第551話 かーばんくる

 目の前に座る老婆。

 星読みと呼ばれるヨラン王国における最高位の魔法使い。

 それは以前、ギリアの屋敷で話をした人だった。

 プリネイシアと名乗った服職人。

 本当の名前はスターリオ。星読みスターリオ。


「それにしても、さっきはビックリだったよ。ノアサリーナが、王様に詰め寄るんだからねぇ」


 席に座ったスターリオは、ギリアの屋敷に来たときと変わらず、のんびりと話し始めた。

 着ている服や手に持った杖は立派だが、纏っている雰囲気は変わらない。


「……必死だったのです」


 スターリオの言葉に、俯いたノアは小声で応えた。

 さっきは確かにギリギリだった。

 でも、そんな厳しい状況を、ノアが打開してくれたのだ。

 もっと堂々と答えてもいいのになと思う。


「そうだろうね。皆が面食らった。あれは……トントハルトの姫と騎士になぞらえたんだね」

「はい。他に思いつかなかったのです」

「本当に、びっくりで……良かったと思うよ」


 静かな語り口でスターリオは言い、嬉しそうに笑った。

 その様子に、つられたようにノアも笑う。


「ありがとうございます。でも、私も……プリネイシア様が、星読みスターリオ様で、王様の横にいて、ビックリしました」

「そうさね。スターリオというのは、家の名だね。あたしは家長だからスターリオって、お城では名乗るのさ。プリネイシアってのが本当の名前さね」

「でも、どうしてギリアへ?」


 そういえばそうだ。なぜ、それほど高位の魔法使いが単身ギリアへ来たのだろう。

 オレ達の所に来た理由がわからない。


「それはね。遠い遠いギリアの地で、あたしの知らないゴーレムが現れたと聞いてねぇ。これは、ちょっくら見なきゃねってなもんで、ちょいと、ピョーンと出かけてみたってわけさね。そうしたら、ゴーレムを作った、ノアサリーナが服を仕立てるっていうじゃないか。こりゃ、ついでだ、お話ししようかねってね」


 ゴーレムを見に来たのか。

 確かに、ゴーレムはとても貴重で、簡単には作ることができないって言うしな。


「そうだったのですね」

「あぁ。そうさね。それに、ノアサリーナとのお話が面白かったから、何度も遊びに行ったってわけさ」


 笑顔のスターリオは軽快に話をする。

 すると「コホン」と、トロラベリアが咳払いをした。


「大丈夫だよ。トロラベリア。もちろん忘れていないさ。さて、本題だ。まずは、カーバンクル。これさね」


 スターリオがテーブルに、真っ黒い楕円形をしたボール状の物を置く。

 その、てっぺんには緑色の宝石が埋め込まれていた。


「カーバンクル?」

「そうさね。カーバンクルの卵。あの時、王があんたの足下に投げ落とした代物さね」


 卵? 言われてみると卵形をしているな。


「あの……よろしいでしょうか?」

「なんだい、カガミ。遠慮なんていらない、今まで通りでいいよ」


 良かった。ちょっと考えていたんだよな。どういった態度をとろうかなと。

 今まで通りだと気が楽だ。


「カーバンクルは呪われていると言われていました。それはどういった呪いなのでしょうか? それと……辞退はできないのでしょうか?」


 そういや、王様が叫んでいたな。

 次々と、持ち主が不審な死を迎えるとかなんとか。


「いや。呪いはかけられていない。呪いと見まごう魔力的作用も認められていない。これは、呪われているという噂で、誰の手にも渡らなかった魔導具。王がまだ聡明な名君と呼ばれた頃に作られた偉大な魔導生物だよ」

「では、何故……持ち主は亡くなられたのでしょうか?」

「さてね。どうしてだろうねぇ。だけど、もう、そう言うことは起こらないと思うよ。さて、どうするね、ノアサリーナ?」


 問いかけを受けたノアは、じっと黒い卵を見ていた。

 ややあって、卵をグッと両手で握ると、スターリオを見て口を開いた。


「私は、カーバンクルを頂こうと思います」

「そうかい。それは良かった」

「でも、これはどうやって使うのですか?」

「ちょうど、あんたが今やってるとおり、握って魔力を流すのさ。魔力で温めるイメージだね。親鳥が、卵を温める様に……ノアサリーナだったら、1ヶ月もあれば……あっ」


 スターリオが話をしている途中、ノアの握る黒い卵に異変があった。

 複雑で幾何学的な模様が卵の表面に走る。直後、ピキリと音を立て、ヒビが入った。


「一瞬?」


 扉の前に立ち、オレ達を見下ろしていたトロラベリアが裏声で叫ぶ。

 あっという間に、卵は粉々に砕け散る。


「あれが……カーバンクル?」

「かわいい」


 フワリと、一匹の黒い生き物が現れた。

 カーバンクルは、ふわふわと浮いてノアを見つめていた。それは一見、胴の長い黒猫に見えた。

 額には四角く緑色の宝石が埋め込まれている。手足の先と、尻尾の先は、やや灰色。あとは全身真っ黒の動物だった。


「猫……いや、イタチ?」

「どっちかっていうと、オコジョっぽいスよ」

「あぁ……確かにオコジョです」

 

 オコジョ?

 思い出した。なんか白い動物。アニメで見たことがある。あれ、実物見たことないけれど、写真ではみたことがある。


「毛並みいいよね」


 そう言いながら、ミズキが宙に浮くカーバンクルに、そっと手を伸ばす。


『パシッ』


 するとカーバンクルは、ミズキの手を尻尾で叩き、ヒラリとよけた。

 そして、そのままノアの肩へと着地する。

 お前などに触らせてやるものかといった感じだ。


「カボゥ……カボゥ」


 それから、妙な泣き声をあげて、ノアのほっぺに、何度も頭を打ち付ける。


「ノアノアに懐いてる。かわいい」


 叩かれた事を気にもせず、ミズキが楽しそうな声をあげる。

 ノアも凄く嬉しそうだ。


「カーバンクルを……一瞬? ノアサリーナ……あんたは、たったの1年足らずで、そこまで魔力を……」


 盛り上がるオレ達とは逆に、スターリオは目を見開き微動だにしなかった。

 ただ、うわごとのように呟き、その光景を見ていた。


「スターリオ様?」

「んあ……あぁ、びっくりしたさね。カーバンクルは気に入ったかい?」

「はい」


 ノアが満面の笑みで頷く。

 本当に嬉しそうな様子に、オレも嬉しくなる。

 そんなノアを見て、スターリオもまた、相好を崩し笑みを深めた。


「それは良かった。カーバンクルも、ノアサリーナを気に入ったようで、本当に良かった」

「ありがとうございます」

「では、次に……これかねぇ」


 スターリオが手に持った杖で、テーブルの上をコツンと叩いた。

 次の瞬間、大きな木製の箱がテーブルの上に出現する。


「箱?」

「褒美に望んだ品に、お金さね」


 おー。賞金が入っているのか。金貨1万枚。

 立ち上がり、パカリと箱を空ける。


「うっ」


 ちらりとのぞき込んだプレインが声をあげる。


「いや、ちょいとパパッと投げ込んだからね。混ざってるかもしれないが、大丈夫さね」


 スターリオが言う通り、山盛りの金貨から、巻物や、金属の塊が顔をのぞかせていた。

 言葉通り、雑多に投げ込んだことがよく分かる。

 中身は……いちいち確認しなくてもいいかな。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、影に箱ごと投げ込む。

 面倒くさい目にはあったが、ようやく褒美を手にできた。


「さて……最後に、箱の中には無い褒美のことだ。スプリキト魔法大学にある資料だが……。あんた達、スプリキト魔法大学へ入学してみないかい?」


 スターリオは少しだけ身を乗り出して、内緒話をするかのように、小声でそう切り出した。

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