第606話 らみあ

「チッキー達は、私の後に」


 ミズキが一歩ラミアに近づき、小声で指示をだした。

 それに従って、チッキー達獣人3人は移動する。


「グルル……グルルルル」


 にらみ合いが続く。

 ラミアは動かなかった。奴は、うなり声をあげるだけだ。

 上半身だけは人の姿をしているが、知能は低いらしい。


「すまん」


 そこに、サムソンが合流する。

 さて、どうするか。


「兄ちゃん!」


 突如、チッキーが悲鳴をあげる。

 振り向いたオレが見たのは、予想外の状況だった。


「えっ……あっ、あぁ」


 ピッキーが、呻き声をあげて、ゆっくりと金色に変わっていった。

 ジュウジュウと、まるで肉が焼ける音をたてて、金に変わっていく。

 それはすぐに終わった。あっという間に、ピッキーが金の彫像に変化した。


「何が?」

「分からない……、気付いたときには、金に……」

「ミズキお姉ちゃん!」

「しまっ」


 ブゥンと風切り音を立てて、ラミアの平手がミズキに振り下ろされた。

 ピッキーに気がいっていたミズキの行動が遅れる。

 落ち着いて考える隙すらない。


『パァン』


 平手打ちの音が響く。

 ミズキが吹き飛ばされるが、なんとか体勢を立て直し着地した。

 側に落ちた剣を拾い上げ、彼女はすぐさまラミアに反撃する。


『パリィン』


 何かが割れる音が鳴った。

 ミズキの攻撃は通じない。それどころか、ミズキの魔剣が砕け散ってしまう。

 そして、彼女の手に握られていたのは、魔剣ではなく、金塊だった。

 剣の形をした金塊。

 さっきから、何が起きている?


「何かみたか?」

「見てない……、なんか急に、金色に」


 ピッキーが金塊に、そしてミズキの剣も……。

 異常事態が起きている。

 でも、なんだ、この状況。


「ワン! ワン!」


 ハロルドが吠え声をあげる。

 そうだ。ハロルドが何か知っているかも。


「ノアちゃん、呪いを解いて」

「ダメなの、今日はもう解いて……」


 そういえば、最近はずっとそうだった。呪いと戦う訓練とかで、朝方に呪いを解いていたんだった。


「グギュルルルル」


 ハロルドは、聞いたこともない声で、低く唸っていた。


「カガミ」

「え?」


 ところが、考える余裕はやはりない。

 ミズキがカガミの名前を呼ぶと同時。


『パァン』


 むち打つ音がした。

 蛇の尻尾が素早くうねり、カガミを背後から襲ったのだ。

 しくじった。ラミアの上半身ばかりに気を向けていた。


「大丈夫か?」

「な、なんとか」


 ラミアの攻撃をギリギリで避けたカガミが笑う。

 だけれど、無傷とはいかなかったようだ。

 彼女は、片手をだらりと下げていた。


「リーダ! 代わりの剣を頂戴」


 すぐさま剣を影からとりだし、ミズキに投げる。

 だが、それは無駄だった。彼女の手に渡ったのは、いつの間にか金塊に変わった剣だ。

 先ほどから、なんだ、これ。

 武器が……。

 不味い。ラミアに決定打を与えるはずの武器が金に変わる。

 魔法で対応するか。詠唱時間をどう捻出する……。

 ラミアがこちらの隙を狙っているのは明らかだ。

 時間はかけられない。


「アォーン」


 次の手を考えているとき、ハロルドが大きく吠えた。

 いままで聞いたことのない大きな声だ。

 そして、ハロルドが巨大化した。

 青く銀色に輝く巨大な狼になったハロルドが、ラミアの喉に食らいついた。

 さっきから、予想外の事ばっかりだ。

 でも、ハロルドの、これは良い予想外だ。


『ゴキン』


 骨の砕ける音がして、ラミアが倒れた。

 一瞬で終わった。


「すごい。ハロルド」


 ノアが賞賛の声をあげる。

 ところが、ハロルドは警戒を緩めない。

 倒れたラミアの頭に乗って、上を見上げ唸るだけだ。

 何かいる?

 ハロルドが見つめる先に、絨毯が浮いていた。そして、その上に乗る人影も。


「誰だ?」

「あらら、バレてしまいましたか」


 オレの声に、絨毯に乗った人物が立ち上がる。

 それは、メイド服を着た女性だった。

 でも、ただメイド服を着ているわけでは無い。全身にジャラジャラと宝石をつけた、派手すぎる格好だった。

 パルパラン?

 以前に出会ったパルパランを思い出す。奴の仲間か?

 そうであれば、目的はオレ達だ。


「イ・アの部下か?」

「高貴なお方を! 高貴なお方を! その名を口から吐くな!」


 当たったようだ。

 激高した奴は、身を乗り出してオレを睨む。

 それから、両手を大きく挙げると、にたりと笑い口を開く。


「まぁ、まぁ……良いでしょう。あにゃた……いえいえ、あなた達のこれからを思うと、怒るのも無駄な事。ここは我らにとっての理想郷。黄金郷」

「黄金郷?」

「そう。黄金。そして、あなた達にとっては、思想犯矯正処刑施設。つまりはぁ、ゴミのような考えを持った者を、正し、後悔させ、そして処刑する施設なのでございます。故に、この場にて苦しむのはお前達、明るく愉快にのたうちまわってくださいませ」


 奴は言いながらクルリと回る。その足下には酒瓶があったようだ。絨毯から転がり落ちた酒瓶が、地面に落ちて割れた。蒸し暑い空間に、お酒の匂いが漂った。


「次はお前が相手ってことか?」

「いぃえ。違うのでございます。野蛮ではありませんですの。安寧こそ一番。その証拠に、これを差し上げましょう」


 何かが上から落ちてきた。奴が投げ落としたのは、小瓶だ。


「あれは?」

「傷を癒やす霊薬。そこが臭い男に与えてごらんくださいませ。感謝し、使うとよろしいのでございます。そう、感謝し、この識見監理省が第一席、ウ・ビを崇めるがよいでしょう」


 そう言って、奴は……ウ・ビは、両手の人差し指でサムソンを指した。

「怪我しているのか」

「あぁ、さっき木片が刺さったようだ」

「エリクサーいる?」

「持ってる」


 小声でサムソンに確認を取ると、大事なさそうだ。

 エリクサーがあるのは本当に便利だ。


「そぉうそぉう。あちらに、美味しいお酒に、甘い甘い果物も用意いたしました」


 安心し、視線をウ・ビに戻す。

 目の合った奴は、上機嫌でクルクル回り言う。

 何がしたいんだ。あいつ……。


「オェエ……」


 サムソンが嘔吐した。


『カラン』


 澄んだ金属音が鳴る。

 涙目でサムソンが吐き出したのは、金の塊。

 それは、サムソンの吐き出した金が、地面でぶつかる音だった。

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