第608話 しょけいじょう

 スライフは言った。

 黄金の呪いによって変化した黄金は、普通の鉱物と違い腐敗すると。

 腐敗し、後は黄金化の対象外である骨だけが残ると。

 漠然とだが、腐敗するまでに要する時間は、長いものだと思っていた。

 いや……思い込んでいた。


「リーダ?」

「何でもないよ。ノア」


 小さく左手を振ってノアに答える。

 それから、黄金化した右手を見る。

 よく見ると、微かにだが指先と手首の辺りが変色している。

 ピッキーは? サムソンは?

 大丈夫だ。まだ2人に変化は無い。

 サムソンが嘔吐した黄金化したエリクサーは……。

 腐っている。エリクサーが入っていた小瓶も。


「腐っている?」


 いつの間にか横にいたカガミが、小声で言った。

 彼女は、しゃがみ込み、腐りかけた金色をしたエリクサーの小瓶をつつく。

 それは再び黄金化することなく、ボロリと崩れた。


「予想以上に早い」

「えぇ。それに……黄金化した時の大きさで、腐敗の速度が違うようです」

「速度?」

「ほら、エリクサーはすでに腐敗しきっています。でも、小瓶も、あちらの剣も、まだ黄金の部分が残っています。少しだけ」


 確かにカガミの言う通りだ。

 それで、ピッキーとサムソンは変わっていないのか。しかし、それは気休めに過ぎない。


「え? 腐っているの?」


 オレの後で様子を伺っていたミズキが大きな声で言った。

 皆を不安にさせないように、小声でしていた相談がパーだ。

 パッとミズキに向き直り、唇に指をあてたが遅かった。

 トッキーとチッキーが、不安げにオレ達を見ていた。


「素晴らしい! なんて、聡明なのでしょう」


 さらにダメ押しとばかりに、頭上から声が降り注ぐ。

 ウ・ビの声だ。

 そして、楽しそうなウ・ビは言葉を続ける。


「ここは処刑場。いつまでも、待つ気は無いのございますれば。暗くなる前に、そこが家畜は、腐り落ちる運命。それが運命。そうなれば、もう、戻りません。たとえ、黄金郷から逃げても、腐り落ちた黄金は、腐った肉に変わるのみでございますれば」

「少し待ってくれてもいいじゃないか」

「うっふふふふ。それは……かの有名な命乞いでございますか。あー、気持ちいい響き。もう一度、もう一度、必死の声でお願い致します。泣き! 叫ぶように!」


 調子に乗ってやがる。

 だけど、分かったこともある。

 時間が無いこと。

 そして、黄金郷から逃げることができれば、黄金化は解除されることだ。

 スライフが黄金化の解呪について言及していたので、確信はあったが、これで確約がとれた。


「リーダ」

「あの……ご主人様」

「兄ちゃんが……」

「とりあえず、ミズキも、皆、落ち着け。手を考えるんだ」


 やれる事からだ。

 ノイタイエルを探す。ウ・ビを倒す。

 いや、ウ・ビはおいておこう。まずは脱出が最優先だ。

 ロンロとスライフに、くまなく飛び回ってもらうか……。

 いや、ダメだ。埋められていたら、空からは見つけられない。


「優しいウ・ビ様がヒントを差し上げましょう。そ、れ、は! 黄金の呪いを解除する方法です。あっちと、あっち……それから、あっち。その何処かに解除の魔導具があるのでございます」


 焦るオレ達に、頭上のウ・ビが、町の何点かを指さし笑う。

 塔のような建物や、細長い城。どれも、言われれば特徴をもった建物だ。

 話に乗るか……でも、罠だろう。それにオレ達が探すのはノイタイエルだ。

 緑に輝く円柱形の魔導具ノイタイエルだ。


「ノアノア、何をやってるの?」

「魔法……でも……」


 そんな時、ミズキがノアに声をかけた。

 ノアは地面に魔法陣を描き、何かの魔法を詠唱しようとしていた。


「これ……」

「うん。使い魔の魔法陣」


 そうか。使い魔。ノアが練習していた使い魔の魔法か。

 蝶々が、捜し物を見つける魔法。


「これ、少し間違えてる。ここ」

「本当だ」

「落ち着いて」


 カガミのアドバイスを受けて、ノアは魔法陣を訂正する。

 そいて再び詠唱すると、魔法陣が光り、しばらくして小さな蝶々が現れた。

 蝶々はヒラリヒラリと飛び始める。


「やった!」


 ミズキが笑顔になる。

 あとは、あの蝶々を追いかけていけばいい。

 ハロルドにお願いするか。身軽なミズキとペアで。そして、ノイタイエルを破壊するなり、触れれば解決。


「不正な行いはなりません」


 だが、それは甘かった。ウ・ビには、見逃す気がない。

 頭上からパラパラと、小さく白いものが落ちてきた。

 まるで、雹のように見えたソレは、地面に落ちたあと膨らんだ。

 そして、金色の痩せこけた犬の姿をとった。

 そのうち一匹が蝶々に襲いかかる。


「ガルゥ」


 ハロルドが一匹の攻撃を阻止したが、別の犬が蝶々を食べてしまった。


「もう一回!」


 ノアが叫ぶように言った。


「とりあえず、あの犬を倒すっスよ」


 取り囲むように出現した金色をした犬の群れを見て、プレインが言った。

 ミズキも臨戦態勢を取る。

 咥えて茶釜も、すっくと立ち上がって戦う気だ。

 そして、2度、3度と蝶々が飛ぶ。

 ハロルドとプレイン、そしてミズキが蝶々を守るように動き、茶釜や残った人間がノアや獣人達を守る。

 でも、上手くいかない。

 ヒラヒラと舞う蝶々の動きは予想しづらく、小回りのきく犬は、すり抜けて蝶々を食べてしまった。

 武器を持てないオレ達には、痩せこけた犬とはいえ倒しづらい強敵になる。


「もっと、もっと……」


 ノアが呟きながら魔法陣を見つめる。


「私も、使い魔を使います」


 カガミもノアの応援に回る。


「ズルは、卑怯な行いでございます。足で稼ぎ、涙を流し、努力すべきでしょう。立派な家畜は、無駄な努力をするのがよろしいかと考えますれば」


 さらに頭上からウ・ビの声と共に、白い石が降ってきた。

 犬はさらに増えていく。

 いつの間にか、何百匹もの犬がオレ達を取り囲む。ギラギラと輝く、やたら目障りな黄金の犬だ。


「先輩!」


 プレインが泣きそうな声でオレを呼ぶ。


「うふふふひひひゃひゃひゃ! 諦めましたか。絶望したでございますか? やりました! イ・ア様! 早く来て下さいませ、ジ・マ。それに、セ・ス殿下! ここに、愚かな家畜の絶望する姿があるのです!」


 けたたましい笑い声と共に、ウ・ビの声が聞こえる。

 勝ち誇った声だ。

 だが、知ったことではない。

 負ける気も、絶望する気もない。


「もっと、もっと……」


 そして、それはノアも一緒だ。呟き、呟き、そして繰り返し魔法を使っている。

 カガミも、魔法陣を描き終えた。

 そうだよ。皆で考えつつ、対処するのみだ。

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