第597話 ないしょのけいやく

 朝早く、オレは叩き起こされた。

 ノアに呼ばれて広間に行くと、オレ以外は食事を終えてまったりしていた。


「チャッチャと食べてね」

「もう少し、早く起きて欲しいと思います」


 朝食を満足に食べることができず、追い立てられるように馬車に乗る。


「眠い。着いたら起こして」


 馬車が動き出した直後、ゴロリと横になり言った。

 まだ眠いのだ。


「え、今すぐ叩き起こして?」


 そんなオレに対して、茶釜に乗ったミズキが弾んだ声で酷い事を言う。


「そんなこと言ってない」

「まったくもう、リーダも早起きすればいいのに。ノアノアも、残念がってるよ。リーダと一緒に朝ご飯食べたいって」

「皆が変わってしまったんじゃないか」

「そりゃ、学校が朝早くからあるからね」


 カガミとサムソンが、朝早く起きるようになって、皆の生活スタイルが変わった。

 オレだけが古いしきたりを守るため、起きる時間が遅い。

 だけど、恐らく、そんな日々もすぐに終わる。

 サムソンが卒業したことで、あいつも朝起きるのが遅くなるはずだ。

 まだ今日は早起きしていたが、時間の問題だろう。

 元々は、あいつも起きる時間が遅かったのだ。


「まぁいいや、あと一日だ。頑張るよ、一眠りしてから」

「そうだ。リーダ。シルフィーナ様とレンケッタ様に、これを一緒に渡して欲しいと思います」


 横になったオレの頭に被せるように、カガミが紙束を置く。

 手に取り眺めると、何かの表が書いてあった。


「これは?」

「生徒会活動の改善点をまとめたものです。マルグリット様の手伝いで引き継ぎ資料を作ったときに気がついた事柄をまとめておきました」


 ぱらりと紙を捲ると、表に対応するように番号が振ってあった。

 改善提案を箇条書きしたのか。相変わらず、カガミはマメだ。


「了解」


 サムソン選曲の曲を奏でる魔法陣と、生徒会活動の改善点をまとめたもの。オレは2つの荷物を影にぶち込み、寝る。揺れないように改良した馬車は快適だ。

 朝方の日差しは、夏の今頃は丁度いい。暑くも無く、寒くも無い。快適な温度だ。ゴロリと横になると馬車の幌が作る影に体が隠れて、心地よく2度寝が楽しめた。

 大学に到着した後は、単独行動の開始だ。

 とりあえず朝一でシルフィーナ陣営がたむろっている会議室へ行く。

 本人がいなくても、従者はいるはずなので、面会約束だけでもしておくつもりなのだ。

 だが、予想に反して本人がいた。朝のミーティングをしていたらしい。


「サムソン様と、カガミ様より、こちらを渡すよう命じられました」


 さっそくとばかりに、魔法陣と資料を渡す。

 魔法陣については、以前にも同じようなものを使っているためか、周りの人がすぐさま魔法陣を動かし、聞き惚れていた。


「これが、改善……会計に……あっ、皆様、大鷲塔の1フロアが丸々使えるそうです」


 控えめに音楽が流れる中、資料に目を通したシルフィーナが、明るく大きな声をあげる。


「フロアを丸ごと、生徒会が使えるのですか?」

「はい。デートレッド教授から使用権を譲ってもらえるそうです」

「では、問題が解決しましたね」


 カガミの作った資料は、彼女達の問題を解決する内容だったようで、大好評だった。

 もちろんサムソンの作った魔法陣も大好評。

 とりあえず、渡すだけで事が終わりそうで一安心だ。

 クレームとかあったら大変だからな。


「では、私はこれにて失礼します」


 用が済めば長居は不要。

 さっさと立ち去ろうとしたときのことだ。


「サムソン様に、約束通り、商会へは話をしていますとお伝えください」


 オレを呼び止めたシルフィーナがそう言った。

 何のことかわからない。


「約束……ですか?」

「えぇ。アウレエン商会に対する購入権の話です。約束通り、生徒会長と資金集めの手助けをしていただきました。わたくしも、約束を守ります。今年はアムドムあたり、金貨900枚とお伝えください」

 

 一体、何のことだろう。

 アムドム……ってのは、確か、重さの単位だったはずだ。魔法の本に、必要な触媒の量として表記があったりする。

 もっとも、オレはそんな細かく触媒を指定する魔法を使わないので、スルーだけど。


「かしこまりました。今年は、アムドムあたり金貨900枚ですね」

「えぇ。純粋な金の値段は、年ごとに見直しがされますので」

「はい。必ずお伝えします」


 とりあえず、帰ってからサムソンに聞けば、詳細がわかるだろう。

 それにしても、隠し事は無いとか言っておきながら、次から次へと……。

 まったく。

 でも、いっか。今日の目的、その半分は簡単に解決したのだ。

 幸先がいい。

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