかり……」

「そうだね。ノアノア。手がかりが欲しいよね」


 確かに。

 方角くらいはわかればいいな。

 上に飛ぶウ・ビを上手く言いくるめて……虫が良すぎるか。


『カチャリ……』


 そんな時、ほんの微かにだが、小さな音が聞こえた。

 なぜ、その音が気になったのかはわからない。

 でも、気になって、音がした方に目をやる。

 そこにあったのは、ミズキが手にしていた魔剣。

 黄金の塊になった魔剣。

 そして、オレが目にしたのは、その一部が変色し、崩れ落ちる瞬間だった。

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