第552話 3年

「スプリキト魔法大学への入学?」


 その提案は、オレ達にとって意外なものだった。


「もちろん、入学をしなくても資料の閲覧はできるよう手配しよう。だけどね、全ての資料を閲覧することは出来ない」


 オレ達の望む資料の閲覧権。

 王よりの褒美の一つ。それは認められた。

 だが、全ての資料を閲覧する事はできないという。


「閲覧を許されないのは、神髄の本。別名、エニエル。黒本エニエル。禁書なんて呼ばれる物は、そのほとんどが偽物だけど、エニエルは確かな品……その中には、魔法の究極にかかる神髄が記されているそうさね。これはスプリキト魔法大学を卒業した日、その日、1日だけ見ることが許される本さね」


 よりにもよって、魔法の究極にかかわる本か。

 オレの望み、この世界に留まり続ける方法として、最有力候補の魔法だ。

 魔法の究極……つまりは、あらゆる願いを叶える魔法。


「他に見る方法はないのですか?」

「自由に見ることができるのは……王族だけかねぇ」

「つまり全ての本を読みたければ入学し卒業するしかない……」

「そういうことさね。閲覧とは別に、3人……そう、3人であれば、あたしの推薦ということで魔法大学に押し込むことが可能さね」

「3人」

「そう3人。星読みは、スプリキト魔法大学へ、年に3人ほど見込みある魔法使いを推薦する権利がある」

「ちなみに大学の卒業まではどれ程の時間が、必要なのでしょうか?」

「早ければ3年、いや5年ってところかね」


 3年以上か。

 短い場合での3年だって長い。


「3年……」


 カガミが手のひらを見て、ボソリと呟いた。


「別に3年居なきゃいけないってわけじゃない。成績優秀だったらすぐに卒業ってこともあり得るね」

「その場合は、どれぐらいで?」

「そうさね。勇者の軍に参加している精霊使いにして若き賢者コンサティアは、1年足らずで卒業したね」

「1年ですか……」

「まぁ、そうさね。カガミだったらもっと早いかもしれないねぇ。もっとも、無理強いはしない。だけど、まぁ、せっかくだからね」


 同僚達を見回すと、皆が前向きだ。

 当たり前だ。魔法の究極と聞いて断る事なんてできない。


「では、近くの町に暮らす学生がほとんどだと?」

「寮もあるさね」


 ということで、スプリキト魔法大学について、いろいろと教えて貰う。

 誰が大学に行くのかについては、日を改めて回答すると伝えた。

 大学には長い間通うことになるかもしれない。話し合いは必要だ。

 帰りの馬車は静かだった。

 緊張が続いたせいだろう。ノアが眠ったのを皮切りに、獣人3人も眠りこけていた。


「しょうが無いよね」


 ミズキが小さく笑い、ピッキーの頭を撫でる。


「そうだな。起こすのも悪い。頑張っていたんだ。静かに帰ろう」


 帰宅後も、馬車からは、起こさないように抱きかかえて飛行島まで運んだ。

 晩飯は、干し肉とパンだけ。

 今後の事を話しながら、のんびりと食事する。


「問題は、誰が行くかだな」

「私パス。決まった時間、起きて授業を受けるって事でしょ。面倒」


 ミズキは即答だ。しかも、一抜けとばかりに、お酒まで飲み始めた。


「俺は行きたい。違う視点で魔法を学べるというのは魅力的だ」

「私も大学生活が再びできるのであれば、通いたいです」


 サムソンとカガミは入学希望か。


「プレインは?」

「僕はどっちでもいいスけど。あとは……先輩が大学に行くべきっスよね」

「そうだな。このメンツのプログラミングスキルを考えるとリーダは大学に行くべきだと思うぞ」

「そうそう。ノアノアは任せてよ。どうせ、近くで暮らすだろうし」

「近く……そうだな。だが屋敷にいる家畜の世話とか、ピッキー達の修行をどうするか決める必要があると思うぞ」

「ちなみに、ギリアから王都……いやスプリキト魔法大学まで距離はどれくらいあるんスかね」

「何ヶ月かくらいかかる距離だろ」

「いや、飛行島で」


 山とか森の、地形的な問題が無い空の旅か。案外近いかもしれない。


「白孔雀を飛ばして、こっちに来て貰うか? 来るまでの日数で距離もわかると思うぞ」

「家畜の世話は?」

「キンダッタ様にお願いすればいいと思います。思いません?」

「ピッキー達は?」

「スプリキト魔法大学とギリアの距離を確認してから、二人の希望を聞こう。思ったより近い可能性もあるからな」

「じゃ、とりあえずは、それで」


 ミズキが軽快に言って、グビリとジョッキに注いだお酒を飲む。


「ひとついいか?」


 とりあえずスプリキト魔法大学に関する話が一段落したタイミングでサムソンが手を上げた。


「なんだ? サムソン」

「ノアちゃんの呪い……他人に不快感を与えるやつを、なんとかしたいと思うんだが」


 確かに、できればなんとかしたい。変装の魔法で、嫌な思いをした事もあって、より強く思う。

 呪い子の持つ呪い。

 特に、草花も含め生命を脅かす力と、他人に不快感を与える力。

 ノアの持つ呪いのうち、対処したい力のツートップだ。


「私も考えたことがあります。呪いを遮る壁を作ることは出来ないかと……」

「それは、オレも考えた。でも、対処できる魔法は無かった。だけど、だけどだ。魔導具に、気配を消す結界を作る物がある。触媒がどうしても手に入らないから諦めていたんだが、出来そうだ」

「褒美の触媒っスか?」

「いや。進化した遺物だ。思った以上に、応用が利きそうだって事に気付いた。あの天候操作の魔法を使ったときにな」


 看破の魔法で進化した遺物と表示される品々。それは、オレ達が元いた世界から持ち込んだ物だ。小銭からボールペン、服のボタンに至るまで、全てが進化した遺物と表示される。思い返せば、エリクサーが異常な量に増えたこともあった。

 そうか、あれが使えるのか。


「いいじゃん」

「ただし、問題がある。触媒は、進化した遺物だけじゃない。魔法で増やされたことが無い金塊も必要だ。それから、手間がかかりそうだ。超巨大魔法陣の解析に使える時間が減る」


 魔法で増やされた事がない物は、この世界では高価だ。魔法で増やした物と比べて、値段が、何十倍も違うことだってある。


「金塊か。どのくらいかかりそう?」

「試すだけでも金貨100枚は必要だ。それに、永久には使えない、しばらく使うと灰になるらしい」


 使い捨ての魔導具か。

 しかもお金がかかる……。


「試してみれば? 上手くいけば大量生産を考えるってことでいいじゃん」

「えぇ。試す価値はあると思います。それに、超巨大魔法陣の解析は黒本ウレンテの情報を使っても、そこまで進みそうないですし」

「図書ギルドにお願いした写本待ちっスかね」

「そうだね」

「うーん。でもな、本当に役に立つ代物なのか……心配だぞ」


 そうなのだ、写本をお願いしたものは、フィグトリカに借りた本とは違う。紙の破片をつぎはぎしたものを書き写した物だ。

 つまり、フェズルードで手に入れた本や、黒本ウレンテほど、期待は出来ない。


「ダメ元で集めていくしか無いと思います。質では無く、量を頼りにするしかないと……」


 精度が怪しい分は、数でカバーか。


「でも、お金はどうするっス?」


 図書ギルドに、書籍の捜索などをお願いすれば、もう少し黒本や黒本もどきは手に入るかもしれない。コレクターにお金を出して借りる方法もあるという。

 どちらにしても費用がかかる。

 それに、写本の代金も必要。手持ちだけは、すぐに尽きてしまうだろう。


「写本が高いっスからね」

「今あるお金で出来るところまでやろう。また、金策が必要になりそうだな」


 話は食事が終わっても、延々と続いた。

 パソコンの魔法について、テスト自動化や、言語仕様の変更のこと。

 オレをはじめとする一部メンバーがスプリキト魔法大学に入学した後の役割分担。

 他にもいろいろと。

 ずいぶんと久しぶりに夜遅くまで続いた話し合いだった。

 いつも以上に、効率的に進める事を暗黙の了解として話は進んでいたと思う。

 理由は、決まっている。そう、決まっている。


『ギシリ』


 自室のベッドに腰掛ける。

 静かな部屋に、木の軋む音がした。

 話し合いが終わり、解散後の静かな部屋。

 ベッドの上に座り込んで、手をみた。


「3年……」


 カガミが手のひらを見て呟いた様子が目に浮かぶ。

 3年。

 部屋にある椅子に、ポイと放り投げたマントを触る。正確にはマントの留め具。

 留め具に手をふれて、もう一方の手をフワリと動かして、魔道書を出す。続けて、看破の魔法を使う。

 流れる様な動作、ずいぶんと慣れたものだと、我ながら思う。

 そして、手を見る。

 星読みスターリオと話をしていた時のカガミと同じように。

 ずっと、ずっと、手を見る。

 多重命約奴隷、所有者ノアサリーナ……命約数9。

 静かに浮き上がる表示。

 オレを、この異世界につなぎ止めている命約。それはノアが無意識のうちにオレ達に望んだ願いの数。

 0になれば元の世界へと帰還する命約の数。

 最初は100を超えていた命約の数。

 それは、とうとう一桁になっていた。

 きっと、3年は……持たない。

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