第598話 カーバンクルのほん

「あとは、レンケッタ……様か。居ればいいな」


 シルフィーナに資料を渡した終えて、すぐにレンケッタ達がたむろっている空き教室に向かう。

 ところが今日のオレは運がいい。向かう途中に、集団でどこかへ向かっているレンケッタを発見したのだ。

 歩いて行く彼女に声をかけて、オレに近づいてきた従者を通じ資料を渡す。


「これは、見事な……ありがとうございます」


 レンケッタも、資料を見て大喜びだった。

 サクサクと怖いぐらいに簡単に済み、オレは自由になった。

 終わった

 これで今日のミッションは全部終わり。

 こんなにすぐ終わると思わなかった。

 なんだかとっても運が良い。

 ただし、予想外に早く終わりすぎてしまったため時間が余ってしまった。

 歩いて帰ることはできるが、疲れるし時間がかかるので、昼過ぎに迎えに来るというミズキを待つ。

 この大学、案外時間を潰すところがないのが困りもの。

 ウロウロしながら、これからどうしようかと思案する。

 一応スペースはある。見渡せばあちらこちらに整えられた芝生があり、天気の良い日差しを浴びて学生たちが談笑している姿や、小さな子供たちが走り回る姿がある。

 だけど、オレが同じように過ごすことはできない。

 あまりも周りが爽やかすぎて、一人ぽつんと過ごすと悲しい気分になってしまうのだ。

 他に知り合いでもいれば違うのだが、残念ながら今は変装中。

 このカワリンドという男に、一緒に時間をつぶしてくれるような知り合いはいない。


「あらあら、カワリンドさんではございませんか? また何か急用で?」


 そう思っていた矢先、声をかけられた。

 声の主はカガミの担当教授であるデートレッド先生だ。

 茶色い玉葱型の髪が、フワフワと左右に揺れている。

 そしてニコニコ笑う彼女は、オレの正体がリーダであると知っている。


「えぇ。少しばかり用事があって、ですがそれももう終わりました」

「それはそれは。もしよろしければ、研究室にいらっしゃる? お菓子にお茶ぐらいは出すけれど」


 ラッキー。渡りに船とはこのことだ。

 デートレッド教授の研究室である温室は居心地がいいのだ。加えて、美味しいおやつが期待できる。


「お誘いいただけるのであれば、是非」


 どうせ暇だし、お言葉に甘えることにした。


「それは良かったわ。私も少しばかり暇だったの」


 そして再び訪れることになった温室。

 デートレッドは、戻ってすぐに何かの魔法を使った。

 すると温室の片隅から、木が数本ふよふよと動いて、枝を動かし、テーブルの上にケーキを切って乗せ、お茶を注いでくれた。

 偽トレントの魔法か。


「普通の木なのに、器用に動くのは不思議な気分です」

「ホホホ。こうやって細かい作業はなかなか大変ですが、便利でしょ。私はね、誰もいない教室で、独りお茶を飲んでぼーっとするのが好きなの」


 そう言ってお茶を口に運んだ。

 確かに周りには誰もいない。あるのは日差しが心地よくて、綺麗に整えられた木々が美しい空間だけだ。とても綺麗に片付いているが、このあたりも魔法で何とかしているのかな。

 いやそうでもないか、本が山積みになったテーブルがあった。

 整えられた温室にはひどく異質だ。

 オレの視線に気がついたデートレッドが、ゆっくり積み上げられた本に歩み寄った。


「あら、あれはカガミさんの借りてきた本ね」


 そして、さっとひとなでして言った。


「借りてきた本ですか?」

「えぇ。カーバンクルについての本は、写本が許されないのよ」

「全部?」

「そうよ。ここに置いてある24冊の本は全部カーバンクルについての本」


 そっか。ノアに褒美として渡されたカーバンクル。普段は、ただのちょこまか動く黒い小動物だ。

 ところが、強力な結界を張ることができる魔導生物だ。

 カーバンクルがどのような魔導生物なのか、カガミは調べようと思ったのだろう。

 それにしても24冊。

 前にゴーレムのことを調べた時だって、そんなにたくさんの本はなかった。

 オレ達が思っている以上に、カーバンクルはすごいのか。

 後でカガミに聞いてみよう。


「そういえばノアサリーナ様はカーバンクルを褒美としてもらったのよね」

「はい。お嬢様はカーバンクルをとても気に入っています」


 ノアはカーバンクルをすごく大事にしている。

 いつも一緒にいて、世話が楽しくてしょうが無いらしい。

 そういえば、叱っている姿も見たな。

 飛行島にある家の玄関そばで、何をやっているのだろうと見ていると、ノアが妙に芝居がかった感じで叱っていたんだよな。

 腰を曲げて、縮こまったカーバンクルを見下ろすように。

 ノアが呼び出した蝶々の使い魔を食べたという理由で。


「それにしても、カーバンクルを王にいただくなんてね」

「やはり意外ですか」


 そりゃ、あの時にあった周りの反応を考えるとな。

 偉い人も、反対していたしなぁ。


「それはもう。あれを作った時のことは大変だったのですよ。国を挙げての大事業でしたから」


 遠い目をしてデートレッドは言った。


「国を挙げて?」


 そんなにすごいものだとはちょっと思えない。国宝だったというが、そこまで凄いようには見えないのだ。

 確かに、作り出した結界は凄いのだが、それぐらいだ。

 後は、見た目の可愛らしい空飛ぶ小動物。


「だから私は、カーバンクルが誰の手にも渡らない理由は、きっと魔神との戦いに備えておかれてるのだと思っていたのよ」


 オレの言葉に、デートレッドはそう答えた。

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