第595話 せいまのほのお
ミランダとやりとりをした後、自己封印魔法を試すことにした。
魔法自体は、ギリアの屋敷にあった本に載っていた。
とてもシンプルな魔法陣だ。
どうやら自己封印魔法というのは、いわゆる冬眠のような状態らしい。
魔法をかけると一定時間寝ることになる。
そして生命活動が停止する。その場で対応不能な大怪我をした場合や、病や毒に侵された場合に使うそうだ。
このような時に魔法を使い自身を封印する。その後、安全な場所で自己封印を解除することで、毒や怪我の治療を安全に行うことができる。
解除の条件は術を使う前に、日数などの条件を設定する。もしくは他人に解除を依頼する。
そのような内容が書いてあった。
応用として、自己封印を中途半端な形で実行し、病気の進行を遅らせつつ行動する方法も書いてあった。
どうやらミランダは、この方法を使っているようだ。
自身を封印しつつ行動していたということだ。
自己封印中の行動は、この魔法がもたらす苦痛に抵抗し続けることで実行可能らしい。
厩舎の側で、自己封印というものを試すことにした。
物陰で、封印魔法の描かれたページを広げ、準備を進める。
飛行島の広間では、ノアがクローヴィスと遊んでいる。
なんとなく、ノアの側では試したくなかった。
だから、物陰で試す。
「これがうまくいけばさ、解決だよね」
茶釜に座ったミズキがオレを見て笑う。
本には危険性はないと書いてあった。
だが、念には念を入れることにして、ミズキについていてもらうことにしたのだ。
加えて、茶釜とロバもオレの様子を見守っていた。
触媒は特に何もない。魔法陣を描いて詠唱するだけ。
特にこの魔法陣には大きさなども定められていない。だから、ギリアから持ってきた本そのものを使うことも可能だ。
「ちょっと……ノアには無理だな」
自己封印はあっけなく使えた。
簡単な魔法だ。
いや、魔法は、簡単だった。自己封印中の行動もできた。
だが話は簡単ではなかった。
自己封印をしながら行動するというのがすごく辛いのだ。
まるでギブスをつけているように体がうまく動かせない、加えて気持ちの悪い眠気を感じる。
しかも自己封印を解除した後とんでもなく疲労した。
体感5分も経っていない。
「顔、真っ青だけど……エリクサー飲んどく?」
ミズキからエリクサーを受け取りゴクッと飲み干す。
「で、実際のところ……これで気配を絶てるのかな」
エリクサーを飲んだおかげで身体が楽になった。
肩をくるくると回してみて問題ないことを確認する。もっとも、疲労感は残っている。エリクサーでも疲労感は拭い去れないようだ。
「どうなんだろうね。ところでさ、ノアノアの気配が怖いと思ったことある?」
「いや、ないな」
以前から不思議に思っていたことがある。度々聞くことになる呪いが放つ嫌悪感。
それをオレ達は感じない。
ピッキー達に聞いたことがあるが、人間以外は嫌悪感を抱くことはないらしい。
ただし、呪い子が放つ強力な魔力は、すぐに分かると言う。
カロメーを食べているせいかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
サムソンやプレインが言うには、聖女の行進中には参加者が、呪い子に嫌悪感を抱いていた様子を見かけたそうだ。
もっとも聖女の行進に参加してきた人間は、嫌悪感を抱いた自分を恥じていたとも聞いた。
そもそも、そのような状況だったので、参加者がノアを邪険に扱うことはなかった。
ノアに対する言葉も「聖女様、聖女様」といった調子で悪いものではなかった。
ところが、ノア自身は、嫌悪感を抱かれている認識があったようだった。
だから、それほど海亀の背にある小屋から出ることはなかった。
「とりあえずよさげなアイデアがあったら、使ってみて、バルカンあたりに聞いてみちゃう?」
バルカンか……。
呪い子が放つ気配について、面と向かってオレ達に言った事がある人間は少ない。
彼であれば、信用できるし、的確な印象を言ってくれる気がする。
ミズキの考えは悪くない。
「それが良さそうだ。とはいえ、自己封印は棚上げかな」
そういうわけで、ミズキの意見に同意する。
自己封印を試してみた感触は悪い。
その日の深夜、同僚達にミランダが来たこと、それから自己封印の魔法について伝えておく。
「念のために俺の方でも調べてみるぞ」
サムソンは、何かあてがあるようだ。
「了解。何か分かったら教えてくれ」
「自己封印、封印魔法ですか……」
カガミも何か思い当たる節があるのか、何やら考え込む様子で頷く。
「一応、プレインにも教えとかなきゃね。戻ってくるの2日後だっけ?」
プレインは、この場にはいない。
王都にいるのだ。マヨネーズ販売についてバルカンと打ち合わせの為にお出かけ中だ。
何でも最近は売れ行きがいいこともあって、プレインは楽しそうだ。
飛行島にいないことも増えてきた。
「確か、そのくらい。終わったらトーク鳥が飛んでくるだろ。それにしても、まったくあいつは、マヨネーズと金に目がくらみやがって」
「あはは、受ける」
「魔法の研究をしながら好きなことをやるっていうのは、最初からの方針だからな。俺としてもプレイン氏が戻ってこないと困るわけなんだが」
最終的に、大学を卒業して時間ができたサムソンが、封印魔法を調べることになった。
いいアイデアが出てくれば嬉しい。
「そういえば、リーダが写本お願いしていた巻物……あれどうだったか教えて欲しいと思います」
もちろんオレも封印魔法の研究をする。
だが、他にもやることがある。その一つが写本の内容確認だ。
まずは、スプリキト魔法大学で手に入れた巻物の写し。
それに目を通した。カガミの言葉に頷き、さっそく説明する。
「今日、読んでみたけど。物騒な話が書いてある割には実用性は乏しいかな」
「結局、あれって何の魔法だったんだ? 簡単な魔法陣に見えたが」
「書いてある通りだったら神殺しの魔法陣。昔、神々が人間と一緒になって他の神々と戦っていた話だった」
そう。あの巻物には、神様を倒すために、こういうものを使いましたと言う内容が物語調で書いてあった。
読み物として面白かったのだが、特に実用性はなさそうだった。
書いてある物語には、神々と一緒に人が戦っていた時には、神を倒すために三つの手段があったらしい。
一つが剣、一つが弓、最後が魔法。
そのどれもが誰でも使えるようなものではなくて、選ばれし者だけが使えるそうだ。
描いてあった魔法陣は曲者で、円の中に記号が5つだけというシンプルさ。触媒は不要。詠唱の言葉はとても短い。
これだけなら、詠唱だけであれば、簡単に使えそうではあるが、1つ大きな問題があった。
ただ詠唱すればいいわけではない。一人の人間が、魔力の色を、何度も詠唱中に変更する必要があるという。
ちなみに、その魔法陣は有名なもので、ロンロも知っていた。
子供は、誰しも一度は練習するらしい。
話を聞いていると、子供の頃に、特撮やマンガにある必殺技を真似するのと同じノリだと思った。
「それにしても、魔力の色って久しぶりに聞いた気がします」
オレの説明を一通り聞いてカガミが感想をもらす。
確かにそうだな。
強大な魔力を持つノアはともかく、大部分の人にとっては大して関係ない話だった気がする。
そういや、ノアは水色だっけかな。ハイエルフの里で調べたことがあったはずだ。
「魔力の色って変えられるのか?」
「一応、あるけどぉ。魔力の色を変える……調律はぁ、気休め程度だしぃ。出来る人なんて一握りだわぁ」
サムソンの問いに、ロンロが答える。
魔力の色を変える方法は、調律って呼ぶのか。
どうやるんだろ。念の為、知っておきたい。
そして神殺しの魔法、聖魔の炎という名前だが、これは5回決められた順番で魔力の色を変える必要があるそうだ。
「ん? ノアノアも何か知っているの?」
「あのね、聖魔の炎はね、舞うように……魔法陣をね、足で……描いて……魔力の調律をするの」
なんだ、ノアも知っているのか。
他の子供達と同じように、ノアも昔、練習したことがあるのかな。
「えっとね、魔力は音で、音は色なの……それで、青は……青は……」
もっとも、うろ覚えだったようだ。
やり方を説明してもらおうと思ったら、口ごもってしまった。
「分かったら教えてね」
「うん……」
方法があることはわかったのだ、のんびり調べてみよう。
優先順位は後でいいだろう。魔力の色を意識する魔法はいままで無かったわけだしな。
というわけで、黒本をはじめとする古い時代の資料集め、お金稼ぎは順調に進んだ。
しかも、オレの安眠とゴロゴロライフを進めつつだ。
素晴らしい日々。
ところがというか、やはりというか、平和な日々は長くは続かない。
「封印……された?」
同僚が封印されたという早朝の報告で、平穏な日々は突如終わりを告げた。
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