第596話 ふういんまほう

「サムソンお兄ちゃんが、封印されているって」


 サムソンが封印されたというノアの報告。

 パジャマ姿のままで、ノアに手を引かれ家を出てさらに進む。


「リーダ……」


 飛行島の端で、オレを迎えてくれたのは、封印されたはずのサムソンだった。


「大丈夫だったのか?」

「いや」


 言葉少なめに、サムソンは飛行島の敷地から外に向かって手を伸ばす。


『バチチッ』


 まるで放電音に似た破裂音がした。

 指先に出現した小さな火花に、サムソンは顔をしかめ、さっと伸ばした手を引っ込める。


「封印されてるんだ」

「どうしよう、リーダ?」


 ノアは心配顔だ。

 でもなぁ。


「つまり飛行島の敷地から、外には出られないということか?」

「そうらしい」


 なんだ。封印って言うから、意識がなくなって全く動けないという状況を連想していた。

 飛行島の外に、サムソンが出られないだけか。


「とりあえず原因究明をしないとな」

「まぁ、そうなんだが……」

「どこか行く予定でもあるのか? 買い物とかだったらオレが代わりにするけど」

「いや、そういうわけでも……ないんだが」


 のんびりしたオレとは違い、サムソンは心なしか焦っているようだ。

 特に思い当たる節がないので、買い物かと思ったがそういうわけでもないらしい。


「まぁ、命に関わるわけでもないし、余裕をもって対処すればいいんじゃないか?」

「そう……だな」


 最悪の状況では無い事にホッとして気楽な気分で家と戻る。

 ノアはオレが焦っていない様子を見て、落ち着いたようだ。


「どうだったんスか?」


 広間に戻って椅子に腰掛けたタイミングで、プレインが朝食を作り皿を片手にやってきた。なんか明太マヨに通じる新作が出来たとか言っていたな。どうでもいいけど。


「サムソンは、何らかの理由で飛行島から出られないらしい」

「あー、やっぱり」


 あれ? プレインは心当たりがあるようだ。


「出られない理由に心当たりがあるのか?」

「ほらサムソン先輩がなんか2人に可能性を感じるとか言ってたんスよね?」

「2人って?」

「魔法大学の人、歌がうまいんスよね。カガミ姉さん、凄く心配していたし……」


 このやり取りだけで理解できてしまった。

 スプリキト魔法大学の歌の上手い2人の生徒会長か。

 サムソンは彼女達のプロデュースをしようとしている、もしくはその素振りがあった。

 それに危機感を持ったカガミが、平穏な大学生活のためにサムソンを封印したと。

 つまり封印を施したのはカガミ。

 すごくあり得る話だというか、多分正解だろうな。

 同僚が同僚を封印するとは……。

 まぁ、でも、カガミの心配は分からないでもない。実際にオレも酷い目にあったしな。

 それにしても封印魔法か。

 せっかくだからと、封印魔法について書いてある本を見直す。

 封印魔法と言っても種類は多数ある。

 対象の力を無効化する形の封印。結界の魔法の一種として、物を持ち出せなくするような封印。他にもいくつか種類があるようだ。

 物を持ち出せなくする封印については、対象を人間として指定することで、一種の魔法による牢獄を作成する効果があるという。サムソンの場合はこれだな。

 このタイプの封印は、封印の近くに置かれたモニュメントを破壊することで、解除が可能とあった。ということは、それを壊せば解決ということか。

 まっ、別に放置でいいか。

 サムソンが勝手に対処するだろ。

 まったく、びっくりして損した。

 安心した俺は朝食を食べて、しばらくゴロゴロした後、先日プレインが王都から持ってきた古い資料を読んで過ごすことにした。

 王都から回収してきた古い文字で書かれた資料。それは何点かあったが、どれも魔法に関するものではなかった。

 1つは……新聞っぽかった。速報と書いてあった。

 ペインホル……かすれてしっかり読めないが、なんとかペインホルという、組織か人が発行したようだ。書かれた時から見れば速報だが、今となっては途方もなく昔の出来事だ。

 モルススの王ス・スによる唯一王宣言が、速報として書いてあった。モルススという国であった内戦を、ス・ス王が他の王族を追放することによって終結させたという内容だ。

 他は、水に潜る船……いわゆる潜水艦の評論文。

 それから、リザードマンを襲う謎の奇病についての報告書だ。記憶力が低下し、肉が食べられなくなる病気だという。そういや、リザードマンってめったに見ないな。ノアが言うには、リザードマンは優しい人達だっていうけれど、数が少ないようだ。

 あとは、注文書をはじめとする、商売の帳面みたいだ。

 昔は昔でいろいろあったんだな。


「やぁ! やぁ!」


 遠くからノアの掛け声が聞こえた。

 ノアはハロルドと訓練か。

 今日は、朝のうちにプレインが卵を買いに、ミズキは彼のつきそいで外出している。

 そんなわけで人が少なく静かだ。

 ノアがハロルドに稽古をつけてもらっている声だけが響く時間がすぎる。

 結局、その日は夕方までは平和だった。


「到着!」


 茶釜に乗ったミズキと、それに引かれる馬車に乗ったプレインとカガミが戻ってくる。

 とりあえず、結界の事を確認しておかなくてはならない。同僚同士のもめ事は勘弁して欲しいのだ。


「結界……ですか? 私、サムソンを封印なんてしてませんよ」

「え? そうなの?」


 玄関前で質問したオレに、予想とは違う答えが返ってきた。

 それでは、一体……誰が?


「私が封印したのは変装の魔法陣です」


 でもなかった。

 つまり、サムソンは変装の魔法陣をもっていたから、封印の効果をうけて、飛行島から出られなかった……と。


「カガミ氏。酷いじゃ無いか」


 そこにサムソンが困った様子で近づいてきた。

 これは、どうすればいいんだ。

 ミズキは……。


「あっ、私、部屋で飲まなきゃいけなかったんだ。ノアノア、おつまみにカロメーをプリーズ。チッキーは干し肉を準備するのじゃ」


 オレと目があったミズキは、手をパチンと叩き、そんな適当な指示をノアとチッキーに出した。そのままクルリとターンし、小走りで家へと戻っていく。

 逃げやがった。

 引き気味に、サムソンとカガミの様子を見ると、口論という戦いが始まりそうな気配だった。ここは三十六計逃げるにしかずだ。


「あっ、ここは若いお二人に……」

「リーダも居てください」

「何が、若いお二人だ。見合いかよ」


 ところがミズキの時と違ってオレは見逃して貰えなかった。


「なんでサムソンは、封印指定したカワリンドの魔法陣を持って外に出ようとしたんですか?」


 始まってしまった。我らがブレーン2人の戦い。

 この2人って、職場でもそうだったけれど、頭の回転が速いから仲裁が大変なんだよな。


「それは、シルフィーナ様に頼まれたからだ」

「頼まれた?」

「そうだ。大学予算を増やす策があれば教えて欲しいと」

「それが、アイドル活動……ですか?」

「というより、歌だ。王都で、寄付金を募る行事が大学にはあるらしい。そこで、2人の歌を披露するんだ。そのためにぴったりな歌も用意している」

「プレイン君にお願いしたやつですか?」

「そうだぞ」

「分かりました」


 カガミが納得したように、頷く。

 やった。衝突回避だ。

 喜ぶオレの内心などつゆ知らず、カガミが言葉を続ける。


「でも……他に隠し事、してないですよね。ファンクラブとか?」

「……うっ」


 サムソンが言葉に詰まった。うって何だよ。

 この期に及んで隠し事とは……。


「はぁ……。だったら、リーダにお願いします。カワリンドとしてシルフィーナ様に新曲を奏でる魔法陣を持っていってくれませんか?」


 クソっ、サムソンのやつめ。

 お陰でオレがまた巻き込まれる事になったじゃないか。


「わかりました。わかりましたよ。けっ」


 こうしてオレは半ばなげやりに、再び大学に行くことになった。

 カガミの従者、カワリンドとして。

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