第599話 まじんのきろく

魔神との戦い?


「カーバンクルがですか」

「そうですよ。かってカーバンクルは、聖剣を引き抜けなかった勇者によって、魔神との戦いに切り札として使われたことがあったの」


 それから続くデートレッドの説明。

 魔神は過去6回、この世界に現れた。そしてその度に勇者に討伐され、封印された。

 だが、それは常にギリギリの戦いだった。

 そして、順調にはいかないことも多かった。勇者の軍内部での確執、仲違い。各国の足並みの乱れ。そして、勇者が聖剣を抜けなかったこともあったという。

 聖剣が得られず、決定力の無い中で迎える魔神との決戦。そんな時、いつもカーバンクルの犠牲によって切り抜けてきたそうだ。カーバンクルを自爆させ、それによって生まれる破壊の力をぶつけることで。


「カーバンクルは、魔法を食べて、自分の力と変える魔道生物。だから、破壊の魔法をカーバンクルが限界を迎えるまで食べさせて……それから自爆させる。残酷だけど、他に方法の無い場合に、勇者の軍が取る最後の手段ね」


 自爆とか絶対に嫌だな。

 ノアとじゃれ合っているカーバンクルの姿を思い出し、そう思った。

 それにしても、最近になって、やたらと魔神の話をあちこちで聞く。

 ギリアから王都に向かう途中でラングゲレイグも言っていたし、生徒会選挙の演説でも触れていた。加えてカーバンクルの話でも、魔神か……。

 魔神の復活が近いからかな。

 そういえば、主様とかいう人の所で、あと700日弱だと言う話になった。

 あの話が本当だとすると、魔神の復活まで2年も無い。


「あら、カガミさん」


 オレが物思いにふけっていると、入り口をデートレッドが見て言った。

 振り向くと、温室の扉に手をかけているカガミと目が合う。


「え、え……カワリンド」


 優雅にお茶を飲んでいるオレに近寄ったカガミが、困惑した様子で名前を呼ぶ。

 そりゃ。混乱するよな。


「バレちゃった」


 ということで、軽い調子でネタばらしをしておく。


「リーダさんは、お時間がありそうだったので、ババアの暇つぶしに付き合ってもらっていたの」

「そうでしたか。私は、講義が1つお休みになったので、ここで本を読ませていただこうかと思いまして。でも、リーダが居るとは思いもしませんでした」


 そう言ったカガミは、まるで自分の家にいるように、お茶を注ぎテーブルについた。


「お菓子も出して良かったのよ」

「では、後で頂きます。せっかく、リーダもいるので、少しばかりお話したいことがあるのですが……」


 軽い調子で声をかけたデートレッドに対し、カガミが真面目な顔でオレと彼女を見た。

 なんだろう。話って。


「休学を……望んでいるのかしら?」


 オレとは違い、デートレッドには心当たりがあったようだ。

 柔やかな顔から、真面目な顔になった彼女がカガミへ静かに聞き返す。


「やはり、お気づきでしたか」

「講義の入れ方が、少し変わったものね」


 休学か。言われてみれば、黒本エニエルを見ることができれば、卒業にこだわる必要は無い。当初の予定でも、休学は視野に入っていたので問題は無いか。

 頭では分かっていても、いきなり休学と聞くとビックリするな。

 それで、デートレッドはカガミが休学を考えていると気がついていたと……。

 この人って、態度はのんびりとしたお婆さんなのに、やたらと鋭いよな。

 オレの変装も見破っていたし、侮れない。


「それで、マルグリット様を手伝って……王の月までには、休学しようと思います」


 カガミの言葉にデートレッドがゆっくりと頷く。

 王の月は、元の世界でいうと8月。今が赤の月で6月だから、一月もないな。


「そうですよね。このようなご時世だものね。ところで、お二人はご存じかしら王都の噂。魔神に勇者が敗北するかもしれないという話」


 カガミにチラリと視線を送られたが、首を横に振る。そんな噂があるのか。

 勇者が負ける……いや、どこかで聞いたな。


 ――魔神に勇者は勝てませン。


 そうだ。帝国で聞いた。黒い鼻をした変な奴が言っていた。

 ノアを騙して儀式を行おうとした時に言っていた。


「いえ。初耳です」


 少なくても、ヨラン王国では聞いていないので否定する。

 言うと、めんどくさくなりそうだしな。


「そう。1年……いや2年くらい前かしら。突然、そのような噂が囁かれるようになって、王都の宮廷魔術士団も忙しくなったのよ。それから、ハインハイグ先生も大忙し」


 勇者は魔神に負ける。まるで決定事項のようだ。

 信じるに足りる噂……もしくは噂以外か……。


「だからね。やがてくる大変な時に備えて、大切な人と一緒にいるというのは良いことだと思うのよ」


 無言のオレ達を見て、デートレッドは、静かに付け加えた。

 それから先は、のんびりしたものだ。

 デートレッドが王都でも有名なお菓子を持ちだして御馳走してくれた。


「王都の職人メテトローの、ケーキ。とっても、ロウスのお茶に合うのよ」


 持ち出したケーキは、リンゴの形をした見た目も凝ったケーキだった。

 その後も、次々と出されるお菓子を食べつつ、雑談し時間を潰す。

 それは、カガミが次の講義に出て、デートレッドも講義の支度を始めるまで続いた。

 さて、ミズキのお迎えまで、あと少し。

 最後は、図書塔で本を読むことにした。

 カガミに木札を書いてもらい、それを持って図書塔へいく。

 魔神の話が続いたので、前回の戦いを調べることにしたのだ。

 図書塔に行ってみると、資料は簡単に見つかった。

 というよりも、図書塔の人に聞いたら、持ってきてくれた。

 前回の魔神との戦いに参加した生徒会の記録だ。


「写本されますか?」


 オレが従者という立場なので、図書塔の人は当然のように写本を提案する。

 この流れは当然なのだが、とはいえ、すぐに写本をお願いしてしまうと時間が潰せない。


「一応、内容を確認し、それからお願いするかもしれません」


 ここで読む言い訳を適当にでっちあげて、閲覧室の片隅に座り、静かに目を通す。


 ――雲は黒く染まり、太陽の光を閉ざす。

 ――魔神の柱は歌い出し、それは絶叫となった。

 ――天の蓋は輝きを増した。地面を照らし、空を割る。

 ――かくして空より魔神が降りた。

 ――まるで、蜘蛛が糸にのり地面へと降り立つように。

 ――神の言葉、占いの告げ、全ては正しく、勇者は魔神を待ち構える。

 ――黒く染まる森、よどむ海……あらゆる不浄の地より、黒く汚れた魔物が溢れた。

 ――世のあらゆる場所から平穏は奪われ、人々は砦に、家に、籠もり戦うしかなかった。

 ――対するは勇猛なる人々、そして勇者の軍。

 ――戦いは熾烈を極める。

 ――聖剣の一撃で、魔神は死なず、勇者とその軍は命を捨てて魔神へと迫った。

 ――2度目となる聖剣の攻撃、14の船から成る軍の突撃。それは命をかけた捨て身の攻撃。

 ――次の朝を迎えると同時、戦いは終わった。

 ――勇者の命、数多くの兵士の命、あらゆる犠牲の後、魔神は討ち滅ぼされた。

 ――終わった後、両手からこぼれるほどの国が失われ、生ける者の数は大きく減った。

 ――我らは未来を託され、語る者として、以下を記す。


 こんな導入で始まる記録。

 思った以上に、当時の生徒会は勇者の軍に協力していたようだ。

 過去に例をみない最高の生徒会として、ヨラン王国に名を轟かせ、補給関係を手伝っていたらしい。

 魔神との戦いも、近くで見ていたようで、具体的だった。


『カラン……カラーン』


 乾いた鐘の音が響く。

 本を読んでいると時間はあっという間にすぎるな。

 残りは写本をお願いして、さっさと図書塔を後にした。出来上がったら、カガミに写本を受取ってもらおう。

 入り口をくぐり抜けて外に出ると、小さく、茶釜に乗ったミズキが見えた。

 彼女は整備された道を通らず、まばらに生えた木々を縫うように走っていた。


「遊んでるのか、あいつ」


 左右に大きく振れる馬車が危なっかしいが、気にしていないようだ。

 ミズキは相変わらず気楽なものだ。

 でも、魔神が復活すると、こんな平和な風景も無くなるのか……。

 ノアや皆のために、何か出来ることはないかな。

 魔神に関する本を読んだ直後だからだろうか、少しだけ未来が心配になった。

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