第603話 まほうつかいのごるふ

 オレは飛行島の端に立ち、手に持ったゴルフクラブを強く握る。


「チャー、シュー、メン」


『パシュ』


 軽快な掛け声に合わせて振り抜いたゴルフクラブは、ボールに当たり、乾いた音をたてた。

 クリーンヒットしたボールは、遠くへ飛んでいく。

 視線の先には、左右に大きく揺れる三つの輪っかがあった。

 ところが、ボールは視線とは違う方向へと飛んでいく。


「変な方向にぃ、飛んで言っちゃったわぁ」


 誰に聞いたのか、キャディの格好をしたロンロがボールを追いかけていく。

 意図しない方向へ飛んだボールは、3つの輪っかとは関係無い方向へ飛んでいき、弧を描いて下に落ちていった。


「うーん」

「リーダ。470点だって」


 唸るオレの背後から、ノアの声が聞こえた。


「やっぱりさ。掛け声が駄目なんだよ」


 ヘラヘラと笑ったミズキが、オレを押しのけ、飛行島の端に立った。

 何も無かった彼女の足元に、フッとボールが出現する。


「がんばるでち!」


 チッキーの応援に、ミズキは軽く手を上げて答えた。

 ギリアへ帰るために飛行島の旅を初めて4日目、暇つぶしにとオレ達はゴルフをして遊んでいた。

 ただのゴルフではない。

 魔法で少々アレンジしたゴルフだ。

 最初は、ゴルフの打ちっ放しから始まった。

 ゴルフボールに細工をして、打ってから数秒後に所定の位置に戻るようにした。

 ボールが小さいことで、細工は難しかったが、技術的には簡単だった。

 今度は、それをどこまで遠く飛ばせるか、それを競うようになった。

 後始末が簡単な、打ちっぱなし場が飛行島に誕生したのだ。


「えっと……ミズキよりも飛んだかな」

「分かんないよね」


 ところが問題発生。飛距離がわからない。

 目視で確認しようとしていたのだが、すぐ無理だと気付いた。

 そこで、飛行島からどれだけ遠くボールが飛んだのかを魔法で計測するようにした。

 飛距離を競う。それはそれで楽しかった。

 だが。


「なんかさ、プレイン強すぎじゃない」

「実力っスよ」

「力勝負になっちゃうしさ。ノアノアに、チッキー達が不利じゃん」


 単純な打ちっぱなしでは、勝つ人が決まってしまい、思ったより面白くなかったのだ。

 そういうわけで、いろいろと面白くなるようルールを作っていった。

 そして今がある。

 結局、空中を3つの輪が、左右に揺れながら飛ぶ仕組みを採用した。

 一つ輪っかを通す事に1000点。3つとも通すことができれば3000点。1つも通せなかったら、一番近い輪からの距離で点数を決める。

 今はこんなルールでやっている。

 この程度のゲームなら、1日もかからずに作れるようになってしまった。

 魔法の使い方や、魔法の作り方だけではない。オレ達は、魔導具作りもレベルアップしている。


「そういえばクローヴィス君は?」


 軽い調子でボールを飛ばし、満足げなミズキが振り向いて言う。


「次のね、次の日に、遊べるって」

「そうかぁ」


 ちなみにノアやピッキー達は、今回のゲームに参加していない。

 子供用のゴルフクラブは、クローヴィスが借りて帰っているのだ。

 前回の勝負を、クローヴィスが母親であるテストゥネル様に報告した結果だ。


「クローヴィスにふさわしい武具は、ロウス法国の職人がつくるがよい」


 テストゥネル様の一声で、彼専用のゴルフクラブを作ることになった。

 ということで、ピッキー達がノアの為に作ったゴルフクラブは、今はロウス法国にある。

 やり過ぎなきゃいいけどな。

 クローヴィスに対する、テストゥネル様の過保護っぷりを知っているだけに、やや心配になる。

 なので、今日のノアは集計係なのだ。

 皆の点数を、書き記し、集計する。

 今は、ミズキがリードだ。1万点を超えている。

 ノアの側にある白いボードを見ると、ミズキがトップを独走していることがわかった。


「やった! 2つくぐりました」


 カガミは、素振りもなくサッと打ち、そして自慢げな声をあげた。


「カガミお姉ちゃん。2000点……です」

「合計は、暗算できるかな?」

「えっと……5410点……です」

「正解。ありがとうノアちゃん」

「えへへ」


 そうこうしているうちに、5順目が終わった。

 トップをミズキが独走している状態に変化はない。


「ちょっと休憩。喉乾いちゃった。そうだ。おつまみにチーズ焼いてくる」


 当のミズキはといえば、背伸びしつつそんなことを言い出した。


「お手伝いしますでち」


 軽い足取りで家に戻るミズキの後を、チッキーが追いかける。

 あいつ本当に飲んでばっかりだよな。


「うーん。エフェクトが欲しいぞ」


 休憩中、サムソンが輪っかを指さして言った。

 今回は、このゴルフにサムソンも参加している。

 飛行島は自動運転ができるようになったので、十分余裕があるのだ。

 ギリアをゴールと定めているので、一度命令してしまえば、何もせずとも自動的に進む。

 他にも、メンテナンスをしやすくしたりと色々と手を加えた成果が出ているようだ。


「エフェクト?」


 そんなサムソンの言葉に、トッキーが反応する。

 トッキーはあの輪っかを作るのに一生懸命だった。

 だからこそ、次の工夫に興味津々なのだろう。


「エフェクトってのは、音や光といった効果の事だぞ。今回は、例えば……あの3つの輪っかをくぐる度に、音を鳴らすとかだな」


 サムソンが軽く解説する。

 音を鳴らす……いいアイデアだ。

 輪っかをくぐるたびにピンポンって鳴ればわかりやすい。


「回収しますか?」

「そうだな。2人にお願いしていいか。回収が終わったら、休憩中にちょっと音を鳴らすようにしてしまおう」

「はい」


 思い立ったらすぐ行動。すぐさまトッキーとピッキーが家へと駆けていく。

 道具を取りに行ったのだろう。

 世の中は平和なものだ。ギリアについたらどうしようかな。


「あれなんスか?」


 それは、ちょうどこれからのことについて思いを馳せていた時のことだ。ブレインが空の一方を指で示して言った。


「キラキラ何かが輝いているように見えます。見えません?」


 カガミも気がついたようだ。

 それはすぐに誰の目にも明らかになった。

 オレ達の飛行島よりも遙かに巨大な飛行島。

 太陽の光を浴びてキラキラと輝くそれは、猛スピードで近づいてきている。


「まずい。嫌な予感がするぞ。飛行島の速度を上げてくる」


 サムソンが焦りの声を上げ家へと戻る。


「皆、一旦家に戻ろう」


 あんなものに衝突でもしたら、たまったものではない。

 これからのことを考えて、皆で家に避難することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る