第605話 れんけつしたノイタイエル

 玄関に立ち、辺りを見回す。


「なんか眩しいな」


 それが第一印象だった。

 緩やかな山の斜面に沿って、黄金の町が広がっていた。

 生き物の気配がない静かな町は、日の光を反射してキラキラと輝いていた。

 その反面、オレ達の飛行島は酷い物だ。

 破片が散らばり、そして、黒ずんだ泥の山がまばらに落ちていた。


「蒸し暑いっスね」


 プレインが、手でパタパタと扇いでぼやく。

 むわっとした湿気を含んだ空気が辛い。ひどい熱気に、汗が噴き出す。


「少し、テーブルを動かしたい。手伝ってくれ」


 外を見ていると、背後から声がした。

 サムソンだ。2階から降りてきたらしい。

 部屋に戻ると、ピッキーとサムソンが、テーブルの脚を弄っていた。

 テーブルは床と固定されている。それをはずそうと言うのだろう。


「何をしたらいい?」

「プレイン氏と一緒に、テーブルを持ち上げてくれ」

「了解」

「それから、ミズキ氏は絨毯を剥ぎ取ってくれ」


 サムソンの指示を受けて行動する。テーブルを持ち上げ、絨毯を剥ぎ取る。

 斜めに傾いた飛行島では、大変な作業だ。


「床から、ノイタイエルを取り出せるんですね」

「あぁ、いつも下に潜るのは大変だからな。細工した」


 絨毯を剥ぎ取ると、床の一部に扉がついていた。

 床下収納の扉だ。カチャリと開けると、スッと緑色に光る円柱がせり上がってきた。

 飛行島の動力源となる魔導具ノイタイエルだ。

 だが……。


「なんだ、これ?」

「ヘドロ?」


 黒いタールのような物が、ノイタイエルに絡みついていた。


「ノイタイエルに、異常が起きたと思っていたが……これか」


 サムソンが忌ま忌ましげに愚痴る。


「取り除くか?」

「そうだな。誰か、バケツを……」

「分かったでち」


 それから、念力の魔法を使って、タール状の物を取り除く。


「エブオ粘菌……という物らしいです」


 バケツに貯めた物を見て、カガミが言った。

 粘菌……いつの間に?


「魔法陣だ」


 そして、一方サムソンは、ノイタイエルを見て声をあげる。


「魔法陣?」

「ノイタイエルに、魔法陣が描かれている……。これが原因で、ノイタイエルがコントロールを失ったようだ」

「どうするんスか?」

「恐らく、この魔法陣を消してしまえば大丈夫だ。……いや、絶対に解決する」

「自信あるんだな」

「フェズルードで手に入れた本を見せてくれるか?」


 言われるがまま、本を取り出すと、サムソンがパラパラとページを捲った。

 そして、本の一部を指さす。


「これ?」

「やはり同じ物か。これは連結の魔法陣だ。近い距離においたノイタイエルを連動させる効果がある」

「よく分かったな」

「実は、このノイタイエルが納めてある場所の壁にも、同じ物がある。それで、この飛行島を構成する3つのノイタイエルを1つの物として、作動させているんだ」

「連結の魔法陣を、何者かがノイタイエルに直書きした……という事ですか?」

「そう考えるしか無いと思うぞ」

「それ、消せるスか?」

「あぁ。表面を削れば大丈夫だ。慎重に削らないと割れるから、1時間程度は欲しい」


 1時間で解決するというのは朗報だ。

 早速とばかりにサムソンが作業に入る。この場は彼に任せるよう。


「周りを調べて見る? 探検って感じでさ」

「私がぁ、見てこようかぁ?」

「ロンロはともかく……、私達が行くのは危ないと思います」


 確かにカガミの言う通りだ。外に広がる黄金の町には興味があるが、ここは安全策で行くべきだ。

 ノイタイエルの細工といい、オレ達をここに留めたい意図を感じる。

 先ほどの魔物といい、警戒しつつ時間を稼ぐか。


「嫌な予感しかしない。ここに留まろう。ノイタイエルが復活したら逃げる」

「でも、追いかけてこないっスかね?」


 そうだよな。プレインが言うとおりだ。

 追いかけてくる可能性は捨てきれない。


「サムソンは、逃げ切れると思うか?」

「スピードは、あっちのが上だな。機動力はこっちが上だ。できるとすれば……下に勢いをつけて、地面すれすれで方向転換か」

「追いかけてくるじゃん」

「いや、地面すれすれまでは追いかけてこないと思う。あっちは急に止まれない。ヘタしたら、地面に激突する。タダじゃ済まないだろ」


 上手くすれば、相手だけが地面に激突か。ヘタすれば、こっちがペシャンコだけどな。


「目的は……目的って、本当に私達なんでしょうか?」

「カガミ姉さんは、違うと思うんスか?」

「ほら、ハイエルフの皆さんは、飛行島そのものが目的だったんですよね?」


 確かにそうだ。

 漠然とオレ達が目的かと思ったが、その可能性もあるな。

 つまり、ハイエルフと同じように、この飛行島が目的。

 それなら……。


「何かいます!」


 トッキーが大声をあげた。

 彼の視線の先、窓の向こうに、魔物の姿があった。

 巨人?

 窓越しに、大きな女性の顔が見えた。それは、大きく振りかぶって、家に向けて殴りかかろうとしていた。

 いつの間に?


「伏せて!」

「迎撃する!」


 カガミとミズキの声がほぼ同時に聞こえた。

 次の瞬間、窓が割れ、壁が砕けた。

 窓のサイズより少しだけ小さい魔物の手は、広間の壁を突き破り、こちらへと向かって伸びる。

 ミズキが斜めになった床を駆け上がり、魔物の手首を下から跳ねのけるように切りつける。

 だが、魔物の腕は止まらない。

 勢いの付いた腕は、天井へと向かう。


『バカァン』


 そして、けたたましい音を立て、天井を破壊した。

 さらには、2階までも破壊して空が見える。


「マジか! 操縦席が……」


 パラパラと落ちてくる木片にも気がつかないように、真上を見たサムソンが呟く。


「え? 操縦席?」

「動かせなくなるの?」

「いや。音声で……」

「待って、まだ終わってない」


 操縦席が破壊され焦るオレ達に、ミズキが警戒の声をあげる。

 確かにまだ終わっていない。

 そして、壊れた天井越しに、魔物の姿があらわになる。

 金色のフード付きマントを羽織った魔物だ。

 上半身は真っ白い肌の女性。下半身は毒々しいほどの緑をした蛇。長い髪は紫と黒のまだら模様。そして、鮮やかな赤い口からは、キラキラと金色の光が漏れていた。


「ラミア」


 ロンロが魔物を見て、声をあげる。

 そして、攻撃は終わらない。今度は真上から拳が振り下ろされる。

 加えて、地面がさらに傾く。

 あいつが何かしているのか。

 ガクンと一段階、さらに床が大きく傾き、部屋においていた物がゴロゴロと転げ落ちる。


「ひゃぁ」


 チッキーが小さな悲鳴をあげた。

 足を滑らせて、壁にぶつかったのだ。


「ひっくり返すつもりか?」


 さらに傾きがきつくなる。


「了解。ノアノアも逃げるよ」

「ピッキー君達も、玄関から下へ!」


 この場に留まることは難しいと皆が判断した。

 カガミが先行して、今や足下にある部屋の入り口から外に滑り降りる。

 それから、チッキー、プレイン……トッキーにピッキーと続く。

 あとは、ノアとサムソンか。


「ノア?」

「ハロルドと一緒に出る」


 そう言ったノアは、部屋の片隅にいたハロルドを抱え上げて外に出た。カーバンクルも一緒だ。


「サムソン」

「ノイタイエルをしまってから出る。先にいけ」

「手伝う」

「大丈夫だ。あと少し、先に行け!」


 怒鳴るサムソンに後を任せて、外に飛び出る。

 すぐさま、ノアから飛び降りたハロルドが、飛行島から飛び出てキャンキャンと吠えた。

 分かっているとばかりに、垂直近くにまで傾いた飛行島から降りる。

 先に降りた皆と合流したオレを待っていたのは、ラミア。

 それは、長い蛇の胴体で、飛行島とオレ達をグルリと取り囲んでいた。


「グルルル」


 うなり声を上げたラミアは、起こした胴体をオレ達に向けて威嚇していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る