第530話 ふしぜんなくも

 翌日以降、ラングゲレイグは静かだった。

 たまに飛んでくるトーク鳥から手紙を受け取り、何かを考え込んでいた。

 オレ達の海亀を引っ張るのも慣れてきたようで、振り向くことなく進む。


「少し面倒な道を行く」


 さらに、ランゲレイグは、今まで以上に通れる場所の少ない森の中を進むようになった。

 壁を作る魔法で海亀を覆ったうえで、ドライアドであるモペアがちょこちょこと障害になりそうな木の枝々を動かしてくれるので、問題無く進む。

 慎重にかつ猛スピードで森の中を進むラングゲレイグには申し訳ないが、オレ達は海亀の小屋の中で、快適に過ごすことができた。

 だが、いくらラングゲレイグでも、込み入った森の中を進むためスピードが出ない。

 いや、込み入ったという理由だけではない。

 常夜の森。

 魔神の復活にあわせて広がり続ける黒い森。

 それは年々拡大している。そして、常夜の森には入れない。オレ達は違うが、現地の人にとっては真っ暗で何も見えず、死に忘れというアンデッドもどきの魔物に襲われる危険な空間なのだ。


「ここも……か。仕方ない迂回する」


 常夜の森に阻まれ、どうしてもスピードが出せなかった。

 代わりに、ミズキが茶釜に乗って少しだけ離れ、獲物を狩って戻ってくる余裕があった。

 今は、海亀の屋根の上で、そうやって狩ってきた鹿を焼いている。

 しかも丸焼き。

 いわゆる御馳走。

 今日は特別な日なのだ。

 ノアの誕生日。

 バタバタしていたので準備は不足している。とはいえ、準備不足はオレと同僚達だけ。

 獣人達3人は、ばっちり用意済み。

 木と布で作った絵本。飛び出す絵本だ。シューヌピアに刺繍を手伝ってもらい、トゥンヘルには薄い板の加工を手伝ってもらったそうだ。

 パカリとあけると、ギリアの屋敷が飛び出す。そして、オレ達を模した人形と海亀がクルクルと回る仕組みだ。毎年毎年、レベルアップが著しいな。

 だが、代わりと言ってはナンだが、オレ達は料理を頑張ることにした。


「何やらやっているなと思っていたが、これほどのものを作っておったか」


 その日の晩、豪勢な料理を目の前にしてラングゲレイグが目を見開いた。


「えぇ、本日はノアサリーナ様の誕生日なのでございます」


 ラングゲレイグがいる場なので、皆が同じ席に座って食事というのができない。

 というわけで、今年の誕生日会は、質素な始まりになった。


「うむ。今日も美味かった。ピッキー、食後の茶はいらぬ」


 ラングゲレイグは、いつもより素早く食事を食べ終え、胸元から小さな小箱を取り出した。


「これは?」

「私からの……そうだな誕生日プレゼントというやつだ」


 まさかのラングゲレイグがノアのプレゼントを用意していた。


「ご存知だったのですか?」

「一応な。私は、これから少し周りを見てくる。だが、その前に中を一応確認してもらいのだが」


 驚きのあまり、ノアの後から口を出したオレに、ラングゲレイグは何でも無いように答え、小箱をスッとノアの前へ押し出した。


「ありがとうございますラングゲレイグ様。早速、拝見させていただきます」


 中には、小さなイヤリングが入っていた。青紫の控えめな宝石がついたイヤリング。

 ピンク色の折り畳まれた布の上に、丁寧に置かれていた。


「素敵です」


 ミズキが後ろから覗き込み、感想を呟く。

 確かに、小さな宝石はもちろん、銀に光る金具部分も凝った代物だ。


「こんなにも素晴らしい物をありがとうございます」

「喜んでもらえて何よりだ。その耳飾りにあしらってある宝石は、小物入れの魔導具となっている。薬の小瓶……ひとつぐらいであれば三日間は封じ込めておける」


 魔道具なのか。そうでなくても、パッと見、高そうな品物に見えるが、さらに魔導具。


「では、失礼する」


 小さく頷いたノアを見た後、ラングゲレイグがそう言って席を立った。


「今からでございますか?」


 確かに、さきほどもそう言っていたな。

 でも、こんなに早く動かなくてもいいのにとも思う。


「そうだ。私がいては気楽に祝えまい」


 だがラングゲレイグはオレ達が何か言う前に、さっさと部屋から出て行った。


「気を遣ってくれたのだと思います」


 小屋から出て馬に乗って離れていくラングゲレイグを見て、カガミがつぶやく。


「そうだな」


 それから、皆で席に座り誕生日会を始める。

 料理を豪快に皿へよそって、皆で食べるのだ。


「わぁ」


 ピッキー達の作った絵本を見て、ノアは目を輝かせた。

 確かに驚くのはわかる。薄い木の板で作られた本は、細やかな作り込みが素晴らしい。


「これが私で……リーダ。それから、サムソンお兄ちゃんに……」


 ノアは小さく絵本に貼り付けられた人形を、1つ1つ指さし名前を呼ぶ。


「ここをくるくる回すと人形が動きます」


 そしてピッキーの説明に従って、絵本の端っこにあるギアを指でくるくると動かし、人形の動きを楽しんだ。


「ごめんね、ノアノア、今年は料理だけで精一杯だったよ」

「ううん。お料理も美味しいの。それからね……あのね」


 そして、部屋の片隅に置いてあった鞄から、ノアは何かを取り出して持ってきた。

 封筒だ。それをオレ達に渡してくれた。

 中には、小さな手紙と、カラフルな組み紐が入っていた。


「後で読んでね」


 さっそく読もうとしたオレに、ノアは照れくさそうに言った。


「この紐は?」

「こうやって腕につけてね」


 そう言いながら、ノアはオレの手を軽くひっぱり、組み紐を巻き付けた。

 オレの左手へ、まるで時計をつけるように。

 編み込まれた紐。その端っこは、一方が輪っか。もう一方が丸いボタンになっていた。ボタンで紐を止める形だ。


「へぇ。かっこいいな」

「あのね。このボタンに、魔力を流して……私だけの棚をって唱えるとね」


 ノアはボタンに小さな指を当てて言う。

 言われる通りに唱えて魔力を流すと、手のひらサイズの半透明の板が浮き上がった。


「魔道具?」

「うん。ちょっとの間だけ物が置ける、魔法の板が浮き上がるの」


 試しにフォークを置いてみると、しっかりと半透明の板に乗った。手を動かしても、水平は保たれるようでフォークが落ちることはない。


「これはすごいな」

「カガミお姉ちゃんに、手伝ってもらったの」

「ノアちゃんにお願いされたんです。これって私達へのお礼だったんですね」

「えへへ」


 皆が驚く様子を見て、俯きながらもノアは嬉しそうに笑った。

 それから食事再開。

 プレインは、早速マヨネーズの入った器を半透明の板に乗せていた。


「これ便利っスね。おやつの時、マヨネーズを何処に置くか悩んでたんスよ」

「そうなんだー」


 よくわからないプレインがする賞賛の言葉に、何とも言えず無味乾燥なコメントをするしかなかった。

 でもそんな様子も、ノアはすごく嬉しそうに見ていて、地味ながらも誕生日会は盛り上がった。

 それから数日、順調に森の中を進む。

 ちなみにノアは、ランゲレイクのぶんも組み紐を作っていた。


「これを……ノアサリーナ……其方が作ったのか?」


 渡されたラングゲレイグは、オレ達の中で一番驚いていた。

 言葉を失うほどに驚いていた。

 それが妙に可笑しくて笑ったら、オレが怒られた。

 王都への旅は、特に何事もなく順調に進む。

 だが、順調な旅は長くは続かない。

 雪が降り始めたのだ。


「こんな時に……」

「昨日まで晴れていたのに」


 急に降り始めた雪は、どんどん酷くなっていく。


「チィ」


 ラングゲレイグは苛立ちを隠せず、舌打ちし馬を止めた。


「あれ? 雲が四角い」


 そんなとき、トッキーが空を見て、雲の形が妙なことに気付いた。

 四角い?

 雪を降らせている雲……それは綺麗な正方形をしていた。


「まさか、今回我らの足止めを図っていたのは……」


 しばらく四角い雲を凝視していたラングゲレイグが、大きく表情を変え、呻くように呟く。


「どうかされたのですか?」

「これは天候操作による雲だ」

「天候操作……魔法、つまり魔法によって雪を降らせたと?」

「そうだ」


 確かに言われると納得する。こんな不自然に真四角の雲なんて自然にはできないだろう。

 天候操作か。

 ここへ来てかなり大掛かりな足止めの手段を行使してきたわけだ。


「すごい魔法ですね」

「あぁ……」


 驚きの声を上げたノアに対し、ラングゲレイグは心ここにあらずといった感じで答える。


「なんということだ。私は試されているのか」

「試されている?」

「これほどの魔法を行使できるのは……天の支配者とまで呼ばれたカルサード大公殿下、あの方しかいない。そうか……大公殿下が」


 ラングゲレイグは、四角く激しい雪を降らす雲から目を逸らさずそう言った。

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