第550話 ピッキーだけのほうび

 王様が去った後、サルバホーフ公爵がゆっくりと首を振った。

 それを合図に、オレを押さえつけていた黒騎士は音も無く離れる。


「謁見は以上である。王はお前達との時間に満足された。下がれ」


 続けて、サルバホーフ公爵は予定通りのセリフを言った。

 謁見は終わったのだ。

 迎えにきたトロラベリアに案内され、謁見の間から立ち去る。


「後ほど、ギリア領主ラングゲレイグ様が迎えにくるそうです。それまで、この部屋でお待ちください」


 トロラベリアはそう言って、控えの間までオレ達を案内すると去って行った。

 来たときと同じ部屋で、再び時間を潰す。

 エレクは帰ったようで、そこは無人の部屋だった。

 赤い絨毯と木製のテーブル……それから、赤いソファー。パチパチと音を立てる暖炉。どれもが来たときと同じなのに、もの悲しい。


「ピッキー……」


 カガミがピッキーに声をかけるが、小さく頷くだけだった。


「ごべぇんなさい」


 トッキーが涙声で謝罪する。


「しょうがないよ。だいたい、何よアレ。偉ければ何言ってもいいわけ?」

「そうだな。アレは酷かったぞ」

「予想外の環境で、私も怖かったです。トッキー君は悪くないと思います」


 トッキーに皆が同情的だった。

 大人数に見つめられる中で、王様と相対したのだ。

 緊張で声が出なくても、責められることじゃない。


『ガチャリ』


 そんな時のことだ。扉が開いてラングゲレイグとお付きの人が入ってきた。お付きの人は車輪付きのテーブルを押している。

 テーブルには、装飾された短剣をはじめとした小物が乗っていた。


「静かだな」


 沈んだ雰囲気のオレ達を見て、ラングゲレイグが言った。


「あの……ラングゲレイグ様、おいら……いや、私はどうなるのでしょうか?」

「なんだ、ピッキー?」

「罰が……」

「あれは、王の戯れから来た言葉だ。ピッキー、お前が気にする必要は無い」

「でも、私は……失敗……」

「いいか。ピッキー、そしてトッキーよ」

「はい」

「大国ヨラン王の前にあって、平民や奴隷が満足に話す事など普通はできぬのだ」


 ラングゲレイグの言う通りだよな。大会社の社長を前にして、平社員が話すのと同じようなものだ。緊張するのはしょうがない。


「できない……」

「そうだ。トッキー。逆に、王の前で、あのようなへりくつを即興で口にできるリーダの格が……いや、異常なのだ。私にも……真似はできぬ。お前達は、リーダという人間を見ているから分からぬだろうが、十分な働きをしたことを理解せよ」

「はい」

「いや、違うか……特に、ピッキー、お前は誇るべきだ」


 ニカリと笑ったラングゲレイグが、テーブルの上にあった短剣を手にとった。

 それを、ヒラヒラと見せびらかすようにして言葉を続ける。


「あの場において、お前の弟を思う態度、言葉は、見事だった。その結果がコレだ」


 よく見ると、見覚えのある短剣だ


「もしかしてサルバホーフ公爵閣下の?」


 その短剣をみて、カガミが声をあげる。


「うむ。サルバホーフ公爵閣下から、ピッキーへ渡される褒美だ。そして……この首飾りは、第4騎士団長ディングフレ様から。これは第5騎士団スピネー。後、第2騎士団のメロフィン様より、ピッキー達兄妹の服を褒美として仕立てる……そうだ」

「すごいや。兄ちゃん」


 自分の兄であるピッキーが褒められる姿を見て、トッキーは元気を取り戻したようだ。彼は、尊敬の眼差しでピッキーを見ていた。

 雰囲気が一気に明るくなる。


「だから胸を張れ、自分は王と言葉を交わしたことがあると。それからノアサリーナも見事だった。あとは……まぁ、経緯はどうであれ、其方達は王の言葉によって助けられたわけだ。王が悪い酒にあわれて、少々予想外な出来事があったとしてもだ」


 喜ぶピッキーを始め、オレ達全員を見渡しラングゲレイグが言った。


「王の言葉……ですか?」

「まるで戦場に死地を悟る騎士のごとき目……という言葉だ。あれで、我らは其方達の立ち位置を思い直し、ピッキーをはじめとする全員の評価に繋がった。そして……」


『コンコン』


 ラングゲレイグが何かを言いかけたとき扉をノックする音が響く。


「おじゃまするよ」


 それから、扉が開き、見知った老婆が部屋へと入ってきた。

 プリネイシア……いや、スターリオだっけかな。

 続いて、トロラベリアも入ってくる。


「これは、星読みスターリオ様」


 バッと、ラングゲレイグが跪く。


「久しいね、ラングゲレイグ。少し、席を外してくれないかね」

「もちろんです」


 柔やかに頷くと、ラングゲレイグは出て行った。

 結局、最後……何を言おうとしていたのだろう。後で聞いてみるかな。


「お久しぶりでございます。プリ……いえ、スターリオ様」


 部屋に入ってきたスターリオにノアが挨拶する。


「あぁ、久しいね。ノアサリーナ。元気にしていたかい」

「はい」

「それじゃぁ、少しだけお話ししようかね」


 スターリオは、優しい声で言うと、静かに腰掛けた。

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