第529話 たちさるまえに

 さて、どうしたものか。

 まずは同僚に相談かな。ところが、状況は待ってくれなかった。


「え? 今からですか?」

「そうだ。すぐにここを出る。急げ」


 オレが、カロンロダニアの正体に気がつき、対応を考えていた時のことだ。

 ラングゲレイグが、焦りを隠せない様子でオレ達が宿泊している部屋へとやって来た。


「出発は、明後日のはずなのでは?」

「トロンバイ伯爵が、捕らえられた。第1騎士団が、こちらに向かっている」


 カガミが恐る恐るといった調子でした質問に、ラングゲレイグは早口で答えた。

 その返答は、まったく理解できなかったが、急げというなら急ぐしかない。


「すぐに準備します」

「先輩、部屋の物をお願いします」


 考えるのは後とばかりに、皆がバタバタと動く。

 大広間で、同僚達が持ち込んだ荷物を、オレの影に投げ込んでいく。

 たったの1日で、よく散らかしたものだなと、妙に感心するほどの物を整理する。

 支度はすぐに終わり、ほどなくして出発できる体制になった。

 後は、ラングゲレイグが馬具を調整し、魔法で馬を強化するだけだ。

 その時、ふと、カロンロダニア一行の姿が……まるで制服姿の一団が目に映った。

 ここを逃すと、もう会えないかもしれない。


「ラングゲレイグ様、用事を思い出しました。少し席を外します」

「なんだと?」

「大事な事なのです。すぐに戻ります」


 オレは、ノアのことを言わないといけないと思った。


「リーダ、何処に行くの」


 いきなりの事に、ミズキが駆け寄ってくる。


「カロンロダニア様のところだ。ノアの祖父だったんだよ。あの人」

「え?」

「だから、せめてノアに名乗り出て欲しいとお願いにいく」


 まくしたてるようなオレの言葉に、ミズキは小さく頷くと、振り返った。


「ラングゲレイグ様。私が、リーダと一緒に後を追います。申し訳ありません。先に出発してください」


 そして、ラングゲレイグを見据えてミズキが言った。


「それでは、はぐれる可能性がある……ええぃ、待っててやる。早く行って、早く戻れ! 他の者は、私の馬を強化せよ」


 ラングゲレイグは、そう言うと、バッと身を翻して馬にまたがった。

 すぐにカロンロダニアのいる館へと走る。


「カロンロダニア様は、食事中だ。しばし待たれよ」


 しかし、焦るオレに待っていたのは悠長な一言。

 こちらの都合は知ったことではないのはわかるが、オレは急ぐのだ。


「こちらは急いでいるんだ」

「身分を考えよ」


 館の前で応対した人はにべもない。


「リーダよ。まだか」


 催促するラングゲレイグの声を背に、オレは実力行使にでることにした。

 後の事など知ったことか。


「どうした。何かあったのか」


 オレが無理矢理でも館に押し入ろうとした次の瞬間、入り口から見える通路の先にカロンロダニアが姿を現した。


「私達は、すぐにこの地を離れることになりました。ですので、急ぎ要件だけを伝えます」

「あぁ」

「名乗り出てください。私達は、これから、王都へと進みますが、必ずギリアへと戻ります。ですので、ギリアへ来てノアサリーナ様に名乗り出てください」


 早口で、礼儀も何もなくオレは近づいてくるカロンロダニアに訴える。

 このチャンスを逃すまいと。


「私に……その資格はあるのだろうか?」

「あります。私は信じています」


 オレは、先ほど、別れ際に見せたカロンロダニアの表情から、この人はノアを大事にしてくれると確信していた。

 大丈夫だと。


「1つ、教えてくれ。お前は……いや、リーダ殿はなぜ、そこまでノアサリーナの事を想う」

「独りは辛いからだ。あれほど一生懸命なのに。だから、味方が一人でも欲しい……のです」


 オレはカロンロダニアの問いに、思うまま答える。


「リーダ」


 そんな時、ラングゲレイグの声がした。

 すぐ後に馬に乗ったラングゲレイグと、海亀が来ていた。


「ラングゲレイグ様」

「すでに部隊の足音が聞こえている。一刻の猶予もない」


 振り返ったオレにラングゲレイグが言った。

 本当に時間がないらしい。一瞬でも惜しいといった様子だ。


「カロンロダニア様、私が言いたいことは以上です。お時間を取らせました」


 そう言って、すぐに海亀へ飛び乗る。


「別の道を進む」


 海亀の背にある小屋へと飛び乗ったオレを見ることなく、ラングゲレイグは言い、馬を走らせた。

 村はあっという間に見えなくなった。


「トロンバイ伯爵は、サルバホーフ公爵閣下の腹心なのだ」


 その日の晩、ヒンヤリとした森の中、椅子に深く腰掛けたラングゲレイグが、急な出発になった理由の説明を始めた。

 末端貴族の事など意に介すことのない上位の貴族が、オレ達の王都行きを邪魔する中、立ち寄った村。

 あの村は歴史的経緯があり、中立地帯なため、誰が泊まったかを村自体が漏らすことはない。

 そして、あの村自体が、権力争いの巻き添えをくらって襲われるような事も無いそうだ。

 だからこそ、過激な妨害にあったラングゲレイグは、情報収集し、応援を頼む時間を稼ぐため、あの村に一時逗留することにしたらしい。

 ところが急遽訪れたにもかかわらず、ラングゲレイグやオレ達の為に部屋が取ってあったという。

 オレ達を妨害する勢力、そして手助けする勢力、貴族達にもいろいろ思惑があるらしい。


「あの宿は、トロンバイ伯爵という方が用意してくれたのですか?」

「あぁ。実際はロクギタンダ男爵の名前だが……、彼からトロンバイ伯爵の依頼により代理で用意したと説明があった。そしてロクギタンダ男爵から、トロンバイ伯爵が捕らえられ、すぐ近くまで第1騎士団が村に向かっていると連絡があった」


 急に伯爵やら男爵やら、聞いたことも無い人の名前がでてきてややこしい。

 トロンバイ伯爵が捕らえられて、村に騎士団?


「男爵の名前で借りた宿に、どうして騎士団が来るのですか?」


 いまいち理解できていないオレの変わりに、カガミがラングゲレイグに尋ねる。


「あの宿を借りる金は、トロンバイ伯爵が出していた。しかも、少なくない金額だ。トロンバイ伯爵がなぜ捕らえられたのかは知らない。問題は、お金の流れを確認するため、ロクギタンダ男爵に事情を聞きたいと第1騎士団から連絡があった事だ。巻き込まれるのは避けねばならぬ」

「あのまま宿にいたら、私達も事情を聞かれる……ということでしょうか?」

「その通りだ。しかも、あの宿ではなく、ご丁寧にストメッタに取り調べる場所として館を用意したらしい」

「ストメッタ?」

「ここから近い町だ。問題は、ストメッタの町は、ビュッサント子爵領。彼は、カルサード大公派の急先鋒だ。一度入ったら足止めを喰らう可能性が高い」


 オレ達の王都行きを妨害している可能性が高いのは、カルサード大公派。

 あの宿にそのまま居て、第1騎士団と鉢合わせようものなら、ついでに事情聴取される恐れがあったということか。

 しかも、それは敵方の子爵領にある町で……つまり、長期に足止めをくらう可能性も出てくる。


「ですが、私達は王様の褒美を受けるために、王都に行きます。邪魔するのは不味いのでは?」


 なおもカガミが質問を重ねた。

 確かに言う通りだ。


「ビュッサント子爵は、当事者でも無いし、其方達に縁が深いわけでもない。褒美の事など知らなかった。連絡不備で知ることも無かった……などと、言い訳ならいくらでもできる」


 カガミの質問に、ラングゲレイグは当然の事というように答えた。


「それにしても、トロンバイ伯爵が捕らえられるか……思った以上にサルバホーフ侯爵閣下の派閥は力を失っているようだ」


 そして、力なくラングゲレイグが付け加えるように呟いた。


「派閥が、ですか?」

「あぁ。お前達は知らぬだろうが、昨年、黒騎士団長であるマルグリット様が事故により亡くなった。それによって、派閥の均衡はくずれ、カルサード大公派に大きく傾いたのだ。おそらく、トロンバイ伯爵を庇いきれないほどに、サルバホーフ公爵閣下は権力を失っているのだろう」


 そう言って席を立ち、ピッキー達が整えた寝室へと去って行くラングゲレイグはどこか寂しそうだった。

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